第四十七話 カロスが残してくれた物
朱雀討伐の報は、ほどなくして同盟各国へと伝えられた。
光神教団大幹部・朱雀の死。
暗月国の勝利。
だが、それと同時に伝えられた二つの訃報は、勝利の余韻を完全に打ち消した。
カロス、戦死。
ガイツ、戦死。
英雄と、影の功労者。二人の死は、国を越えて重く受け止められた。
暗月国の葬儀は、静かに執り行われた。華美な演出はない。軍楽もない。ただ、黒布と沈黙だけがあった。
そこに、一人の異国の青年が立っていた。
ジャックだ。
炎龍国の将。かつては敵として、剣を向け合った存在。それでも、彼はここにいた。
ミリアも、クレイも、本来なら参列したかった。
だが、帝が国を空けるわけにはいかない。
それぞれの国で、黙祷を捧げるしかなかった。
ジャックは、ガイツの棺の前に立ち、静かに手を合わせる。
「……」
言葉は、出なかった。
代わりに、記憶が、自然と蘇る。
紅蓮町。
炎龍国と暗月国が、血で血を洗っていた頃。瓦礫と炎に包まれた町で、ジャックは初めて、ガイツと出会った。
敵意を剥き出しにしていた自分に、ガイツは剣を向けなかった。
「落ち着け」
低く、だが不思議と通る声。敵国の人間だ。それも、暗月国の幹部。
それなのに、彼は諭した。
その後も、ガイツは変わらなかった。正しさを胸に、レイアと共に戦い続けた。
国ではなく。憎しみでもなく。
人として、守るべきもののために。
暗月国の幹部でありながら。
敵国の自分にも、剣を教えた。
「力は、誰かを守るために使え」
稽古のたびに、そう言っていた。
ジャックは、拳を握りしめる。
全部、聞いた。
レイアから、すべてを。
ガイツを殺したのは、ゴリガン。
朱雀の配下。機械に身を委ねた、裏切り者。
……ジャックが旅立ったその日から、何度も戦った因縁の敵。
レイアは、全力の破壊双掌を叩き込んだ。城壁を越え、彼方へ吹き飛ばした。
だが、生きている可能性がある。
その事実が、胸に重くのしかかる。
ジャックは、棺に向かって、深く頭を下げた。
「……もし、生きていたら」
声は、低く、静かだった。
「俺がやる」
誓いのようでもなく、宣言でもない。
ただの、事実としての言葉。
「俺の手で、必ず殺す」
それは、怒りではない。復讐ですらない。ガイツが信じた正しさを、汚した者を終わらせるための、決意だった。
葬儀の空に、風が吹く。黒布が、静かに揺れた。
ジャックは、顔を上げる。
もう、迷いはなかった。
この戦争の終わりは、まだ先にある。だが、倒すべき敵の顔だけは、はっきりと見えていた。
ミリアは、遠く風翔国の高台に立ち、天へと祈りを捧げていた。
ここから暗月国は見えない。
だが、風だけは同じ空を渡っている。
あの葬儀の黒布を揺らした風と、今、彼女の髪を撫でる風は、きっと繋がっている。
「……ガイツ」
小さく名を呼び、胸の前で手を組む。
ミリアにとって、失った仲間は一人ではなかった。
ガイツだけではない。
カロスもまた、確かに仲間だった。
訃報が届いた日。
青光教会は、しばらく沈黙に包まれた。
カロスの不在は、あまりにも大きかった。
子供たちにとっては父であり、
身寄りのない老人たちにとっては、最後の拠り所だった。
教会の留守番役の少女は、知らせを聞いた瞬間、その場に崩れ落ちて泣いた。
嗚咽は止まらず、誰も、すぐには声をかけられなかった。
それでも――。
時間は、残酷なほどに進む。
食事の時間は来る。
子供たちは腹を空かせる。
薬を必要とする老人もいる。
少女は、涙を拭いた。
震える手で立ち上がり、深く息を吸った。
「……泣いてる暇、ないよね」
誰に言うでもなく、そう呟いて。
彼女たちは動き出した。
カロスがいつもやっていたように、子供たちの頭を撫で、老人の話に耳を傾け、教会の鐘を、いつもと同じ時刻に鳴らした。
カロスがいなくなっても。
青光教会は、止まらなかった。
彼が遺したものは、建物ではない。
役職でもない。ましてや、名誉でもない。
人を想い、手を差し伸べるという意思。
それだけが、確かに引き継がれていた。
カロスは、この街に――
確かに意味を残したのだ。
ミリアは、静かに目を閉じる。
(……あなたたちは、無駄死になんかじゃない)
胸の奥で、そう断言できた。
だからこそ。
だからこそ、彼女は理解していた。
光神教団大幹部。
四獣。青龍、白虎、朱雀、玄武。
そのすべてが、滅んだということ。それは、単なる戦果ではない。教団の象徴が、完全に失われたという意味だ。
そして、それが意味するものは、ひとつしかない。
(……動く)
光神教団の教祖・麒麟。
これまで、すべてを背後から操ってきた存在。
神の名を語り、人を駒として使ってきた元凶。
四獣が倒れた今、
彼が沈黙を続ける理由は、もうない。
ミリアは、空を仰いだ。
雲の向こう。
まだ見ぬ戦場。
まだ終わらない戦争。
だが、恐れはなかった。
「……待っていて」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
ガイツか。
カロスか。
それとも、これから失われるかもしれない誰かか。
ただ、ひとつだけは確かだった。
彼らが遺したものを、踏みにじらせはしない。風が強く吹いた。祈りの言葉は、空へと溶けていく。
戦争は、次の段階へ進む。
教祖・麒麟が、表舞台に立つ日も、近い。
それでも、ミリアの瞳は揺れていなかった。




