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過去編2

 嶋咲は待ち合わせ場所で藤村を待っていた。


「おはよう委員長、まだ楓は来てないの?」片手を上げて気安く言った。


「さっきいきなり今日来れなくなったって連絡があって」嶋咲はそれが楓から二人きりにしてあげるためのキラーパスだということに気がついていた。


「どうする、今日はやめとく? 楓が来れないんだったら」嶋咲が楓に好意を抱いていると勘違いしている藤村は、嶋咲を慮ってそう言った。


 それを聞き嶋咲もショックを受けた。友達として複数人で遊びに行くのならいいが、二人きりでは出掛けたくないのだと。

 しかし藤村にも、苦い経験があったのだった。小学五年生の頃、楓と二人で夏祭りに行く計画を立てていた時、その話を聞いていた二人の女の子が一緒に行こうと誘ってくれた。それで待ち合わせの約束をし、藤村は軽い足取りでボロアパートに帰って準備をした。それから藤村は楓を迎えに家まで行くと、楓の姉が急に倒れたとのことで、母と二人で病院に行かなければならなかった。


「後で、夏祭りの話を聞かせてくれよ」楓は藤村が気を遣って楽しめなくならないように笑って肩を叩いた。


 藤村は集合場所について二人の女の子にその話をした。


「あっそう、それは災難だね。じゃあ私達は二人で回るから。じゃあね」顔を見合わせた後、貼り付けた笑顔で藤村を置いて歩き出した。


 取り残された藤村だったが、楓に夏祭りの思い出話を聞かせてやるべく、一人でその屋台の中を歩き回り、櫓の側のベンチに腰を下ろした。

 さっきの二人の女の子は他のグループと合流して、楽しそうな表情をしていた。そしてそのグループの別の一人が藤村を見つけるとパアッと顔を輝かせてやってきた。


「もしかして吉乃と待ち合わせしてるの?」尻尾をブンブンと振る犬のようだった。


「いいや、あいつは来ないよ。ちょっと用事があってね」


「そうなんだ。じゃあ、楽しんでね」その表情はどんよりとし、グループの元へ帰って行った。


 藤村はフッと自嘲気味に笑った。どいつもこいつも俺を楓の付属品のように扱いやがって、と。


「おい、どうしたんだよ藤村、そんなところでぼうっとしてさ。お前もこっちこいよ」ただその後に来た男子グールプは座っている藤村を迎え入れた。藤村はおかげであまり思い詰めずに済んだし、翌日その話を楓に聞かせることができた。

 そんなことが日常茶飯事だった藤村は、断られてショックを受ける前に、自ら提案することで自分を守る術を身につけていた。


「……そんなに二人きりで行くのが嫌なの?」嶋咲は諦めずに、両腕でさりげなく胸を寄せ上目遣いで藤村に迫った。


「俺は嫌じゃないし、むしろ嬉しいけど、楓がいないんじゃ委員長が嫌かなと思って」視線は強調された胸に吸い込まれた。


「別に嫌じゃないよ。私も吉乃には悪いけど、二人で行けて嬉しいし……」恥ずかしそうに言った。


 藤村は嶋咲を女神かと思ったが、自身に勘違いをしないよう言い聞かせた。

 最近は女子も藤村にとても親切に接してくれるようになっていたのだが、それには理由があった。

 夏に学校行事でキャンプをし、最後は火を囲いながら男女ペアになって踊るのだが、とある女子のダンスのペアが藤村だと判明した時のことだった。


「え、藤村とかキモくて嫌なんだけど、手とか繋ぎたくない」半笑いで言った。


「は、キモくねーし。お前みたいな奴なんてこっちから願い下げだよ、誰か俺とペアを組んでくれー」藤村はふざけてそんなこと言い手を上げ、本当はショックだったが笑いに変えていた。


