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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 カロスの選択
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第四十六話 レイア、覚醒

 紅天が消え、戦場には、焦げた大地と、静寂だけが残っていた。


 朱雀の亡骸は、すでに灰と化している。

 そこにいたという痕跡すら、ほとんど残っていない。


 カロスは、静かだった。


 炎に焼かれ、命を使い切った身体は、モウラの腕の中で、もう動かない。


「……」


 レイアは、その光景を遠くから見つめていた。


 国は、守られた。

 暗月国は、滅びを免れた。


 それは、確かな事実だ。


 だが、胸の奥が重い。勝利の実感よりも、喪失の方が、遥かに大きかった。


 朱雀という災厄が消えた安堵。

 そして、友を失った現実。


 覇王としての責務と、一人の人間としての感情。

 二つが、胸の中で、せめぎ合っていた。


「……カロス」


 小さく、名を呼ぶ。


 その時だった。


 ぞわり…と、背筋を撫でるような不快な感覚。

 戦いが終わったはずの戦場に、明確な敵意が立ち上がる。


 レイアは、即座に振り返った。


 そこに、男が立っていた。


 歪に肥大化した装甲。

 機械と肉が混じり合った身体。

 見覚えのある顔。


「……ゴリガン」


 ゴリガンは、焼けた戦場を見渡し、舌打ちした。


「チッ……」


 視線が、朱雀のいた場所に向く。


「なんだよ……朱雀、負けてんじゃねーか」


 そして、カロスとモウラに目を向ける。


「しかも、あの化け物……無事じゃねぇかよ」


 苛立ちを隠さず、頭を掻く。


「……っと」


 一瞬、考え込むように黙り込み、すぐに口角を吊り上げた。


「でもまぁ……無傷ってわけじゃなさそうだしな」


 視線が、レイアに固定される。


「モウラが戻ってくる前に、お前殺せば、全部解決か」


 次の瞬間、地面が爆ぜた。ゴリガンが、一気に距離を詰める。重装甲とは思えない速度。拳が、風を裂いて迫る。


「――っ!」


 レイアは、即座に鉄棒を構え、正面から受けた。

 鈍い衝撃音。腕に、痺れが走る。


「……っ、重い……!」


 かつての部下だった頃とは、明らかに違う。

 力も、速度も、別物だ。


「どうしたよ、覇王様ぁ!」


 ゴリガンの拳が、連続で叩き込まれる。

 防御するたび、レイアの足が、少しずつ後ろへ押し込まれていく。


「昔は、もっと余裕だったよなぁ?」


 装甲が軋み、笑い声が響く。

 レイアは、歯を食いしばる。

 押されている。確実に。


 その時、ゴリガンが楽しそうに言い放った。


「あの世で、ガイツと……」


 一瞬、間。


「俺と対峙しちまった事を、後悔しな!!」


 止まった。レイアの動きが、完全に止まる。


「あの世で……ガイツ?」


 低い声。


「……どういう、意味だ?」


 ゴリガンは、その反応を待っていたかのように、口を大きく歪めた。


「ははっ!」


 高らかな笑い。


「決まってんだろ」


 胸を張り、誇るように言い放つ。


「ガイツの野郎は、俺がぶっ殺した!」


 言葉が、戦場に叩きつけられる。


「正直な? 期待外れだったぜw大したこと、なかった」


 その瞬間。


 レイアの世界から、音が消えた。


 怒りでも、悲しみでもない。もっと、冷たく、深い何かが、胸の奥で静かに立ち上がる。


 覇王の瞳が、ゆっくりと細まった。

 戦場の空気が、再び、凍りついた。

 友の死を嘲る者が、そこにいた。


 ここから先は、戦争ではない。


 復讐ですらない。ただ、許されない者を、叩き潰すための時間だった。


 視界の端で燃える炎も、倒れ伏す兵も、意味を失う。代わりに、胸の奥から、ゆっくりと記憶が溢れ出した。


