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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 カロスの選択
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第四十二話 カロス、暗月国で戦う

 暗月国・城下外れ。


 朽ちた倉庫を改造した半グレ集団のアジトは、嫌な沈黙に支配されていた。酒も、笑い声もない。あるのは、焦りだけだ。


「……チッ」


 吐き捨てるように舌打ちしたのは、

 半グレのボス・ライアン。


 狡猾で、慎重で、生き残ることに長けた男。その彼が、今は落ち着きを失っている。


「新しい戦力が来たって話は本当らしい」

「覇王レイアの側に、炎龍国の隠密……モウラ」

「それに、青い服の謎の男」


 部下の一人が、声を落として言う。


「……侵略、もう無理なんじゃないすか」

「城下の連中、半分一瞬でやられたって」


 ライアンは答えない。ただ、机を指で叩く音だけが響く。


 その時。ギィ……と、扉が開いた。


「……あ?」


 下っ端が振り返り、反射的に怒鳴る。


「なんだお前」


 言葉は、途中で止まった。

 女が、そこに立っていた。


 いつの間にか距離を詰められ、喉元に指先が添えられている。力は入っていない。それでも、逆らえば死ぬと、本能が理解した。


「……誰に口きいとんや?」


 低く、乾いた関西弁。


「ここ、あんたらの巣やろ。番犬くらい、ちゃんとせぇや」


 女は、そのまま中へ入ってくる。

 真紅の髪。鮮やかな赤の着物。手には、金色の扇子。


 その顔を見た瞬間、ライアンの顔が青ざめた。


「……っ」


 椅子から立ち上がり、声が震える。


「ラ……ラミア様……!?」


 ざわり、と空気が揺れる。半グレたちは、全員知っていた。知らないはずがない。


 光神教団に雇われる、最上位の武力。自由と権力と富を引き換えに、国家すら壊す女。


 大陸最強の盗賊・ラミア。

 またの名を、光神教団大幹部・朱雀。


「久しぶりやなぁ、ライアン」


 ラミアは、肩をすくめて笑った。


「なんやこれ。えらい荒んどるやん。部下の躾、前より雑になっとらん?」


「い、いえ……その……」


 ライアンは、視線を逸らすことすらできない。

 ラミアは、興味なさそうにアジトを見回した。


「はぁ……ほんま、損な役回りやわ」


 そう言って、鼻で笑う。


「他の連中がな、使いもんにならへん言うて、光神教団から、うちに押し付けられたんよ」


 暗月国を、落とせ。


 その意味を、全員が理解していた。


「覇王レイアはおるわ、炎龍国の隠密まで入り込んどるわ。挙句、青龍のアホが、城下で好き勝手しとる」


 ラミアは、ため息をつく。


「正直な。めんどくさいにも程がある」


 視線が、ライアンに戻る。


「せやから」


 一歩、近づく。


「手、貸してくれるな?」


 口調は軽い。だが、拒否という選択肢は、最初から存在しなかった。


 半グレたちは知っている。

 この女が、教団の大幹部・朱雀の名を背負った武力であることを。逆らえば、教団ではなく、ラミア自身に消されるということを。


 沈黙。やがて、ライアンが、乾いた声で答えた。


「……もちろんです、ラミア様」


 ラミアは、満足そうに口角を上げた。


「ええ返事や」


 その笑みは、交渉相手に向けるものではない。獲物を使うと決めた者の、それだった。


 こうして暗月国の裏側で、半グレ、そして光神教団大幹部・朱雀という災厄が、動き出した。


 翌日。


 戦乱は、あまりにも早く始まった。


 夜明けの霧が、まだ城下に残っている。

 静かすぎる朝だった。


 最初に異変を察したのは、モウラだった。

 城壁の上。風の流れが、一瞬だけ歪んだ。


 モウラの瞳が、鋭く細まる。


「……来る」


 次の瞬間、確信に変わる。


「大群だ!」


 その声は低く、だが迷いがなかった。


 同時に、城外の彼方。

 地平線が、黒く蠢いた。

 人。いや、人だけではない。


 粗雑な隊列で突撃してくる半グレ集団。

