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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 カロスの選択
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第四十八話 物語は最終章へ

 光神教団区域。


 かつて、白亜の聖堂と祈りの声で満ちていたその地は、今や異様な静けさに包まれていた。


 恐怖で信者を縛っていた存在。


 玄武。

 朱雀。


 その二人をはじめとする大幹部の死は、教団に致命的な亀裂を走らせた。


 人々は、気づいてしまったのだ。

 力で従わせる宗教は、神ではないと。


 さらに追い打ちをかけたのが、青光教会だった。


 カロスが遺した、正しい祈りの形。

 救いとは何かを、行動で示し続ける小さな教会。


 恐怖ではなく、寄り添いによって人を救う宗教に、民は流れた。


 光神教団の信者数は、全盛期の僅か数%。

 広大だった礼拝堂には、もう空席の方が目立つ。


 それでも――。


 玉座に座る男は、微動だにしなかった。


「……なるほど」


 教祖・麒麟。


 白とも黒ともつかぬ長衣を纏い、細い指で玉座の肘掛けを叩く。


 怒りはない。

 焦りもない。


 あるのは、諦観に似た静けさだけだった。


「四獣は滅び、信徒は離れ……それでも、世界はまだ穢れたままか」


 彼は、ゆっくりと天を仰ぐ。


「やはり……私に、やれと申すか。神よ」


 誰に聞かせるでもない独白。


 次の瞬間、麒麟は立ち上がった。


 その動作ひとつで、空気が変わる。

 聖堂の奥に控えていた残存信者たちが、はっと息を呑んだ。


「留守番は要らない」


 淡々とした声。


「残る者、すべて付いて来い」


 ざわめきが走る。

 だが、誰一人、逆らう者はいなかった。


 もはや信仰ではない。

 逃げ場を失った者たちが、最後に縋る“絶対”だった。


「世界を、浄化する」


 その言葉に、救いの意味はない。


 麒麟は歩き出す。

 聖堂を出て、光神教団区域の外へ。


 白い行列が、黙々と続いた。

 彼の視線は、すでに次の獲物を見据えている。


「まずは……水明国」


 豊かな水と、人の営みが根付いた隣国。

 四獣の影響を最も受けず、独立した文化を保つ国。


 だからこそ。


「滅ぼすに、相応しい」


 その言葉が放たれた瞬間、世界は、確実に次の段階へと踏み込んだ。


 もはや、裏で糸を引く者はいない。

 教祖・麒麟が、自ら戦場に立つ。


 神を名乗る者との、最終局面が、始まろうとしていた。


  ミリアは、青光教会の祭壇の前に立っていた。


 白い光が、色硝子を通して床に落ちる。

 かつて光神教団の紋章が掲げられていた場所には、今は何もない。


 それでいい、とミリアは思った。


 青光教会の誕生によって、光神教団の信徒は大きく数を減らした。恐怖で縛られた信仰は、正しさに触れた瞬間、脆く崩れる。


 そして。


 カロスが、命を懸けて朱雀を討ったという事実。

 それは、多くの人々の心を決定的に変えた。


 神を名乗る者に、命を賭して抗った人間がいた。

 その姿は、どんな教義よりも雄弁だった。


 ミリアは、胸の前で静かに手を組む。


(……あなたの意思は)


 瞼を閉じる。


(多くの人たちが、受け継いでいます)


 祈りは、もはや救いを乞うものではなかった。

 誓いに近い、静かな確認だった。


 ミリアは踵を返し、教会を後にする。


 扉の外には、日常があった。

 子供たちの笑い声。

 忙しなく行き交う人々。


 守るべき世界は、ここにある。


 城内、会議室。


 風翔国の主要人物たちが集められていた。


 ルシオ。

 エリオ。

 アネモネ。

 そして、かつて麒麟と対峙した経験を持つ、ガンドロフ。


 ミリアは、玉座の前に立つ。


 迷いはなかった。


「宣言します」


 その声は、澄んでいた。


「この先、教祖・麒麟が動くなら」


 一人ひとりの顔を、確かめるように見渡す。


「風翔国は、炎龍国、水明国、暗月国。そのすべてに協力します」


 ざわめきは起きない。

 すでに、覚悟は共有されていた。


 沈黙を破ったのは、ガンドロフだった。


「……あいつは、別格だ」


 低く、重い声。


「朱雀やカロス、玄武に白虎。四獣が力を合わせても、届かねぇ」


 過去を知る者の言葉は、容赦がない。


「やばいなんてもんじゃない。あれは……人の枠に収まらねぇ」


 ルシオが、静かに頷く。


「俺も同意だ」


 エリオも続く。


「大陸最強と言っても、過言じゃない」


 二人は、正面からミリアを見据えた。


「四獣がいなくなっても、麒麟が一人いるだけで、状況は変わらない」


 それでも。


 沈黙の中で、一歩前に出た者がいた。


「……それでも」


 アネモネだった。


 震えはない。

 声は、まっすぐだった。


「わたしは、ミリア様を信じています」


 彼女は、深く頭を下げる。


「最後まで、そばにいます」


 その言葉に、誰も異を唱えなかった。


 恐れは、確かにある。だが、それ以上に、失わせないという意思があった。


 ミリアは、小さく息を吐き、頷く。


「ありがとう」


 それだけで、十分だった。

 こうして、風翔国の連携は、確固たるものとなった。


 神を名乗る者に抗うために。

 国境を越え、人の意思が結ばれる。


 嵐は、確実に近づいている。

 それでも、彼女たちは、立ち止まらなかった。


ーーー 第三章 カロスの選択 完 ーーー

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