 ――昔。


 まだ、覇王でもなく。

 ただ、強くなろうともがいていた頃。


 血の滲むような努力の果てに、レイアは選ばれた。

 暗月四天王。


 初めての、女の四天王。


 だが、歓迎はされなかった。


「女が四天王?」

「笑わせるな」


 キル。

 ヘル。


 同じ四天王でありながら、露骨な侮蔑。

 実力差は、確かにあった。当時は、奴らの方が強かった。


 だが、その選考で、レイアと僅差で敗れた者がいた。


 ガイツ。


 もし、もう少しだけ評価が違えば。

 もし、もう少しだけ運が違えば。


 四天王の座は、彼のものだった。


 だが、ガイツは、妬まなかった。


「四天王レイア様、お疲れさまです」


 そう言って、いつも笑っていた。


 レイアより歳上なのに。

 誰よりも頭を下げ、誰よりも支えてくれた。


 剣を振る日々。

 作戦に悩む夜。

 孤独に押し潰されそうな時。


 気づけば、いつも、そこにいた。


「大丈夫ですよ!レイア様は、ちゃんと強いです」


 何度、その言葉に救われたか分からない。


 ミリアが目を覚ましたと聞いた時。

 あの巨体で、子供みたいに泣いて、喜んでいた。


「よかった……本当に、よかった……!」


 ジャックの話をすれば、


「あいつは自慢の弟分です!」


 そう言って、誇らしげに胸を張った。


 覇王になってからも、変わらなかった。

 命令ではなく、隣に立ち。

 重圧を、笑い飛ばし。


「覇王様も、人間ですから」


 そう言って、誰よりも近くで、支え続けてくれた。


 レイアは。


 ガイツが、好きだった。


 戦友として。

 家族として。

 そして、言葉にしなかった想いとして。


 現実が、戻ってくる。


 目の前にいるのは、笑う殺戮者。


 ゴリガン。


 レイアの瞳が、完全に冷え切った。


「……お前だけは」


 低く、震える声。


「絶対に、許さない」


 怒りと、悲しみ。

 二つが、限界まで圧縮される。


 その感情が、大地に、空に、城に伝播した。


 暗月国が、応えた。


 覇王だけに伝えられてきた、最後の型。

 歴代でも、使えた者はほとんどいない。


 怒りでも、憎しみでもない。

 守る意志と、失った痛みが、重なった時にだけ開くもの。


 暗月国、最終奥義。


 ゴリガンが、舌打ちする。


「うるせぇ」


 拳を振り上げ、突っ込んでくる。


「黙って、死にやがれ!!」


 その瞬間。


 レイアは、鉄棒を、手放した。


 武器ではない。

 技でもない。


 己の存在、そのもの。


 国を背負い。

 民を背負い。

 友の死を背負い。


 全存在を、両掌に込める。


「破壊双掌」


 それは、前覇王・ゴウガのそれには、及ばない。


 だが、今のレイアにしか、放てない一撃だった。空気が、砕けた。


「……!?」


 ゴリガンの身体が、宙に浮いた。

 否、吹き飛ばされた。

 比喩ではない。現実として。


 装甲が歪み、音が遅れて追いつく。壁を突き破り、城壁を突き破り。


 ゴリガンは、遥か彼方へと、消え失せた。


 並の人間なら、存在ごと消えている。いや、モウラ級の化け物でも、直撃すれば即死の威力。


 それでも、ゴリガンは異常だった。

 生きている可能性が、ゼロではない。


 だが、今は関係なかった。

 レイアは、振り返らなかった。


 ただ、一人の名を呼ぶ。


「……ガイツ」


 必死に、戦場を見渡す。

 瓦礫の山。

 焼け焦げた地面。


 そして。


 見つけてしまった。


 倒れた、巨体。

 動かない身体。


 ガイツだった。


 そこに、もう声はない。

 笑顔も、励ましも、ない。


 レイアは、膝をついた。

 覇王としてではない。

 一人の人間として。


 暗月国を守った代償は、あまりにも、重かった。

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