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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 カロスの選択
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第四十三話 カロス、出陣

 城下は、すでに戦場という言葉では足りなかった。


 炎。瓦礫。悲鳴。

 その隙間を縫うように、一人の男が歩いている。


 カロスだった。


 剣は抜かれていない。

 構えもない。ただ、淡々と前へ進む。


 最初に飛びかかってきたのは、半グレだった。

 恐怖で目を血走らせ、剣を振り下ろす。


 次の瞬間、男はそこにいなかった。


 半グレの身体が、糸を切られた人形のように崩れ落ちる。首筋に、一本の線。血が噴き出すこともなく、命だけが断たれていた。


「……」


 カロスは振り返らない。


 次。機械兵が、無機質な音を立てて迫る。重装甲。通常の斬撃は通らない。


 だが、カロスは機械兵の正面に立つと、わずかに身を沈めた。


 拳が、装甲に触れる。


 衝撃は、外へは広がらなかった。内側だけが、砕けた。機械兵の胸部から、火花が散る。


 次の瞬間、内部構造が破裂し、胴体が崩壊した。


 力任せではない。急所を知り尽くした、無駄のない一撃。


「……進め」


 誰に言うでもなく、カロスは呟く。


 彼の通った後には、必ず「道」が残った。倒れ伏す敵。沈黙する機械。その隙を、暗月兵が必死に縫っていく。


「な、なんだあいつ……」

「人、なのか……?」


 半グレたちの動揺が、連鎖する。

 だが、その道は、朱雀へと向かっていた。


 音が、消えた。空気が、切り裂かれる。


 モウラが動いた。


 加速。

 限界まで削ぎ落とされた存在感。

 視認する前に、死が届く速度。

 音速。影が、赤い炎の中心へと突き進む。


「――っ!」


 その刃は、確実に朱雀の喉を捉えていた。


 はず、だった。


 ひらりと、舞うような動きだった。炎の中で、赤い着物が翻る。モウラの刃は、空を斬る。


「……な」


 かわされた。理解するより早く、朱雀が距離を詰める。


「焦りすぎやで、影の兄ちゃん」


 くすりと笑う声。


「うちはな」


 金色の鉄扇が、開かれる。


「接近戦も、ちゃんとこなせるんや」


 次の瞬間。扇が、消えた。否、消えたように見えるほどの速度で、モウラに迫る。


 金属音。モウラは、辛うじて刃で受けた。衝撃が、腕を痺れさせる。


「っ……!」


 朱雀は、距離を取らず、踏み込む。扇が、刃になり、盾になり、炎を纏う。


「ええ動きや。でも」


 笑みが、深くなる。


「影だけじゃ、朱雀は止められへん」


 炎と影が、正面から噛み合った。周囲の空気が、焼け焦げる。


 朱雀 vs モウラ。


 その戦いが始まった瞬間、戦場の温度が、一段階跳ね上がった。


 血と油の臭いが、城下に充満していた。


 倒れた機械兵を踏み越え、半グレの死体を越え、カロスは進む。動きは変わらない。呼吸も乱れていない。


 敵が来れば、壊す。

 塞がれれば、穿つ。


 ただ、それだけだった。


「ひ、ひぃっ……!」


 剣を構えた半グレが、震える足で道を塞ぐ。


 カロスは、足を止めない。


 一歩。半グレの喉が潰れ、声が途切れる。

 もう一歩。背後から迫った機械兵の関節が、音もなく砕ける。


 雑魚。


 そう認識した瞬間、次の敵を探す。

 それが、彼の戦い方だった。


 だが。そこで、足が止まった。


 理由は、目の前に立つ二人ではない。


 空気が、違った。


 焼け焦げた瓦礫の向こう。

 炎と煙の境界線に、二つの影が立っている。


 一人は、白銀の外套を纏った男。長身。痩せているが、骨格の一つ一つが研ぎ澄まされている。


 その視線は、刃だった。


 もう一人は、黒革の装備に身を包んだ若い男。軽い身のこなし。だが、足運びに一切の無駄がない。


 半グレのNo.2。

 その男は、笑っていた。


「……へぇ」


 軽い声。


「雑魚処理、ご苦労さん。あんたが“青いの”か」


 カロスは答えない。だが、視線を外さなかった。

 白銀の外套の男が、一歩前に出る。


 その瞬間。


 周囲の炎が、わずかに揺れた。


「下がれ」


 低く、抑えた声。


「この男は」


 一瞬、視線がカロスに向けられる。


「我々と同列以上だ」


 半グレNo.2が、舌打ちする。


「はぁ?評価高すぎだろ」


 だが、足は下がらない。笑みも消えない。


 白銀の男は、名乗らなかった。

 だが、その存在だけで十分だった。


 光神教団幹部。

 朱雀の側近。


 ガンドロフと互換、あるいはそれ以上。

 前線に立つ資格を持つ者。


 カロスは、ゆっくりと息を吐いた。初めて、疲労を自覚する。だが後退はしない。


「……二人、か」


 静かな声。白銀の男が、わずかに口角を上げた。


「安心しろ。逃がしはしない」


 半グレNo.2が、肩をすくめる。


「殺すかどうかは、気分次第だ」


 その言葉と同時に、空気が完全に張り詰めた。

 ここから先は、数ではない。技でもない。


 格の戦いだった。


 城下の一角。

 崩れた家屋の影から、機械兵が飛び出した。


「遅い」


 ガイツの低い声と同時に、拳が、脚が敵を穿つ。


 関節。駆動核。正確無比な一撃で、二体、三体と機械兵が沈黙した。火花が散り、金属音が消える。


「ふぅ……」


 息を吐いた、その瞬間だった。


 圧が、変わった。背後から、重い足音が一つ。

 振り返ったガイツの視界に映ったのは、歪に膨れ上がった装甲と、見覚えのある顔だった。


「……久しぶりだな、ガイツ」


 金属音を混じえた、嗄れた声。ガイツの目が、わずかに見開かれる。


「……ゴリガンか?」


 信じられないものを見るように、問い返す。


「何故、貴様がここにいる」


 ゴリガンは、肩をすくめた。機械の軋む音が、それに重なる。


「さぁな」


 口元が、歪む。


「成り行きだ。生きてりゃ、色々ある」


 かつて同じ国に仕え、同じ戦場を踏んだ男。今は、光神教団の狗として立つ存在。


 拳と拳の距離で、二人は向かい合った。

 逃げ場はない。


 別の場所。


 暗月城・正門前。


 瓦礫を踏み越え、一人の男が進み出る。


「よう、覇王様」


 下卑た笑み。


「アンタを殺して、この国はもらう」


 半グレのボス・ライアン。


 その言葉に、周囲の兵が息を呑む。だが、レイアは答えなかった。静かに、ただ静かに。腰の左右から、鉄棒を引き抜く。


 両手に一本ずつ。

 重い金属音が、地面に響いた。

 構えは、簡素。だが、隙がない。

 覇王は、言葉ではなく、姿勢で告げた。


 来い。


 炎に包まれた暗月国の各地で、因縁が、同時に噛み合う。逃げられない戦いが、それぞれの場所で、始まろうとしていた。

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