第四十八話 物語は最終章へ
光神教団区域。
かつて、白亜の聖堂と祈りの声で満ちていたその地は、今や異様な静けさに包まれていた。
恐怖で信者を縛っていた存在。
玄武。
朱雀。
その二人をはじめとする大幹部の死は、教団に致命的な亀裂を走らせた。
人々は、気づいてしまったのだ。
力で従わせる宗教は、神ではないと。
さらに追い打ちをかけたのが、青光教会だった。
カロスが遺した、正しい祈りの形。
救いとは何かを、行動で示し続ける小さな教会。
恐怖ではなく、寄り添いによって人を救う宗教に、民は流れた。
光神教団の信者数は、全盛期の僅か数%。
広大だった礼拝堂には、もう空席の方が目立つ。
それでも――。
玉座に座る男は、微動だにしなかった。
「……なるほど」
教祖・麒麟。
白とも黒ともつかぬ長衣を纏い、細い指で玉座の肘掛けを叩く。
怒りはない。
焦りもない。
あるのは、諦観に似た静けさだけだった。
「四獣は滅び、信徒は離れ……それでも、世界はまだ穢れたままか」
彼は、ゆっくりと天を仰ぐ。
「やはり……私に、やれと申すか。神よ」
誰に聞かせるでもない独白。
次の瞬間、麒麟は立ち上がった。
その動作ひとつで、空気が変わる。
聖堂の奥に控えていた残存信者たちが、はっと息を呑んだ。
「留守番は要らない」
淡々とした声。
「残る者、すべて付いて来い」
ざわめきが走る。
だが、誰一人、逆らう者はいなかった。
もはや信仰ではない。
逃げ場を失った者たちが、最後に縋る“絶対”だった。
「世界を、浄化する」
その言葉に、救いの意味はない。
麒麟は歩き出す。
聖堂を出て、光神教団区域の外へ。
白い行列が、黙々と続いた。
彼の視線は、すでに次の獲物を見据えている。
「まずは……水明国」
豊かな水と、人の営みが根付いた隣国。
四獣の影響を最も受けず、独立した文化を保つ国。
だからこそ。
「滅ぼすに、相応しい」
その言葉が放たれた瞬間、世界は、確実に次の段階へと踏み込んだ。
もはや、裏で糸を引く者はいない。
教祖・麒麟が、自ら戦場に立つ。
神を名乗る者との、最終局面が、始まろうとしていた。
ミリアは、青光教会の祭壇の前に立っていた。
白い光が、色硝子を通して床に落ちる。
かつて光神教団の紋章が掲げられていた場所には、今は何もない。
それでいい、とミリアは思った。
青光教会の誕生によって、光神教団の信徒は大きく数を減らした。恐怖で縛られた信仰は、正しさに触れた瞬間、脆く崩れる。
そして。
カロスが、命を懸けて朱雀を討ったという事実。
それは、多くの人々の心を決定的に変えた。
神を名乗る者に、命を賭して抗った人間がいた。
その姿は、どんな教義よりも雄弁だった。
ミリアは、胸の前で静かに手を組む。
(……あなたの意思は)
瞼を閉じる。
(多くの人たちが、受け継いでいます)
祈りは、もはや救いを乞うものではなかった。
誓いに近い、静かな確認だった。
ミリアは踵を返し、教会を後にする。
扉の外には、日常があった。
子供たちの笑い声。
忙しなく行き交う人々。
守るべき世界は、ここにある。
城内、会議室。
風翔国の主要人物たちが集められていた。
ルシオ。
エリオ。
アネモネ。
そして、かつて麒麟と対峙した経験を持つ、ガンドロフ。
ミリアは、玉座の前に立つ。
迷いはなかった。
「宣言します」
その声は、澄んでいた。
「この先、教祖・麒麟が動くなら」
一人ひとりの顔を、確かめるように見渡す。
「風翔国は、炎龍国、水明国、暗月国。そのすべてに協力します」
ざわめきは起きない。
すでに、覚悟は共有されていた。
沈黙を破ったのは、ガンドロフだった。
「……あいつは、別格だ」
低く、重い声。
「朱雀やカロス、玄武に白虎。四獣が力を合わせても、届かねぇ」
過去を知る者の言葉は、容赦がない。
「やばいなんてもんじゃない。あれは……人の枠に収まらねぇ」
ルシオが、静かに頷く。
「俺も同意だ」
エリオも続く。
「大陸最強と言っても、過言じゃない」
二人は、正面からミリアを見据えた。
「四獣がいなくなっても、麒麟が一人いるだけで、状況は変わらない」
それでも。
沈黙の中で、一歩前に出た者がいた。
「……それでも」
アネモネだった。
震えはない。
声は、まっすぐだった。
「わたしは、ミリア様を信じています」
彼女は、深く頭を下げる。
「最後まで、そばにいます」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
恐れは、確かにある。だが、それ以上に、失わせないという意思があった。
ミリアは、小さく息を吐き、頷く。
「ありがとう」
それだけで、十分だった。
こうして、風翔国の連携は、確固たるものとなった。
神を名乗る者に抗うために。
国境を越え、人の意思が結ばれる。
嵐は、確実に近づいている。
それでも、彼女たちは、立ち止まらなかった。
ーーー 第三章 カロスの選択 完 ーーー




