第四十二話 カロス、暗月国で戦う
暗月国・城下外れ。
朽ちた倉庫を改造した半グレ集団のアジトは、嫌な沈黙に支配されていた。酒も、笑い声もない。あるのは、焦りだけだ。
「……チッ」
吐き捨てるように舌打ちしたのは、
半グレのボス・ライアン。
狡猾で、慎重で、生き残ることに長けた男。その彼が、今は落ち着きを失っている。
「新しい戦力が来たって話は本当らしい」
「覇王レイアの側に、炎龍国の隠密……モウラ」
「それに、青い服の謎の男」
部下の一人が、声を落として言う。
「……侵略、もう無理なんじゃないすか」
「城下の連中、半分一瞬でやられたって」
ライアンは答えない。ただ、机を指で叩く音だけが響く。
その時。ギィ……と、扉が開いた。
「……あ?」
下っ端が振り返り、反射的に怒鳴る。
「なんだお前」
言葉は、途中で止まった。
女が、そこに立っていた。
いつの間にか距離を詰められ、喉元に指先が添えられている。力は入っていない。それでも、逆らえば死ぬと、本能が理解した。
「……誰に口きいとんや?」
低く、乾いた関西弁。
「ここ、あんたらの巣やろ。番犬くらい、ちゃんとせぇや」
女は、そのまま中へ入ってくる。
真紅の髪。鮮やかな赤の着物。手には、金色の扇子。
その顔を見た瞬間、ライアンの顔が青ざめた。
「……っ」
椅子から立ち上がり、声が震える。
「ラ……ラミア様……!?」
ざわり、と空気が揺れる。半グレたちは、全員知っていた。知らないはずがない。
光神教団に雇われる、最上位の武力。自由と権力と富を引き換えに、国家すら壊す女。
大陸最強の盗賊・ラミア。
またの名を、光神教団大幹部・朱雀。
「久しぶりやなぁ、ライアン」
ラミアは、肩をすくめて笑った。
「なんやこれ。えらい荒んどるやん。部下の躾、前より雑になっとらん?」
「い、いえ……その……」
ライアンは、視線を逸らすことすらできない。
ラミアは、興味なさそうにアジトを見回した。
「はぁ……ほんま、損な役回りやわ」
そう言って、鼻で笑う。
「他の連中がな、使いもんにならへん言うて、光神教団から、うちに押し付けられたんよ」
暗月国を、落とせ。
その意味を、全員が理解していた。
「覇王レイアはおるわ、炎龍国の隠密まで入り込んどるわ。挙句、青龍のアホが、城下で好き勝手しとる」
ラミアは、ため息をつく。
「正直な。めんどくさいにも程がある」
視線が、ライアンに戻る。
「せやから」
一歩、近づく。
「手、貸してくれるな?」
口調は軽い。だが、拒否という選択肢は、最初から存在しなかった。
半グレたちは知っている。
この女が、教団の大幹部・朱雀の名を背負った武力であることを。逆らえば、教団ではなく、ラミア自身に消されるということを。
沈黙。やがて、ライアンが、乾いた声で答えた。
「……もちろんです、ラミア様」
ラミアは、満足そうに口角を上げた。
「ええ返事や」
その笑みは、交渉相手に向けるものではない。獲物を使うと決めた者の、それだった。
こうして暗月国の裏側で、半グレ、そして光神教団大幹部・朱雀という災厄が、動き出した。
翌日。
戦乱は、あまりにも早く始まった。
夜明けの霧が、まだ城下に残っている。
静かすぎる朝だった。
最初に異変を察したのは、モウラだった。
城壁の上。風の流れが、一瞬だけ歪んだ。
モウラの瞳が、鋭く細まる。
「……来る」
次の瞬間、確信に変わる。
「大群だ!」
その声は低く、だが迷いがなかった。
同時に、城外の彼方。
地平線が、黒く蠢いた。
人。いや、人だけではない。
粗雑な隊列で突撃してくる半グレ集団。
その隙間を縫うように、異様な歩調で進む無機質な影。
機械兵。
光神教団の兵器。感情も恐怖も持たず、ただ命令だけで動く殺戮装置。
