第四十三話 カロス、出陣
城下は、すでに戦場という言葉では足りなかった。
炎。瓦礫。悲鳴。
その隙間を縫うように、一人の男が歩いている。
カロスだった。
剣は抜かれていない。
構えもない。ただ、淡々と前へ進む。
最初に飛びかかってきたのは、半グレだった。
恐怖で目を血走らせ、剣を振り下ろす。
次の瞬間、男はそこにいなかった。
半グレの身体が、糸を切られた人形のように崩れ落ちる。首筋に、一本の線。血が噴き出すこともなく、命だけが断たれていた。
「……」
カロスは振り返らない。
次。機械兵が、無機質な音を立てて迫る。重装甲。通常の斬撃は通らない。
だが、カロスは機械兵の正面に立つと、わずかに身を沈めた。
拳が、装甲に触れる。
衝撃は、外へは広がらなかった。内側だけが、砕けた。機械兵の胸部から、火花が散る。
次の瞬間、内部構造が破裂し、胴体が崩壊した。
力任せではない。急所を知り尽くした、無駄のない一撃。
「……進め」
誰に言うでもなく、カロスは呟く。
彼の通った後には、必ず「道」が残った。倒れ伏す敵。沈黙する機械。その隙を、暗月兵が必死に縫っていく。
「な、なんだあいつ……」
「人、なのか……?」
半グレたちの動揺が、連鎖する。
だが、その道は、朱雀へと向かっていた。
音が、消えた。空気が、切り裂かれる。
モウラが動いた。
加速。
限界まで削ぎ落とされた存在感。
視認する前に、死が届く速度。
音速。影が、赤い炎の中心へと突き進む。
「――っ!」
その刃は、確実に朱雀の喉を捉えていた。
はず、だった。
ひらりと、舞うような動きだった。炎の中で、赤い着物が翻る。モウラの刃は、空を斬る。
「……な」
かわされた。理解するより早く、朱雀が距離を詰める。
「焦りすぎやで、影の兄ちゃん」
くすりと笑う声。
「うちはな」
金色の鉄扇が、開かれる。
「接近戦も、ちゃんとこなせるんや」
次の瞬間。扇が、消えた。否、消えたように見えるほどの速度で、モウラに迫る。
金属音。モウラは、辛うじて刃で受けた。衝撃が、腕を痺れさせる。
「っ……!」
朱雀は、距離を取らず、踏み込む。扇が、刃になり、盾になり、炎を纏う。
「ええ動きや。でも」
笑みが、深くなる。
「影だけじゃ、朱雀は止められへん」
炎と影が、正面から噛み合った。周囲の空気が、焼け焦げる。
朱雀 vs モウラ。
その戦いが始まった瞬間、戦場の温度が、一段階跳ね上がった。
血と油の臭いが、城下に充満していた。
倒れた機械兵を踏み越え、半グレの死体を越え、カロスは進む。動きは変わらない。呼吸も乱れていない。
敵が来れば、壊す。
塞がれれば、穿つ。
ただ、それだけだった。
「ひ、ひぃっ……!」
剣を構えた半グレが、震える足で道を塞ぐ。
カロスは、足を止めない。
一歩。半グレの喉が潰れ、声が途切れる。
もう一歩。背後から迫った機械兵の関節が、音もなく砕ける。
雑魚。
そう認識した瞬間、次の敵を探す。
それが、彼の戦い方だった。
だが。そこで、足が止まった。
理由は、目の前に立つ二人ではない。
空気が、違った。
焼け焦げた瓦礫の向こう。
炎と煙の境界線に、二つの影が立っている。
一人は、白銀の外套を纏った男。長身。痩せているが、骨格の一つ一つが研ぎ澄まされている。
その視線は、刃だった。
もう一人は、黒革の装備に身を包んだ若い男。軽い身のこなし。だが、足運びに一切の無駄がない。
半グレのNo.2。
その男は、笑っていた。
「……へぇ」
軽い声。
「雑魚処理、ご苦労さん。あんたが“青いの”か」
カロスは答えない。だが、視線を外さなかった。
白銀の外套の男が、一歩前に出る。
その瞬間。
周囲の炎が、わずかに揺れた。
「下がれ」
低く、抑えた声。
「この男は」
一瞬、視線がカロスに向けられる。
「我々と同列以上だ」
半グレNo.2が、舌打ちする。
「はぁ?評価高すぎだろ」
だが、足は下がらない。笑みも消えない。
白銀の男は、名乗らなかった。
だが、その存在だけで十分だった。
光神教団幹部。
朱雀の側近。
ガンドロフと互換、あるいはそれ以上。
前線に立つ資格を持つ者。
カロスは、ゆっくりと息を吐いた。初めて、疲労を自覚する。だが後退はしない。
「……二人、か」
静かな声。白銀の男が、わずかに口角を上げた。
「安心しろ。逃がしはしない」
半グレNo.2が、肩をすくめる。
「殺すかどうかは、気分次第だ」
その言葉と同時に、空気が完全に張り詰めた。
ここから先は、数ではない。技でもない。
格の戦いだった。
城下の一角。
崩れた家屋の影から、機械兵が飛び出した。
「遅い」
ガイツの低い声と同時に、拳が、脚が敵を穿つ。
関節。駆動核。正確無比な一撃で、二体、三体と機械兵が沈黙した。火花が散り、金属音が消える。
「ふぅ……」
息を吐いた、その瞬間だった。
圧が、変わった。背後から、重い足音が一つ。
振り返ったガイツの視界に映ったのは、歪に膨れ上がった装甲と、見覚えのある顔だった。
「……久しぶりだな、ガイツ」
金属音を混じえた、嗄れた声。ガイツの目が、わずかに見開かれる。
「……ゴリガンか?」
信じられないものを見るように、問い返す。
「何故、貴様がここにいる」
ゴリガンは、肩をすくめた。機械の軋む音が、それに重なる。
「さぁな」
口元が、歪む。
「成り行きだ。生きてりゃ、色々ある」
かつて同じ国に仕え、同じ戦場を踏んだ男。今は、光神教団の狗として立つ存在。
拳と拳の距離で、二人は向かい合った。
逃げ場はない。
別の場所。
暗月城・正門前。
瓦礫を踏み越え、一人の男が進み出る。
「よう、覇王様」
下卑た笑み。
「アンタを殺して、この国はもらう」
半グレのボス・ライアン。
その言葉に、周囲の兵が息を呑む。だが、レイアは答えなかった。静かに、ただ静かに。腰の左右から、鉄棒を引き抜く。
両手に一本ずつ。
重い金属音が、地面に響いた。
構えは、簡素。だが、隙がない。
覇王は、言葉ではなく、姿勢で告げた。
来い。
炎に包まれた暗月国の各地で、因縁が、同時に噛み合う。逃げられない戦いが、それぞれの場所で、始まろうとしていた。