 その隙間を縫うように、異様な歩調で進む無機質な影。


 機械兵。


 光神教団の兵器。感情も恐怖も持たず、ただ命令だけで動く殺戮装置。


「……始まったな」


 レイアは、歯を噛みしめることもなく、即座に判断した。


「総員!!」


 その声が、暗月城に轟く。


「戦闘配置につけ!!」

「城下を捨てるな! 一人でも多く守れ!!」


 号令が走り、兵たちが動く。

 若い兵士たち。

 覚悟を決めきれないまま剣を握る者もいる。


 だが、逃げなかった。


 暗月兵たちは、迫り来る波に向かって駆け出した。

 刹那。世界が、赤に染まった。


 轟音。

 衝撃。

 空気そのものが、爆ぜる。


 業火が、城下を舐めるように広がる。


「――っ!」


 叫び声は、途中で途切れた。

 防御陣形を組む暇すらなかった。


 一撃。


 たった一撃で、

 前線に出ていた暗月兵の大半が、地に伏した。


 焼け焦げた石畳。

 転がる武器。

 動かない影。


 それは戦闘ではなかった。

 虐殺に、限りなく近い。


「な……っ」


 レイアが、奥歯を噛みしめる。


「ここまでの火力……!」


 その後ろで、カロスが、ゆっくりと息を吐いた。

 目を閉じ、わずかに懐かしむような、そして忌まわしそうな表情。


「……間違いない」


 低い声で、呟く。


「朱雀……」


 名を口にした瞬間、空気が張りつめる。


「奴が、来ている」


 レイアが、即座に振り返った。


「何?」


 モウラの視線も、カロスに刺さる。


 カロスは、二人を見て、はっきりと言った。


「危険すぎる存在です。半グレなど前座にすぎない。あの炎は、戦場を選びません。兵も、民も……まとめて焼き払う」


 朱雀・ラミア。光神教団最上位の武力。

 その名だけで、状況が理解できた。


 レイアは、即断する。


「モウラ、あの女を」

「無理だ」


 モウラが、短く言い切った。


「今の兵力では、近づく前に溶かされる」


 沈黙。


 城下から、再び爆音が響く。第二波が、来る。


 その時だった。カロスが、一歩、前に出た。その背には、青い衣。だが、そこに迷いはない。


「……私が行きます」


 レイアが、目を見開く。


「カロス、お前」

「戦います」


 静かな宣言だった。剣を抜くわけでもない。拳を構えるわけでもない。


 だが、その場にいる全員が理解した。この男が立つということ自体が、戦力なのだと。


「これは、私の過去が招いた戦いです」


 カロスは、城下の炎を見据える。


「逃げては、ならない」


 モウラが、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「……死ぬなよ」


 それだけを告げる。


 レイアは、唇を噛み、そして頷いた。


「頼んだぞ、カロス」


 覇王としてではなく、一人の人間として。


「暗月国を……頼む」


 カロスは、振り返らなかった。青い光を胸に宿し、炎の渦巻く城下へと、歩き出す。


 その背を、誰も止められなかった。


 暗月国の戦乱は、ここから、本当の地獄へと踏み込んでいく。


 業火と悲鳴が入り混じる戦場。倒れ伏す兵の間を、無機質な足音が踏み越えていく。


 一体の機械兵。だが、その顔は歪んでいた。


 金属の顎が、きしりと上がる。作られたはずの表情筋が、明らかに笑みを形作っていた。


「クク……」


 電子音混じりの声が、低く漏れる。


「朱雀が、モウラを抑えりゃ……」


 炎の向こうで、赤い影が舞うのを見据える。


「後は、問題ねぇ!」


 名を呼ばれた男が、前線へと歩み出た。


 機械兵部隊統括・ゴリガン。

 彼もまた、朱雀に見つかり、脅されて教団に戻されていた。


 その身体は、更なる改造を受けていた。鈍重な装甲とは裏腹に、その足取りは軽い。戦場そのものを、遊び場のように見渡しながら、意気揚々と前へ出る。


「さぁて……」


 拳を鳴らす。


「覇王の国、どこまで保つか見せてもらおうか」


 炎が、さらに高く噴き上がった。暗月国は、今まさに、破壊者たちの視線の中心に置かれていた。

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