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誕生日

 委員長が午後から来てくれることになっている日曜日、午前中は部屋どれだけ掃除しただろうか。最後に委員長から貰った眼鏡をクロスで綺麗に磨き上げた。


「部活終わったから、今から向かうね」そうメッセージが届いてから二十分後、家のチャイムが鳴り響いた。


 玄関の扉を開け「お疲れ様。わざわざ来てくれてありがとう」迎え入れた。


「……うん、お邪魔します」


 部活帰りの委員長は上はジャージで下は体操服の、よくいる運動部の女の子の格好で、制汗剤の鼻を抜ける匂いがした。それにいつもはそのままにしている肩まで伸ばした黒髪を、今日は後ろで一つに縛っていた。ポニテと眼鏡は最強である。


「……なに、ジロジロ見て」ジト目で睨みつけた。


「委員長のポニテめっちゃいいなって」


 すると委員長はすぐに髪のゴムを外し、鞄から櫛を取り出して髪を梳いた。梳いた髪で顔を隠しながらギッと目を細めると「はいこれ」と紙袋を渡された。


「ああ、ありがとう」お菓子が入っていた。


「ちょっとお手洗い借りるね」


「ええ、どうぞ」


 このくらいのことはよく言うのに、なぜあんなに機嫌を悪くしてしまったのだろうか。理由は分からなかったが、先に居間に行って委員長を待った。

 しかし戻ってきた委員長はいつもの委員長で別に機嫌が悪そうでもなかった。


「そういえば怪我のこと吉乃に言ったの?」俺の向かいに座ると事もなげに言い放った。


 吉乃楓は俺が唯一の親友と呼べる男だった。ただ、俺とは正反対の男で、美しく頭が良く優しい男で、おまけに運動神経まで良くてバスケ部のエースだった。高校も本当だったら委員長と同じところに通えるほど成績が良かったが、バスケのスポーツ推薦があったのでそっちへ進学した。そんな男を学校の女性は放って置かなかった。俺はクラスの女子が全員好きで、クラスの女子は殆ど全員は楓のことが好きだった。


「楓に? する訳ねえだろ。あいつ大袈裟だからな、大騒ぎするよ。めんどくせえだろ?」俺は楓と幼馴染であり、俺の境遇についてよく知っている楓は、優しく俺に寄り添ってくれた。


「そうかもね、でもいいじゃん。そんなに心配してくれる人がいて」


「まあ確かにね」


「呼んだら来てくれないかな?」期待に目を輝かせていた。


「ええ、どうだろう。楓か……」


 俺は昔を思い出して一人でショックを受けていた。あれは中学二年生の頃だった。廊下にいる時に教室にいるクラスの女子の会話が聞こえてきたのだ。


「今度、吉乃も誘って遊びに行こうよ」


「でも、バスケが忙しくてって大体断られるんだよねぇ」


「あいつ誘えばいいよ。なんだっけ大江だっけ? 藤村だっけ、どっちが名字かわからないやつ。あいつ吉乃と何故か仲良いから。あいつがいると吉乃も来てくれるんだよ」


「ああ、あいつね。吉乃と仲良いからってだけで、自分も一軍だと思ってるやつね」


「ね、悪いやつじゃないんだけど、なんかめっちゃ気取ってるていうか、勘違いしてるよね」三人でゲラゲラ笑っていた。


 と、今思い返してみれば、そんなに酷いことは言ってなかったのだが、当時の俺は相当なショックを受けしばらくは立ち直れなかった。そして彼女らはその会話通り、俺をカラオケに誘ってくれた。その時の態度はとても優しく気さくで親切で、例の会話を聞いていなければ、自身に気があるんじゃないかと勘違いしてしまうほどだった。

 却ってその二面性が、俺に不信感を募らせるのだった。今思えば彼女たちが俺のことを嫌いではなかったことが分かる、ただ、本当に心の底からどうでもいいと思っていただけで。楓の親友という情報を除けば、彼女たちにとって俺は無だったのである。

 しばらくは女性からの優しさを素直に受け取れなくなってしまったことが、後から思い返せば一番の問題であった。これがいけなかった。今もまた、委員長の些細な言葉で俺は酷く揺れている。


