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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第一章 暗月の覇王

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第十話 炎龍国の現状

 二人は、暗月軍の巡回を避けるように、城下町の路地裏を進んでいた。


 足音を殺し、物陰から物陰へ。

 笑い声や鎧の擦れる音が、すぐ近くを通り過ぎるたび、胸がひやりとする。


 そのとき。


「……止まれ」


 低く、しかし必死に抑えた声。

 二人は即座に身構えた。


「その先は、見張りが厚い」


 闇の中から、一人の青年が姿を現す。

 炎龍国の兵装。だが鎧は傷だらけで、顔には疲労と怯えが色濃く浮かんでいた。


「進めば、見つかるよ」


 頼りない声。

 だが、敵意はなかった。


「……誰だ」


 ジャックが低く問う。


「炎龍国の……兵士だ。生き残りの、ね」


 青年は、周囲を気にしながら、小さく手招きした。


「こっちへ」


 二人を導いた先は、路地の奥。半ば瓦礫に隠された、古い下水管だった。


「下に降りる」


 鉄の蓋を開けると、湿った空気が流れ出す。


『……あまり、深く息をしないほうがよさそうね』


 ミリアの内に、黒炎龍の声が響く。悪臭と、澱んだ空気。それでも、他に道はなかった。


 しばらく、暗闇の中を進む。


 やがて、青年は立ち止まり、壁に埋め込まれた鉄扉に手をかけた。


 軋む音を抑えながら、ゆっくりと開く。その先には、小さな部屋。


 簡素な机、地図、古い武器。灯りを遮る工夫が施された、隠れ家。


「俺が……こっそり作った」


 青年は、気まずそうに視線を落とす。


「秘密基地、みたいなもんだ」


 そこで、彼は語り始めた。


「……まず、名乗らせてくれ」


 青年は、背筋を正そうとして、うまくできずに肩を落とした。


「俺の名前は、クレイ。炎龍国軍の……見習い兵士だ」


 胸に手を当てる。だが、誇りを示す仕草にはならなかった。


「正式な部隊にも配属されてない。城の警備とか、雑用ばっかりやらされてた」


 自嘲気味に、笑う。


「剣も槍も、人並み以下だ、戦争なんて正直……向いてなかった」


 ジャックは黙って聞いている。ミリアも、視線を逸らさなかった。


「暗月軍が城下町に入ってきた日、俺は門の内側にいた」


 クレイの声が、わずかに掠れる。


「抵抗した兵士は、その場で斬られた。逃げたやつも、追いかけられて……」


 拳が震える。


「俺は……逃げた。怖くて、何もできなかった」


 沈黙。


「……でも、生き残った兵士は、俺だけじゃない」


 クレイは、壁に貼られた古い地図を指差した。


「数は、ほんのわずかだ。みんな、隠れてる」


 そして、視線を落とす。


「生きてる理由があるから、だ」


 ミリアが、息を呑む。


「王と……王女様は、殺されなかった」


 クレイは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「炎龍城の地下牢に、監禁されてる」


 だが、その言葉に安堵はなかった。


「……暗月軍は、それを俺たちに見せた」


 声が低くなる。


「逆らえば、どうなるか……逃げれば、誰が代わりに死ぬか」


 拳が、ぎゅっと握られる。


「だから、生き残った兵士たちは……剣を取れない。家族がいるやつも多い。王を、見捨てられない」


 クレイは、ミリアとジャックを交互に見た。


「俺は、弱い……だから、正面から戦えない」


 少し、間を置いて。


「……でも、全部諦めたわけじゃない」


 部屋を見回す。


「この部屋は、暗月軍が来る前から作ってた。いつか、何かあったときのために」


 震える声で、しかし確かに言う。


「ここで、情報を集めてる。巡回の時間、兵の入れ替わり、地下への通路」


 目に、かすかな光が宿る。


「助けたいんだ。王も、王女様も……この国も」


 だが、その光はすぐに揺らいだ。


「……でも、俺一人じゃ、何もできない」


 しばらく、沈黙が落ちた。


 地下の部屋に、遠くから水の滴る音だけが響く。


 クレイは、意を決したように顔を上げた。


「……君たちは」


 声が、わずかに震える。


「どうして、ここに来たんだ」


 視線が、二人を順に捉える。


「この城下町は、もう終わってる。暗月軍の目は張り巡らされてるし、見つかれば……」


 言葉を、飲み込む。


「悪いことは言わない。今なら、まだ引き返せる」


 必死だった。


「生きていれば、また別の場所で……ここじゃなくても……」


 それ以上は、言えなかった。ミリアとジャックは、顔を見合わせる。そして、ミリアが一歩、前に出た。


「……私たちは」


 小さく息を吸う。


「火花村の、生き残りです」


 クレイの目が、見開かれる。


「村は暗月軍に襲われました」


 ミリアの声は、静かだった。


「紅蓮町では、レイアさんとガイツさんに守られて……でも、そこに四天王が来た」


 拳が、きゅっと握られる。


「キルと……ヘル」


 クレイの表情が、凍りつく。


「戦って、たくさんの人が傷ついた。それでも……私たちは、生き残った」


 そこで、ジャックが口を開く。


「ミリアには、力がある」


 簡潔な言葉。


「黒炎の力だ」


 クレイの視線が、ミリアに吸い寄せられる。


「……黒炎?」


 ミリアは、胸に手を当てた。


「私の中に、黒炎龍がいる。望んで得た力じゃない。でも……」


 視線を上げる。


「逃げ続けるわけには、いかない」


 ジャックも、一歩前に出た。


「俺たちは、戦うために来た。炎龍城にいる人たちを、見捨てるつもりはない」


 地下の部屋が、静まり返る。


 クレイは、しばらく二人を見つめていた。


 恐怖。戸惑い。

 そして、羨望。


「……すごいな」


 ぽつりと、漏れる。


「俺には……そんなふうに、覚悟を決めることが、できない」


 視線が、床に落ちる。


「王を助けたい、この国を取り戻したい」


 拳が、震える。


「でも……怖い。剣を握る手が、言うことをきかない」


 しばらくして、クレイは立ち上がった。部屋の隅へ行き、棚の奥から布包みを取り出す。


「……だから」


 机の上に、次々と置いていく。


 地図。

 巡回表。

 地下通路の見取り図。

 暗月軍の詰所の位置。


「俺にできるのは、これだけだ」


 最後に、深く、頭を下げた。


「……どうか、使ってくれ!二人が、生きて帰れるように」


 額が、机につくほど深い礼。ミリアは、思わず息を呑んだ。ジャックは、黙ってそれを見つめ、やがて言った。


「十分だ」


 短いが、はっきりした声。


「お前は、逃げてない、戦えないだけだ」


 クレイが、顔を上げる。ミリアも、静かに頷いた。


「あなたが集めた情報が、私たちを前に進ませる。それは……立派な戦いです」


 クレイの目に、涙が滲んだ。


「……ありがとう」


 震える声で、そう呟く。


 地下の小さな秘密基地で。

 三人の運命は、確かに交差していた。


 ――炎龍城へ。

 戦いは、もう始まっている。

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