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エロ同人のような恋がしたい!!  作者: 眼鏡っ娘至上主義クラブ
10/21

セーラー服とエプロン

 その絵は衝撃緩衝材に包まれて、養生テープで留められていた。養生テープを剥がし、その黒い額縁をひっくり返し緩衝材を剥がして絵を見た。

 二人でよく過ごした公園だった。俺たちはスケッチブックを片手に好きなだけ絵を描いていた。そしてそれはユウヤが愛する印象派の力を伴って、俺の心に強く迫ってきた。

 俺はあの荒んでいた懐かしい日々の数々を思い出した。あまりに悲しい思い出でも、いや、悲しく辛い思い出の方がどれだけ俺を支えてくれているのだろうか。


 藤村君へ

 我々の生業は多くの悲しみ土砂の中から

 たった一欠の喜びの砂金を見つけることにございます。


 ひっくり返して見てみると、額縁の裏のコルクにはマジックでそんな走り書きがあった。俺はゲラゲラ笑ってしまった。いかにもユウヤらしい。


「詩人か誰かの引用かな?」


「いや、俺が言ったんだよ。孤児院で交換ノートみたいな文化があってさ、みんなで日記を書くんだけど、俺がそれを書いたらあいつは随分気に入ったみたいだな。いや多分、馬鹿にしてるんだ」


「藤村くんは詩人でもあったんだね。我々の生業は」あろうことか、音読し始めた。


「やめてくれよ泉さん、あまり揶揄わないでくれ」俺は顔が沸騰するような感覚だった。


「でも、藤村“君”へって友達なのによそよそしいね。それとも女の子?」


「いや、年下なんだよ。まだ小学五年生でね、よく絵を一緒に描いていたんだよ。可愛いやつでね、いつも俺にくっついて来たんだよ」懐かしくて笑みが溢れた。


「藤村くんのあの変な漫画も絵は上手かったよね、内容が内容だったからあまり絵の上手さが入ってこなかったけど」なんだか気不味そうな引き攣った表情で。


「なんでだよ。内容も天才的だろ」冗談めかして言いながら、本棚の上にその小さな絵を飾った。


「Mの人にとっては……?」


 そんな冗談を言い合って泉さんが笑ってくれることが、俺は何より嬉しかった。

 時間も時間なので泉さんを駅まで送って行った。電車が来るまでまだ時間があり、改札の前で立ち止まった。


「明日も学校帰りに藤村くんの家に行っていい?」


「え、いいけど、なんで?」


「まだ残ってる食材とか調味料とか使いきれなくて腐らせちゃうんじゃない? 調味料は長く持つけど」


「確かに」


「だから明日も作りに行こうかなって、藤村くんが迷惑じゃなければ」もじもじとしながら。


「いや、めっちゃ嬉しいけど、いいの?」


「ちゃんとした物を食べないと怪我も良くならないでしょ。しっかり治して貰わないと私も申し訳ないし」上目遣い使いは殺人的な威力だった。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


「うん、そうして」深い頷くと「もう電車来るから、またね」手を振って改札の中へ入って行った。俺は彼女の姿が見えなくなるまでそこにいた。





 翌日の十六時頃、泉さんはビニール袋を持って家に来てくれた。

 セーラー服の上にエプロンの姿は、俺には堪らなく、ずっとその後ろ姿を眺めていた。きんぴらのいい香りがしてきたので、隣に立った。


「これから学校で給食でしょ? 冷ましてタッパーに入れて冷蔵庫に入れとくから、明日のお昼ご飯に食べて」言いながら、菜箸でひとつまみし味見していた。「うん、美味しい」自画自賛だった。


