NTR? 1
夏休みに入ると、泉さんとの時間をたくさん取れるのではないかと期待していたが、祖母の家に帰省してしまった。
嶋咲はバレーの練習に夏期講習で遊んでいる時間がないほど忙しいそうだ。全く優等生には頭が下がるね。
楓もバスケの合宿があるそうで、暇人は俺だけだった。
俺もようやく骨がくっつき、未だ違和感はあるが日常生活には支障が無くなった。ただ流石に、肉体労働はまだ念の為に休んでいる。今はリハビリも兼ねて泉さんの肖像画を描いている。もう何枚も描いている。今描き終わった一枚は渾身の出来だった。結局背景なんかは描かず、美しい泉さんだけをキャンバスいっぱいに描いた。それを額縁に入れた。
こんなに絵を描くのが面白かったことも滅多にない。絵を描いていると、色々なことを思い出す。嬉しいことも悲しいことも。
俺が小学生五年生の頃、授業で描いた校庭の景色が、コンクールで佳作を取ることが出来た。俺はそれまで自分は本当に何も出来ないやつだと、自らを決めつけてしまっていた。朝礼で表彰されたとき、一際大きな拍手が聞こえ振り向くと、それは楓のものだった。一生懸命に拍手をしてくれていた。俺はどれだけあいつに感謝しただろう。
俺にはもう絵の道しか残されてないとすら思った。
表彰状を大切に抱え、その時住んでいたボロアパートに戻った。きっと母は大喜びしてくれるだろうと思っていた。
「ねえねえ、絵が表彰されて佳作取ったよ」賞状を広げ、背中を向けて寝ている母に向かって言った。
「あっそ」振り向きもせずにそう言った。
「公民館に飾られてるんだって」一緒に観に行こうと言ってくれると、俺は信じて疑わなかった。
「あっそ」
少しスマートフォンを弄ると、またそれを置き、眠りについた。
俺は持っていた賞状をぐしゃぐしゃに丸め、夜ご飯代の二百円をテーブルから取り、涙を堪えながら家を出た。
俺は近所のスーパで百円で六本入ったスティックパンを二つ買った。これが俺の晩御飯だった。
「おい、どうしたんだよ藤村。大丈夫か?」公園であった楓は俺の肩を抱いて言った。
「別になんてことないよ」俺は強がって言った。チョコスティックパンを一本貪り、公園の蛇口から水を飲んだ。
「取り敢えず、俺ん家来いよ」
楓はそのまま俺の肩を抱い自宅に連れ帰った。楓はあえて何も聞かなかった。楓のお母さんは俺にも夕食を振る舞ってくれ、泊まっていくよう勧めてくれた。一緒に風呂に入った後は、楓の部屋でゲームをした。途中、塾から帰ってきた楓の姉さんも混ざって、三人で遊んだ。
「藤村はこの前、絵で表彰されたんだよ」翌日朝ごはんを食べている時、楓は自分のことのように喜んで言った。「今、公民館で飾られてるんだって」
「凄いじゃない。今日みんなで観に行きましょうか」母親が。
「ああ、後で車出すよ」父親が。
当時からその行動力には驚かされたが、今になってもやっぱり異常なことだったと思う。本当に優しく善良な一家だった。あの両親を見れば、楓の性格の良さも納得がいく。両親もそうすることが教育に良いと思ってしていたのだろう。その成果は存分に発揮されていた。
ベンツのGクラスの後部座席の真ん中に、楓とその姉に挟まれて俺は恥ずかしながら大人しく座っていた。
公民館に着くと俺は楓と二人で並んで絵の前で写真を撮った。それが嬉しく俺は楓一家の絵を描いた。楓のお母さんは泣くほど喜んでくれ、今でも楓の家に飾ってある。俺は今でもその記憶に支えられている。
ピピピと携帯が音を立てた。泉さんは犬の散歩に行くときに毎回電話をかけてくれるので、それだけが今の楽しみであった。
「もしもし藤村くん、今何してたの?」明るい声は俺を慰めるには十分だった。