「よし、じゃあ俺と組もう」と、手を挙げたの楓だった。


「なんで男なんだよ」


「別にいいだろ。藤村の心は女の子ってことでさ」


「なんで俺をトランスジェンダーにするんだよ。せめて楓が女になれ、それが俺と踊る最低条件だね」


「まあ仕方ないか」


 そうして本当に二人で踊っていた。女子たちはメイク道具とウィッグを用意して、本当に楓を女の子にしていた。楓の中性的な顔立ちには、メイクがよく似合っていた。藤村もあまりの可愛さに驚き、ダンスが終わった後もしばらく手を握っていた。そして嶋咲は藤村が美しい女とずっと手を繋いでる様子を目撃し、それが楓であると知るまで一人で落ち込んでいた。そんな、微笑ましい話で終わればいいのだが、この話には続きがあった。

 藤村とペアになりキモいと罵った女子が、楓に告白した。


「俺の親友にキモいとか平気で酷いこと言う人と付き合いたくないよ」冷たい目線で見下し、はっきり言った。


「……え、あんなの冗談じゃん。みんなも笑ってたし」


「君は冗談でも面白くないよ。みんなが笑ってたのは藤村が面白いからだ。藤村はなにを言われても笑って許してくれるよ、その代わり俺が恨み許さないことにしてるんだ。もう、一生話しかけてこないでくれ」楓は踵を返して歩き出した。


 その女子は縋りついて楓に謝った。何度も何度も謝った。


「俺に謝っても仕方ないだろ」はぁと息を吐き呆れたように腕を払った。


 その時の藤村と言えば「性行為をばし、巨万の富を築くAV男優がいる一方、我々は食う飯に困り、童貞のままだ。そして諸君も貧乏で童貞のままなのに、高額なAVを買い視聴し、AV男優に性行為と金銭を施し、自らその格差を助長している。これが資本主義の失敗と言えずになんと言えるだろうか。諸君、我々は今こそ一致団結して立ち上がり、革命を起こさねばならない。聞けぇ、黙って聞けぇ、清聴せい!」クラスの男子に囲まれながら演説していた。


「黙って聞いてるだろ」


「資本主義じゃなくてお前の失敗だろ」


「もう藤村がAV男優になれよ」


 野次を飛ばされて藤村も周りも笑っていた。こんなくだらない日常を藤村は愛してやまなかった。

 その時泣いている女子を他の三人の女子で取り囲み、藤村の元へやってきた。彼女は泣きながら謝り続けた。藤村はただ困惑するばかりだった。許す許すと何度も言えども、彼女は結局藤村に許されることが目的ではないので泣き止まなかった。


 それから藤村はあらゆる女子に優しくされるようになった。それは楓の親友に対しての態度も、恋愛についての評価に含まれることになると、女子達が思うようになったからだった。

 それから藤村は女性の優しさに嬉しく思いながらも、ああ、これは点数稼ぎかな。なんて冷めた目線で見るようになってしまった。


 今回嶋咲が二人で美術館に行ってくれるのもそうなのではないかと、嬉しく思いながらも心の片隅で思っていた。


「ああ、この天女は多分、画家の名前までは忘れちゃったけど、西洋画の天使のオマージュだね」なんて浮世絵を観ながら藤村は言った。


「へえ、そうだって。よくわかったね」藤村とは違い作品の横に飾られた解説文を全て読む嶋咲は、藤村の慧眼を褒め称えた。


「まあ、見ればわかるよ」


「そうかな、全然西洋画の面影は感じないけど」


「今ではこういう浮世絵のエッセンスといわゆるサブカルチャーのイラストを融合させて油絵を描いてたりする人もいるんだよ。この前個展で見たんだ。そうやって繋がれるた歴史を辿っていくのも面白いよね」


「藤村って頭悪いフリしてるけど本当は頭いいでしょ」


「なんだよフリって馬鹿にしてんの? やめてくれよ、俺は爪なんて隠してないからさ」


「本気で言ってるのよ、私」


「委員長の期待に応えるべく、ない爪を研いでおくよ」


「頑張ってね」嶋咲は藤村の肩を撫でた。


 藤村はドキドキしながら、嶋咲の優しさの全てが、楓にその優しさを喧伝するために行われているのだとしたらどうしようかと、一人傷ついていた。あまりにナイーブであり、嶋咲の笑顔すら疑ってしまっていた。

 しかしそれ以上に、嶋咲が自分のものになればどれだけ嬉しいだろうかと夢想した。


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