「なんでよ、あんなに仲良しだったのに?」委員長は首を傾げた。


「別に嫌いじゃないよ。委員長は来てほしいの?」こんなことを内心ビクビクしながら聞いている。自分自身でも情け無いと思うよ。


「だって、三人で会うのなんて久しぶりでしょ」そんなに前でもないのに懐かしそうに。


「最後三人で集まったのは、俺が施設から出て、ここに引っ越す時の荷解きだっけ?」


「うん、それで帰りに吉乃から、藤村を頼むってお願いされたの」


「あいつがお願いすることじゃないだろ」笑って言った。


「それだけ藤村のことが大切だったんだよ」


「それは俺も同じだから。悪いけど、バスケに真剣に向き合ってるあいつに余計な心配をかけたくないんだわ。全部片付いたらさ、笑い話として打ち明けるよ」半分は本音で、もう半分は邪な思いからの言葉だった。


「そっかごめんね。男の友情ってやつだね」申し訳なさそうな、嬉しそうな声色だった。「それで、この前に言ってた生活の先行きはなんとかなりそうって話はどうなったの?」


「ああ、そのことなんだけどさ」弁護士を交えて話し合った結果を伝えた。


「そっか、よかったね。これで落ち着いた学校生活が送れるね」


「ああ、今はクラスのみんなのびのびやってるよ」


「そっか」と優しく言うと、委員長は部屋の中をゆっくりと見回して「そういえば、随分綺麗にしてあるね」笑って言った。


 それは開戦の合図だった。委員長は俺の部屋からやましい物を一つ残らず見つけ出すつもりだった。


「委員長、無駄だぜ。俺は発想を変えたんだ。委員長相手にかくれんぼ勝負は勝ち目が薄いってな。だから防御力を最大まで引き上げたんだよ」指を差した先には、頑丈な木箱が南京錠で閉められていた。


「ふーん」恐るべき笑みを浮かべると、木箱の前に移動して南京錠を手に取った。「四桁ね。誰かの誕生日ですか?」そう言い振り返って俺をじっと見た


「やめてくれよ。物理が効かないと分かるや否や、精神攻撃に変えてくるのは」委員長の目から逸らしてしまった。


「図星だね。藤村の誕生日は、駄目か。じゃあ次は、吉乃の誕生日で、これも駄目。後は島崎藤村、ビル・エヴァンス、サティ、マグリット?」とスマホを片手に次々入力していった。


 俺はもう時間の問題だと悟った。


「もしかして、私?」冗談ぽく言った。


 カチャッと乾いた金属音が部屋の中に響いた。委員長はすぐにその蓋を開けようとはしなかった。興奮した表情で振り向くと、そのままこちらに詰め寄った。


「開ける前に一つ聞きたいことがあるの」


「な、なんでしょうか」委員長の顔は唇が触れるんじゃないかと思うくらいに近かった。


「藤村くんは、こんな番号にして気持ちよく勝ちたかったの? それとも気持ちよく負けたかったの? どっちなの?」


 普段は全くしないくん付けで呼び、俺のことを煽り馬鹿にしていた。その眼鏡の奥の扇情的で挑発的な瞳が俺を捉えて離さなかった。腕や太腿は触れ合い、近くに来ると制汗剤だけでは隠せない、部活帰りの汗の匂いが、甘い香りと爽やかな香りと混ざって頭がクラクラとした。血液はある場所に急速に集まった。


「ちょっと質問の意味が……」


「だからさ、私がギブアップしたら、実は委員長の誕生日でしたって鼻を明かしてやろうと思ってたのか、隠したえっちな物を全部私に見せつけたかったのか、どっちなの?」


「いいや、本当にそんなことは考えてなかったんだ。南京錠がしてあれば、普通諦めると思うだろう?」早口で言った。


「じゃあなんで、私の誕生日なの?」


「……俺はオー・ヘンリーのつもりだったんだよ」記憶の奥底にあった記憶を引っ張り出した。二人の誕生日は同じだった。


「……じゃあ、そう言うことにしといてあげる」ニコッと笑った。


 委員長は木箱の前に戻り「せーの」と掛け声と共に蓋を開けた。

 俺は仕方なく覚悟を決めた。


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