「まあ、ぼんやりとしてたよ」泉さんには絵を描いていることはまだ黙っていた。
「自分を慰めてたんじゃないの?」
「それは朝起きたときに済ませたよ」
「もしかして、また私の写真で?」
「まあね」俺はあの写真にどれだけお世話になっているか分からない。
「ほんと、よく飽きないね」呆れた様子で。
「また違う写真を送ってよ」
「考えとく」恥ずかしそうに呟き「あッ、あッ……ダメだってタロ、ダメ」
「何が起こってるのかわからないけど、声だけ聞くとなんかエッチだな」
「ホント、ごめんなさい。タロ行くよ」誰かと会話しているようだった。
「大丈夫だった?」
「うん、タロは藤村くんにそっくりで、他のワンちゃんに腰を振り始めて」
「それで、そっくりって。でも、それは気まずいね」
「そうね、それで声がエッチだって?」声の調子は文末に向かうにつれて威圧するように上がっていった。
「あぁ、聞こえてたんだ」
「藤村くんって、そんなことばっかり考えてるんだね」
「……ごめん、そっちが大変なときに」
「……あッ、ダメ、ん、ちょっと待って」と泉さんは喘ぎ声の演技をし始めた。その時の演技は男に無理矢理されている設定で、接吻をする時の音を出したり、おねだりをしたりして、俺は無意識のうちに自分の物を握りしめていた。「ねえ、今握ってたでしょ?」くすくすと笑いながら良いところでその演技をやめた。見透かしたかのようだった。
「あ、ああ」動揺していた。もう少し続けてくれていたら……。
「単純だね」
「男はみんなそうだよ」
「ところで今日帰るから、明日家行くね。なんかリクエストある?」
「眼鏡でお願いします」
「そういうことじゃなくて、ご飯のリクエストって意味だったんだけど」大笑いしていた。「眼鏡もかけていってあげるよ」
「やべえ、恥ずかしい。……あの鶏肉の甘辛丼がまた食べたいです」
「わかった。じゃあ明日ね」
「ありがとう、楽しみにしてるよ」
もう一度描いた泉さんの絵を見た。喜んでくれるといいなぁ。思いながら目に付かない場所に隠した。
そして翌日の昼過ぎ、泉さんが来てくれた。彼女は深い紺色のワンピースを着て、約束通り眼鏡をかけていた。
「ヤバ、可愛過ぎる」ドアを開け彼女が目に入った途端、俺の心の声は簡単に漏れ出た。
「あ、ありがとう……」顔を赤くして俯いた。
「本当にかけてきてくれたんだ」
「だって、藤村くんが言ったから」
「いやそうなんだけどさ、まさかって感じだよ。なんか、泉さんくらい顔が小さいとなんだか眼鏡が大きく見えるね。あぁー、ホント可愛いな、よく似合ってるよ」
「ねえ、そんなに褒めたって何も出ないよ」言いながら泉さんは俺の胸を触った。「そういえば、なにかスポーツとかやってるの?」そのまま触り続けて。
「肉体労働だからね、身体が資本なんだよ」
「そっか、なんだか働く男の身体って感じがしてかっこいいね」素直に褒めてくれているようだった。
「泉さん、そんなに褒められて触られたら、俺の方はなんか出ちゃいそうだよ」
「もう、また変なことばかり言って」ふふと口元を押さえて笑った。
「泉さんのも触ってもいいかな?」やっぱり犯罪臭が漂ってくる。
「え、何言ってるの!?」驚いたがすぐに冷静になった。「そっか、最初に触ったのは私の方か……。でも嶋咲さんのとかに比べると、私のなんて触っても面白味も魅力も無いし、ガッカリするだけだと思うよ」
「いえ、魅力あります。ありまくります。そんなことを仰らないでください」
「……そうかな?」言いながら自分で服の上から胸を両手で寄せていた。確かにそこには胸と呼べるような脂肪はどこにも無かったが、夢と希望は溢れ出ていた。
