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黒炎龍を宿す者  作者: 黒瀬雷牙
第三章 カロスの選択
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第四十話 カロスの新たな目的地

 青龍は、その名を完全に捨てた。


 もはや、光神教団の大幹部でもなければ、四神の一角でもない。

 かつての名は、過去と共に、静かに置いてきた。


 彼は、カロスと名乗った。


 清風街の外れ。

 風の通り道に、小さな建物が建てられた。


 青光教会。


 豪奢な装飾はない。

 奇跡を誇示する祭壇も、権威を示す紋章もなかった。


 そこにあったのは、開かれた扉と、腰を下ろせる長椅子。そして、耳を傾ける者が一人いるだけだった。


 雷帝国に。

 機械兵に。

 光神教団に。


 家族を奪われた子供たち。

 居場所を失った老人たち。

 夜になると、悪夢にうなされる者たち。


 カロスは、彼らに教えを押し付けなかった。


 ただ、話を聞いた。

 泣く者の前では、黙って背をさすり。

 怒る者の前では、否定せず、最後まで耳を貸した。


 人々は、祈りではなく、懺悔を持ち込んだ。


「許されたいわけじゃない」

「忘れたいわけでもない」


 そう言って、胸の奥に溜め込んだ言葉を吐き出していく。


 カロスは、裁かなかった。

 正義も、罰も、与えなかった。


「……生きていていい」


 それだけを、静かに伝えた。その在り方は、噂となって広がっていった。


 やがて、訪れる者の中に、見覚えのある顔が混じり始める。


 かつて、玄武の支配下にあった時代。アネモネの傍にいた、寵愛された女たちの一部だった。彼女たちは、祈るためではなく、手伝うために来た。食事を用意し、子供の世話をし、夜通し泣く者の隣に座る。誰かの苦しみを、誰かに押し付けないために。


「……ここは、怖くない」


 そう言って、微笑んだ。

 それが、青光教会だった。


 季節が巡り、夏の終わりが近づいた頃。カロスは、教会に集まった者たちを前に、静かに告げた。


「私は、旅に出ます」


 ざわめきは、起こらなかった。皆、察していたからだ。


「この大陸には、まだ……心の置き場を失った人が多すぎる」


 カロスは、外を見た。吹き抜ける風の向こうに、遠い地平がある。


「正しい教えと、弱った心が休める場所を。それを、各地に残していきたい」


 向かう先は、暗月国。


 正しき覇王・レイアが治める国。

 理想を掲げる王がいる一方で、戦力は乏しかった。


 側近のガイツと、若い兵士たち。

 それだけが、国を守る盾だった。


 かつて存在した、覇王ゴウガ。

 双璧。四天王。


 そうした抑止力は、もうない。


 無法者は多く、秩序は脆い。

 だからこそ、行く価値があった。


「……ここは、あなたたちに任せます」


 カロスは、女性たちに向き直る。


 元・教団の名も、過去も、もう関係なかった。

 今、そこにいるのは、人を支える者たちだった。


 彼女たちは、迷わず頷いた。


「帰る場所は、ここにあります」

「いつでも、待っています」


 カロスは、深く頭を下げた。


 翌朝。


 一人の旅人が、街を出る。

 背には、剣も、権威も、神の名もない。


 あるのは、歩いてきた記憶と、これから出会う人々のための時間だけ。


 青龍は、もういない。


 だが、青い光は、確かに大陸に灯り始めていた。


 城門の外。


 朝の風が、石畳をなぞるように吹き抜けていた。夏の名残をわずかに残しながらも、空気はもう、次の季節へ向かっている。


 旅支度を整えたカロスは、振り返った。

 そこにいたのは、見送りの者たちだった。


 風帝ミリア。

 ガンドロフ。

 アネモネ。

 ルシオとエリオ。


 誰も、引き止めなかった。

 ミリアが、一歩前に出る。


「……行くのね」


「ええ」


 短い言葉だけで、十分だった。ミリアは、いつものように柔らかく微笑む。


「暗月国へ行ったら……」


 少しだけ、間を置いて。


「レイアさんに、よろしく伝えて」


 帝としてではない。友としての言葉だった。

 カロスは、深く、静かに一礼する。


「必ず」


 その所作に、かつての教団の影はなかった。一人の旅人の、誠実な別れだった。


 ガンドロフは、腕を組んだまま、鼻で息を鳴らす。


「……死ぬなよ」


 それだけ言って、視線を逸らす。アネモネは、胸の前で手を組み、そっと頭を下げた。


「道中に、光がありますように」


 ルシオとエリオは、敬礼する。かつて敵として向けかけたその手は、今、旅立ちを送るためにあった。


 風が、強く吹いた。薄衣が揺れ、髪がなびき、城門の旗が音を立てる。カロスは、背を向ける。


 一歩。

 また一歩。


 振り返らない。


 背中に、視線を感じながらも、足は止まらなかった。青龍は、もういない。だが、青い光を胸に宿した旅人は、確かにそこにいた。


 風翔国の門が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 そして彼の物語は、暗月国へと向かっていった。

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