「俺も出来たてが食べたかったな」


「仕方ないでしょ、給食食べられなくなっちゃうよ。また作ってあげるから」


「でも、今が一番美味しいでしょ」


「じゃあ味見だけ」菜箸で摘むと「はい、あーん」俺の口元に菜箸を差し出した。


 俺は一瞬どきりとしたが、それを悟られないうちに口を開けてきんぴらを食べた。泉さんは間接キスとか、あまり気にしないタイプなのだろうか。


「甘しょっぱくて美味しいよ、シャキシャキとした食感もいいし」


「あ!」いきなり声を荒らげた。「ごめん、丁度出来た時にトコトコやってくるから弟みたいに接しちゃった。嫌だよね、私が口に入れたので食べさせちゃって」申し訳なさそうに。


「嫌なわけないじゃん。それで、いつも弟さんはこんな感じなんだ」


「そうなの。目敏くてね、いっつも出来上がったらすぐに来て、味見って言葉を一口食べさせて貰える呪文か何かと思ってるの」


「可愛いじゃないか」


「うん、何か食べている時くらいだね。可愛いのは」


「でも弟さんも、こんな優しくて、料理上手で、綺麗で頭も良くてしっかりしたお姉ちゃんがいたら嬉しいと思うよ」


 俺が揶揄して言ってると思ったのか、泉さんは黙ってジトっとした目つきで俺を見上げた。


「……他の料理も作るから、あっちで大人しく本でも読んでてね」菜箸で居間を指されたので、大人しく居間に座った。




 泉さんは三品の料理を作り置きしてくれた。

 それから他愛のない話をして、俺が学校に登校する時間になったので泉さんと一緒に向かった。泉さんには手間ばかりかけて申し訳ない。


「今度お礼をしたいんだけど何か欲しいものとかない?」


「だってこれが、お詫びとお礼を兼ねてるんだから、お礼にお礼は貰えないよ」首を横に振って。


「そんなこと言わないでさ、なんでもいいから何かない?」


「じゃあ、今度箱根に行った時に何かしてもらうかな。ちょっと考えとくね」顎に手を当てた。


「ああ、分かった」一度話しただけではあまり確信が持てなかったが、本当に一緒に旅行に行ってくれるんだ。と、俺はそんな思いで感動していた。「凄い楽しみだよ、箱根なんて行った事ないし。どうやって行くのか色々調べとかないとな」


「大丈夫、私も調べたから。まず特急電車で箱根湯本に行って」そう嬉しそうに話してくれる泉さんに相槌を打ちながら聞いていた。すでに日帰り旅行のしおりは完成済みのようだった。


「そうなんだ。もう後はいつ行くかだけか」


「夏休みは混みそうだからその前には行きたいな」


「俺はもう暫くはいつでも暇だから、泉さんに合わせるよ」


「そう? ありがとう、また連絡するね」


 そんな話をしながら学校のすぐ側まで辿り着いた。


「泉さんは知らないと思うけど、今、定時制の生徒と全日制の生徒でトラブルが起きないように先生が監視してるんだよ。この辺で別れておいた方がいいかも、見つかるとちょっと面倒なんだ。前に嶋咲と話してた時も注意されたんだよ」


「そうなんだ。ごめんね私のせいで」


「泉さんのせいじゃないだろ」


 その時、校門から現れたのは嶋咲だった。嶋咲は目を細めてこちらを見ると、小走りで駆け寄ってきた。


「あれ、なんで一緒にいるの?」驚いた様子だった。


「俺の悲惨な食生活を知って、ご飯作りに来てくれたんだよ」


「藤村、あんたそんな羨ましいことされてるの? 泉さんも大変でしょ」


「ううん、自分でやりたくてやってることだから、それに藤村くん凄く美味しそうに食べてくれるし」


「美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ。本当に幸福者だよ、俺は」


「そうなんだ。よかったね」嶋咲はフッと微笑んだ。「藤村、そろそろ時間なんじゃない?」携帯を取り出して見せてきた。


「本当だ、俺そろそろ行くよ。泉さん、今日は本当ありがとうね。じゃあね二人とも」


「うん、学校頑張ってね」泉さんが手を小さく振ってくれた。が、嶋咲は黙っていた。


 俺が校門の前に着いた時も、二人はそこでじっとしていた。俺は後ろ髪を引かれる想いで校舎へと向かった。

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