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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
最終章 黒炎龍を宿す者
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第五十五話 神と、悪魔

 黄金の壁が、砕け散った余波がまだ空気に残っていた。


 ミリアは、荒い息を吐きながら拳を下ろす。

 腕が、震えている。限界が近い。


 だが――


『……今のを、偶然だと思うな』


 胸の奥で、黒炎龍の声が響いた。


「……?」


『お前が“死者の声を聞いた”ことだ』


 ミリアは、はっとする。

 カロスの声。確かに、聞いた。幻覚ではない。妄想でもない。


『それは、我の力ではない』


 黒炎龍の声は、静かで、確信に満ちていた。


『お前自身の――権能だ』


「……私の?」


『思い出せ』


 言われて、脳裏に浮かぶ光景があった。


 漆黒の戦乙女・グロリア。

 黒炎を含む、魔力の通用しない強敵。

 死闘の果て、あの瞬間。


 覇王ゴウガの声。

 生き様を、託してくれた声。


 あれがなければ、ミリアはあの場で負けていた。


『人は死んでも、想いを遺す』


 黒炎龍が、続ける。


『それを聞き、繋ぎ、次へ渡す力……それが、お前の権能だ』


「……想いを、繋ぐ……」


『そうだ。力でも、理でもない』


 黄金の光が、再び脈動する。

 麒麟が、拳を引いた。


 光が収束する。それは、先ほどまでとは比べものにならない圧だった。


「……光神拳」


 淡々と告げられたその名と同時に、世界が、殴り潰される予感が走る。直撃すれば終わる。


 理も、防御も、関係ない。


 その瞬間。


「させねぇ!!」


 怒号が、戦場を裂いた。ガンドロフだった。風翔国兵士長。傷ついても、なお燃える戦意。


 大斧が、唸りを上げて振り抜かれる。

 狙いは、麒麟の拳ではない。

 拳が通る軌道そのもの。


「ぬっ……!」


 黄金の拳が、わずかに逸れた。

 その刹那、影がミリアを包む。


「掴め!」


 モウラだった。瞬時に距離を詰め、ミリアの身体を抱え、そのまま跳躍する。


 光神拳が、地面を穿つ。

 大地が爆ぜ、衝撃が遅れて襲いかかる。


 だが、二人は、そこにいない。


 空中で、モウラが歯を食いしばる。


「……重ぇな、姫さん」


「……ごめん」


「謝るな。生きてりゃ、それでいい」


 着地と同時に、ミリアは息を整える。

 胸が、熱い。


 理解した。

 助けになるのは、権能だけじゃない。


 これまで築いてきた。

 戦ってきた。

 信じてきた。


 仲間たちとの、信頼。


「一人で戦ってたつもりは、なかったけど」


 ミリアは、前を向く。


「……やっと、わかった」


 クレイが、炎剣を構え直す。


「遅ぇぞ、ミリア。俺たちは、最初から一緒だ」


 ガンドロフが、斧を肩に担ぐ。


「若ぇもんが一人で背負う話じゃねぇ」


 ジャックが、剣を握り締める。


「お前の戦いは、俺たちの戦いだ」


 麒麟が、ゆっくりと息を吐いた。


「……なるほど」


 その視線が、ミリアに向く。


「想いを、繋ぐ者か」


 黄金の光が、再び集束する。


『お前は、一人ではない』


 黒炎龍の声が、力強く響く。


『我もついておるぞ』


 黒炎が、ミリアの全身を包み込む。

 それは、孤独な力ではない。

 無数の想いを背負った、炎だった。


 ミリアは、拳を握る。


「行こう」


 死者の想いと。

 生きている仲間と。

 そして、黒炎龍と共に。


 麒麟との戦いは、次の段階へと踏み込んだ。


 これは、個の力の戦いではない。

 繋がれた想いが、神を否定する戦いだ。


 ジャックの六角が、空を裂いた。

 軌道を読めぬ変則の一撃。麒麟の視線が、わずかにそちらへ引かれる。


 その死角。


 微かな金属音。モウラの仕込み針が、光の膜を擦り抜け、肩口を掠めた。


 ほんの一瞬。だが、その一瞬で十分だった。


「今だ!!」


 クレイが、炎帝剣サンブレイクを掲げる。

 剣身に刻まれた紋様が、限界を超えて輝いた。


 解放。炎が、爆ぜる。


煌極炎斬こうきょくえんざん!!」


 炎は、斬撃という概念を捨てていた。

 それはもはや、灼熱そのものだった。


 黄金の壁を貫き、初めて麒麟の肉体に、確かな傷が刻まれる。


「……」


 麒麟が、わずかに眉を動かす。


 傷は浅い。

 だが、その熱量は異常だった。


 焼け付く。

 神の器でさえ、無視できないほどに。


 戦場に、確かな手応えが走る。


 押せる。


 その、刹那。


「おっと」


 軽薄な声。

 ミリアの背後、空気が歪んだ。


「このままじゃ、麒麟が押し負けるなぁ?」


「――伏兵!?」


 ミリアが振り返るより早く、黒い剣が、背中へ突き立てられる。


「クソ!!」


 ガンドロフが、迷わず飛び込んだ。


 ミリアを突き飛ばし、

 大斧で、ゴリガンの剣を迎え撃つ。


 金属が、悲鳴を上げる。


 だが、ゴリガンは止まらなかった。


 殺戮のためだけに施された改造。

 幾度も死線を越え、削ぎ落とされた理性。


 人ではない。

 兵器だ。


 大斧の軌道を、紙一重でかわし、

 黒い剣が、致命の角度で振り抜かれる。


「……っ」


 鈍い音。


 ガンドロフの身体が、崩れ落ちた。


「ガンドロフ!!」


 ジャックの叫びが、戦場を裂く。


 倒れた兵士長は、ゆっくりと顔を上げた。

 血に濡れた口元で、笑った。


「……お前に、会えて……よかった……」


 それだけ言って、ガンドロフの瞳から光が消えた。


「……」


 ゴリガンが、下卑た笑みを浮かべる。


「いい顔で死ぬじゃねぇか」


 ジャックの中で、何かが、完全に切れた。


「……お前は」


 剣を握る手が、震える。


「絶対に許さない」


 声は低く、冷え切っていた。


「必ず、殺す」


 ゴリガンは肩をすくめる。


「怖ぇ怖ぇ」


 その背後で、麒麟が体勢を立て直す。黄金の光が、再び揺らめいた。


 ミリア、クレイ、モウラが、前に出る。


 その時。


「援護する!!」


 戦場の端から、声が飛んだ。

 信者を殲滅した、アリウム、イーヴァ、トルネロ。


「……まだ、終わってねぇぞ」


 剣を握る、ルシオ。

 仲間が、揃った。


 だが敵もまた、

 麒麟と、ゴリガン。


 神と、悪魔。


 死闘は、まだ終わらない。

 むしろ、ここからが本番だった。

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