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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 カロスの選択
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第四十五話 カロスvs朱雀

 朱雀は、状況を一瞥した。


 正面に、カロス。

 背後に、モウラ。


 同格レベルで二対一。だが、朱雀の口元に、焦りはなかった。


「……なるほどな」


 くすり、と笑う。


「せやけど」


 金色の鉄扇を、ゆっくりと閉じる。


「そろそろ、遊びは終いや」


 次の瞬間、朱雀の足元から、熱が噴き上がった。大地が赤く脈打ち、空気が悲鳴を上げる。


 朱雀は、低く、はっきりと告げた。


紅天こうてん


 その名が放たれた瞬間。世界が、燃えた。

 地面から、天を貫くように炎柱が噴き上がる。

 紅が夜空を押し退け、雲を焼き、天を突く業火。


 炎は広がらない。立ち上がる。


 まるで、世界そのものが一本の巨大な松明になったかのようだった。


「……っ!」


 モウラが即座に距離を取る。影に溶け込むが、それでも熱が追い縋る。影が、焼ける。


「……冗談だろ」


 歯を食いしばる。これは炎ではない、もはや災害だ。暗月国の城下から放たれたその紅は、国境を越えた。


 隣国、炎帝国。


 山岳地帯の高台で、炎帝クレイは足を止めた。

 その横で、ジャックが空を見上げる。


「……あれは」


 言葉を失うほどの赤。


「暗月だな」


 クレイは即座に悟った。


「光神教団と、ぶつかったか」


 ただの戦闘ではない、国家級の衝突だ。


「……嫌な予感がする」


 ジャックは拳を握る。


 さらに遠く。

 山奥に抱かれた国、風翔国。

 澄んだ空に、異物のような赤が滲んでいた。


「……?」


 風翔城の天守で、ミリアが立ち止まる。


 風が、ざわついた。

 胸の奥が、ひやりと冷える。


「……嫌な、予感」


 理由は分からない。だが、確信だけがあった。

 あれは、見てはいけない炎だ。


 そして、再び暗月。

 紅天の中心。世界は、灼熱だった。


 息を吸えば、肺が焼ける。

 足を出せば、皮膚が焦げる。


 その中で一人、前に進む者がいた。


「……」


 カロスだった。


 炎に包まれながら、足を止めない。

 衣が燃え、肌が焼け、血が蒸発する。

 だが、目だけは、澄んでいた。


「正気かいな!」


 朱雀が、思わず声を上げる。


「死ぬで!?そのまま来たら!」


 答えはない。


 ただ、加速。


 一歩踏み出すたび、地面が爆ぜる。

 二歩目で、音が消える。

 三歩目で、視界から“距離”が消えた。


「……っ!」


 モウラですら、目を見開く。


 速い。

 否、速すぎる。


 人間離れしたモウラの速度。

 その比にすらならない。


 カロスの右腕が、真っ直ぐに伸びる。


 指先を揃えた、貫手。


 炎を裂き、熱を貫き、紅天の中心へ。


 身を焦がしながら。

 命を削りながら。


 ただ一撃のために。


 カロスは、朱雀へと迫っていた。


 天を焼く炎の中で。

 人が、神殺しに踏み込もうとしていた。


龍牙りゅうが!!」


 カロスの声は、炎に掻き消されなかった。


 それは、奥義と呼ぶにはあまりにも簡素だった。

 構えもない。溜めもない。


 ただの貫手。


 だが。


 次の瞬間、世界から速度という概念が消えた。


 カロスの腕が伸びた、その事実だけが、結果として残る。


 音は、なかった。

 衝撃も、爆発も、ない。


 あるのは。


 青い軌跡。


 炎の紅を切り裂き、紅天の中心に、一本の青が走る。

 それは一瞬で、永遠のように長かった。


「……?」


 朱雀の視界が、傾いた。


 自分が倒れたのだと、理解するより先に。

 首から下の感覚が、消えた。


 視界の端で、何かが落ちる。

 それが、自分の身体だと気づくまでに、時間がかかった。


「……んな……」


 声にならない。


 血も、炎に焼かれて音を立てない。

 首を貫かれ、完全に分断された身体は、ゆっくりと崩れ落ちる。


 朱雀の思考が、そこで途切れた。


 光神教団大幹部・朱雀。

 その命は、一撃で終わった。


 紅天が、消える。


 天を焦がしていた業火が、嘘のように霧散し、焼け焦げた戦場だけが残った。


「……カロス!!」


 モウラが、叫びながら駆け寄る。


 そこに立っていた男は、もはや“立っている”と呼べる状態ではなかった。


 全身が、黒く焼け爛れている。衣は消え、皮膚は裂け、血と炭が混じり合っている。


「……」


 カロスは、答えない。


 膝が、崩れた。ドサリ、と音を立てて倒れる身体を、モウラが慌てて抱き留める。


「おい……! おい、しっかりしろ……!」


 焦げた肉の臭い。

 触れた手に伝わる、異常な熱。


 これは――。


 モウラは、悟った。


 火傷は、命に届いている。


 表面だけではない。

 肺も、血も、内臓も、焼かれている。


「……無茶、しすぎだ……」


 声が、震える。


 カロスの瞳が、ゆっくりと開いた。焦点が合わない。だが、モウラの存在だけは、分かった。


「……勝った、か」


 かすれた声。


「……ああ」


 モウラは、歯を食いしばって答える。


「勝った……お前が、勝った」


 カロスの口元が、ほんのわずかに緩んだ。


「……それなら……」


 そこで、言葉が途切れる。


 呼吸が、浅くなる。カロスの命は、静かに、だが確実に、終わりへと向かっていた。


 朱雀を討ち、紅天を貫き、それでもなお、立ち続けた代償。


 炎の中心で、英雄は、燃え尽きようとしていた。


 暗月国の戦場に、勝利と引き換えの、あまりにも重い沈黙が、落ちた。

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