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13/21

 二人で泉さんのイヤホンを片耳づつつけて音楽を聴きながら、ついに箱根湯本に到着した。

 泉さんの旅のしおりではピカソはメインディッシュであり、旅の工程でも最後の方だった。なので特急電車を降りた人たちがその足で登山電車に向かう中、二人でバス停へと向かった。バスは坂道を登りながら激しく左右に揺れていた。泉さんは最初は俺を窓側に座らせていたが、途中から酔ってしまったのか座席を交換した。目的のバス停で降りると泉さんを近くのベンチに座らせ、俺は急いでコンビニで水と酔い止めを買ってきた。


「ごめんね、折角来たのに」泉さんは真っ青な顔で何度も謝っていた。「ごめんね」


「結構時間に余裕持って予定組んであるでしょ。ちょっとここで休憩していこうよ。フェリーは次の便で乗ってさ」


「次来るの三十分以上かかるよ?」


「いいよ別に。なんなら横になりなよ、俺の膝を使ってさ」


「そうさせてもらうかな、ごめんね」素直に俺の太腿の上に頭を乗せた。俺はその頭を撫でながら、眼前に広がる芦ノ湖と雄大な山々を眺めていた。


 泉さんの表情にも多少赤みが戻ってきて、フェリーに乗り込んだ。また船酔いするかと心配していたが、湖なので揺れは全く無く、少しずつ体調を取り戻していた。

 泉さんは女子らしく自撮り棒をトートバッグから取り出し、屋上の甲板に出て二人で写真を撮った。


「俺も泉さんの写真撮っていい? 絵を描くときに必要でさ」


「え、こんなところで?」困惑した表情だった。


「いや、せっかくだからさ、雄々しい山々も背景に書き込もうかと思って」


「でも、もうちょっと人気の少ないところじゃだめかな? ス、スカートをたくし上げた方がいいんでしょ?」スカートの裾を掴んだ。薬が効いたのか、俺を安心させようとして元気があるように振る舞っているのか、その様子は大袈裟だった。


「泉さんは俺を何だと思ってるんだよ」


「変態……かな?」


「泉さんに対して散々やらかしてるから反論もできないな」


「お見舞いに行ったらいきなり、自作のM漫画と、オナホール見せつけられたりね。それにエッチな本を見せられたり、水着を着るようせがまれたり、セクハラされたり、硬くなったのを押し当てられたり」


「本当に悪かったよ」


「冗談だって、綺麗に撮ってね」スカートから手を離し、髪を手櫛で整えた。


 俺はスマートフォンで撮影し、その写真があまりに透き通り、見れば見るほど美少女過ぎたのでそのまま待ち受け画面にした。

 船内に戻り、芦ノ湖に纏わる歴史や伝統の船内アナウンスを聴きながらフェリーを楽しんだ。


「ねえ、何で待ち受けにしてるの!?」俺が時間を確認しようとスマートフォンを取り出しとき、珍しい素の驚きを見せた。


「いや、絵を描く時だけ見るんじゃなくて、普段からこうやってみてないと良い絵が描けないんだよ」今適当に理由をでっち上げた。


 泉さんの中では納得に足る理由になったのか、ただ、悔しそうな顔をして歯を食いしばっていた。それからスマートフォンを取り出してカメラを俺の方に向けるとカシャと音がした。


「じゃあ私も藤村くんを待ち受けにする」


 それで俺になぜダメージを与えられると思ったのだろうか。せっかく可愛い柴犬の画像にしているのに勿体無い。


「別に良いけど?」


「見て」泉さんは本当に俺の間抜け面を待ち受けにしていた。


 ロープウェイやケーブルカーを乗り継いで美術館にやってきた。ピカソは好きだったが、その美術館にある絵は俺の食指を動かさなかった。どちらかといえば施設内に併設されている他の日本人の彫刻家の作品の方が興味深かった。

 泉さんも似たような感想だった。ただ、それでがっかりしたと言うわけでなく、楽しそうに作品を観ていた。


「大丈夫? さっきのハンバーグでお腹いっぱいになった?」美術館に併設されたレストランは値段の割には美味しくないし量も少なかったので、そんなのことを心配していた。


「ああ、道理でお腹空いてると思った。ハンバーグが小さかったんだ。皿が大きすぎるのかと思ったよ」ふざけて言った。


「じゃあ駅前でもまた軽く食べていこうか、多分食べ歩きもできるから」


「良いね、そうしよう」


 箱根湯本の駅前に戻り、お土産を買ったり買い食いをした。その時にエヴァ屋なんてものを見つけて入店した。


「エヴァで誰が好き?」泉さんが。


「俺さぁ、ずっと綾波が好きだったんよ。でも、友達がみんなアスカって言うから、なんか恥ずかしくてその雰囲気に迎合してアスカって答えてたんだよね。あの時の俺はまだ未熟だったな」


「絶対マリって言うと思ってたのに。しかも綾波なんだ」笑いながら。


「泉さんは?」


「ミサトさん」


「そうなんだ、あまり聞かない返答だね。ちなみに俺は最初に泉さんを見た時、なんとなく綾波っぽいなって思ったよ」


「初めて言われたけど、最初はってどういう意味?」何か不服そうに。


「最初はミステリアス美少女かと思っとら、むっつりスケベ少女だったからびっくりしたよ」


「それは、藤村くんに合わせてあげてるだけだから。全然むっつりじゃないし」


「ああ、そういうことね。そういうことだったのか」わざとらしく言うと、泉さんはまたポカポカ叩いてきた。


 駅前の散策も終え、帰りの特急電車に乗り込んだ。


「今日楽しかったね」煌めく笑顔を見せてくれた。


「ああ一生の思い出になったよ。泉さんとこんなデートがいつでも出来る彼氏が羨ましいな」俺はふと泉さんに彼氏がいるのではないかと思い出してそんなことを言った。俺は最後の希望に縋っていた。