「……始まったな」
レイアは、歯を噛みしめることもなく、即座に判断した。
「総員!!」
その声が、暗月城に轟く。
「戦闘配置につけ!!」
「城下を捨てるな! 一人でも多く守れ!!」
号令が走り、兵たちが動く。
若い兵士たち。
覚悟を決めきれないまま剣を握る者もいる。
だが、逃げなかった。
暗月兵たちは、迫り来る波に向かって駆け出した。
刹那。世界が、赤に染まった。
轟音。
衝撃。
空気そのものが、爆ぜる。
業火が、城下を舐めるように広がる。
「――っ!」
叫び声は、途中で途切れた。
防御陣形を組む暇すらなかった。
一撃。
たった一撃で、
前線に出ていた暗月兵の大半が、地に伏した。
焼け焦げた石畳。
転がる武器。
動かない影。
それは戦闘ではなかった。
虐殺に、限りなく近い。
「な……っ」
レイアが、奥歯を噛みしめる。
「ここまでの火力……!」
その後ろで、カロスが、ゆっくりと息を吐いた。
目を閉じ、わずかに懐かしむような、そして忌まわしそうな表情。
「……間違いない」
低い声で、呟く。
「朱雀……」
名を口にした瞬間、空気が張りつめる。
「奴が、来ている」
レイアが、即座に振り返った。
「何?」
モウラの視線も、カロスに刺さる。
カロスは、二人を見て、はっきりと言った。
「危険すぎる存在です。半グレなど前座にすぎない。あの炎は、戦場を選びません。兵も、民も……まとめて焼き払う」
朱雀・ラミア。光神教団最上位の武力。
その名だけで、状況が理解できた。
レイアは、即断する。
「モウラ、あの女を」
「無理だ」
モウラが、短く言い切った。
「今の兵力では、近づく前に溶かされる」
沈黙。
城下から、再び爆音が響く。第二波が、来る。
その時だった。カロスが、一歩、前に出た。その背には、青い衣。だが、そこに迷いはない。
「……私が行きます」
レイアが、目を見開く。
「カロス、お前」
「戦います」
静かな宣言だった。剣を抜くわけでもない。拳を構えるわけでもない。
だが、その場にいる全員が理解した。この男が立つということ自体が、戦力なのだと。
「これは、私の過去が招いた戦いです」
カロスは、城下の炎を見据える。
「逃げては、ならない」
モウラが、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……死ぬなよ」
それだけを告げる。
レイアは、唇を噛み、そして頷いた。
「頼んだぞ、カロス」
覇王としてではなく、一人の人間として。
「暗月国を……頼む」
カロスは、振り返らなかった。青い光を胸に宿し、炎の渦巻く城下へと、歩き出す。
その背を、誰も止められなかった。
暗月国の戦乱は、ここから、本当の地獄へと踏み込んでいく。
業火と悲鳴が入り混じる戦場。倒れ伏す兵の間を、無機質な足音が踏み越えていく。
一体の機械兵。だが、その顔は歪んでいた。
金属の顎が、きしりと上がる。作られたはずの表情筋が、明らかに笑みを形作っていた。
「クク……」
電子音混じりの声が、低く漏れる。
「朱雀が、モウラを抑えりゃ……」
炎の向こうで、赤い影が舞うのを見据える。
「後は、問題ねぇ!」
名を呼ばれた男が、前線へと歩み出た。
機械兵部隊統括・ゴリガン。
彼もまた、朱雀に見つかり、脅されて教団に戻されていた。
その身体は、更なる改造を受けていた。鈍重な装甲とは裏腹に、その足取りは軽い。戦場そのものを、遊び場のように見渡しながら、意気揚々と前へ出る。
「さぁて……」
拳を鳴らす。
「覇王の国、どこまで保つか見せてもらおうか」
炎が、さらに高く噴き上がった。暗月国は、今まさに、破壊者たちの視線の中心に置かれていた。