丁度、駐車場へハイエースが戻って来た。土曜日は昼過ぎに仕事が終わることもたまにあるのだ。
「泉さん、取り敢えず中に上がってよ」俺だけ仕事を休んで可愛い女の子と遊んでるなんて、周りの人からすれば腹の立つことだろう。
「あ、うん、お邪魔します」玄関でしゃがみ込み、上り框で靴の踵を揃える一連の動作が、なんだかとても美しかった。
先に居間に座らせお茶を出すと、泉さんはわざわざ俺のすぐ隣に移動して来てもう一度腰を下ろした。
「え、どうしたの?」俺はドキドキしながら尋ねた。
「あ、一緒にスマホで動画を見ようと思って、嫌だった?」可愛らしく小動物のように首を傾げた。
「まさか、むしろ嬉さでいっぱいです」
「そ、そっか。そういえば、怪我の方は大丈夫?」
「まあ大丈夫だよ。指は治るのにもうちょっと時間はかかるけどね」
「頭は大丈夫?」
「頭の傷はって言ってくれないと、俺が頭おかしくて心配されてるみたいじゃん。実際そうななのかも知れないけど」
「ねえごめんって、そんなこと言わなくても分かるでしょ。意地悪しないでよ」また微笑んで胸を触ってきた。
「もう殆ど治ったよ」前髪を掻き上げておでこを見せた。
「でも跡はまだあるね」顔を近づけて傷跡を優しく撫でてくれた。
「大丈夫だよ、この前病院で傷跡に塗る薬も貰ったから。それつけてからすぐ良くなってね、もう目立たなくなるのは時間の問題だよ」
「そっか、よかった」
「それで一緒に見る動画って?」
「この前おばあちゃんちで飼ってるタロの画像見せた時可愛いって言ってから、いっぱい動画撮ってきたんだ」タロのことになると、あの爽やかな笑顔を見せてくれる。
「へえ、いいね。早く見せてよ」
「ちょっと待ってね」スマホを操作し画面を横に向けて、二人の前に翳した。「タロね、いっつも私のことリードでグルグル巻きにしようとするの」
そうして再生された動画は綺麗な山々が聳え立つ田舎の景色に、一面の田んぼが広がっていた。広い道路の真ん中で、泉さんが持つリードのその先に繋がれているタロは、泉さんの周りを延々とグルグル走り回り、その度に泉さんはリードを持ち替えていた。そんな和やかな動画だった。ただ、泉さんの格好はノースリーブにショートパンツとラフで露出が多かったので、俺はそればっかりに気を取られていた。
次から次に犬と一緒に写っている動画を見せてくれた。その心温まる細やかな動画と、それを見せて楽しそうに動画の内容について説明する泉さんを見て、安らいだ心持ちでいた。
「次はなんだっけ?」泉さんが画面を操作し、目を疑うような画像が画面に表示された。泉さんは持っていたスマートフォンを目にも止まらぬ速さで引っ込めてそれを隠した。「見えちゃった?」俯き、恥ずかしそうに言った。
「……あぁ、まあ、ちょっとね」俺も動揺が隠せなかった。
その時見えた画像は、以前俺が持っているエロ本にあったような、顔に白濁とした液体がかかっている写真だった。ただ、かけられている女性は泉さんその人だった。
泉さんはあの時の写真のように眼鏡をかけ、舌を出して伸ばし、顔の下で両手を広げ、その白く粘り気のある液体を顔と舌を使って受け止めていた。最初は勢いが良かったのか髪やおでこ、眼鏡や鼻にかかり、残りは舌に出していたのだろうか、口の中に白い液は淀んでいた。
泉さんの表情も、男を喜ばせ、欲求を煽る媚びた表情でありながら、自身はその白濁を受け止めてことに対して満更でもないような微笑みを浮かべていた。それは性を吐き出した男に対し、最上の優越を与えるものだった。俺の網膜に鮮明に焼きついた。