「彼氏?」唐突な言葉に怪訝そうな表情だった。


「いや、いるとしたらね?」誤魔化すように。


「ふーん、そういうこと」結局いるともいないとも言わなかった。


「でも、楽しかったな。泉さんが良ければまた一緒に何処か遊びに行ってよ。今度は宇都宮とか伊豆とか日帰りで行けるところでさ」


 泉さんは俺の太腿の上に手を重ね何度も撫でた。それは快諾の返事の代わりだったのだろうか。ただ、その撫でる場所が股関節に近い場所であり、心地よい疲労を感じていた肉体にとって、その刺激はビリビリと刺さるように全身を巡っていった。


「あの、泉さんの。……一体これはどういうことですか?」


「今日膝枕してくれた太ももを労ってあげようと思って」真顔で言った。


「それは大変ありがたいんですが、ちょっと不味くて……」言い淀んだ。


「みたいだね。ズボンの上からでもわかるほど大っきくなってるし。何考えているのかな?」


 俺に言わせると、泉さんの方が余程何を考えているのか分からない。扇情的な表情で俺を挑発し、実際に硬くしているのにお構いなし。もしかしたら俺は滅茶苦茶舐められているのかもしれない。


「何も考えなくても、そんな風に触られたらそりゃこうなるよ」


「……帰ったら一人で慰める?」耳元で囁いた。


「そうするだろうね」


「オカズは?」


「まだわかんないけど、泉さんがふざけて言ったスカートをたくし上げた写真を、何で撮らなかったんだろうって後悔してるよ。」


「もし撮ってたら私でしてた?」


「そりゃ勿論。泉さんは今日帰ってからしないの?」


 俺の反撃は冷たい視線に黙殺された。撫でていた手は爪を立ててぎゅっと肉を摘んだ。俺は痛みから少し声が漏れた。


「あのオナホールを使って?」


「どうせ今は手では出来ないしね」


「あそういうシチュエーションもあるよね。この手じゃ自分で処理できないからって、性処理をしてもらうのとか」


「ああ、病院で看護婦さんがしてくれるやつね。お決まりの」


「それに対して藤村くんはオナホールという人類の叡智を用いて孤独にしてるんだね。悲しいね」


「そんなに憐れむならあと少しだけ手を隣に動かして握ってくれたら……」


「だってこれは太ももにはお世話になったからお礼をしてるだけで、それにはまだ何のお世話にもなってないから」


「なるほど? 理には適ってるね」


「でも、本当に辛そうだからもうやめておこうかな」ようやく手を離した。


「そうだ、今度は俺に膝枕してよ」


「うん、いいよ」


「その時は競泳水着でお願いします」


「この前着てみたんだけど、部活やめて太っちゃったから恥ずかしいんだよ」


「そうなの? 泉さんすげえスタイル良くて綺麗じゃん。小顔で脚は長くて背筋は伸びてて健康的でさ」


「今、トレーニングしてるから、もうちょっとしたらね」恥ずかしいそうに微笑んだ。


「楽しみだな」


 泉さんは先に電車を降りて帰って行った。

 残された俺は一人、肉欲に支配されながら帰路についた。そしてちょうど家に戻る頃、一件のメッセージが届いた。


「これ欲しがってた写真」


 泉さんが全身鏡に映った自分を自撮りしている写真だった。

 その顔はスマートフォンで隠れていて見えなかったが、たくし上げたスカートからは紺色の下着と、美しい生脚がありありと写っていた。

 俺はすぐさま自分を追い込んだ。追い込みまくった。自分の肉体が自分のものでは無いような高揚感に包まれていた。果ての快楽は凄まじく、腰が抜けそうだった。

 すると泉さんから監視されているのかと思うほどタイミングよくメッセージが届いた。


「ごめんね、これ下に履いてるの競泳水着だから。残念でした」


 文末には変な顔文字までついていた。

 残念じゃないが、めっちゃエロいが。なぜか女性は水着ならいくら見られても問題ないと思っている節がある。男にとってはありがたいばかりだが。


「いや全然残念じゃないよ。めっちゃ興奮したし、自分でも驚くほど出たわ」


「そうなんだ。それより本当にしたんだ……」


「もう少ししたら、もう一回したいから。別のポーズの写真も何枚か送ってくれない?」


 俺はそんな図々しいメッセージを送った。既読はついたが流石に無視された。

 しかし、しばらくするとピロンと携帯は音を立てた。その写真の内容には言葉を失うほどだった。

 まず最初はオーソドックスなM字開脚をしている写真だった、次はお尻をこちらに突き出し誘惑するような写真、女の子座りしスカートは乱れながら、Tシャツもたくし上げて競泳水着を惜しげもない見せてくれる写真、シャツを噛んでたくし上げ自分の小さな両胸を両手で寄せ上げている写真、最後はどうやって撮ったのかもわからないが、ベッドの上で乱れた服装で両手を広げ、男を向かい入れようとしている写真。どの写真も顔は写って無かったりスタンプで隠れていたが、それが却って想像を膨らませるスパイスとなっていた。


「本当ありがとうございます。いただきます」


「はい、召し上がれ」


 俺はもう猿になった。

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