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2 探る


 アンドロイド――人間を模して作られた機械の総称。


 この時代、人型のロボットはこれまでに開発も進み、あらゆる生活や社会にも導入されたが、人型にする必要性が次第に失われ、その技術の進捗も全盛期よりはやや停滞気味だ。

 AIの発達によりシステムの効率化と最小化が進んだため、わざわざ人型にして莫大な予算をかけることを厭うスポンサーが多かったためだ。

 それよりも現代はサイボーグやバイオロイドに関する技術が飛躍的に進み、機械を人化するよりも人を機能的に生かす技術を求めるようになったのだ。

 次々とアンドロイドに関する生産工場が閉鎖されていき、工場内の機械もそのまま打ち捨てられて年月が過ぎ去った。

 今や人型ロボットは完全に忘れ去られたテクノロジーだが、数眞達のように廃棄されたものを直して売る者達にとっては、下界にいる限り到底望めない技術である。

 壊れてもいない、かつ精巧なアンドロイドがいきなり目の前に現れたのだ。

 探求心や好奇心を抑えられないのは当然のことだろう。

 家に着くなり数眞は買い物の処理を全て彩に任せると、ナナをリビングのソファに座らせ、自分は大急ぎで作業場に走り、己の好奇心を満たすための仕事道具を厳選し、工具入れに全て入れて戻ってきた。

「ナナは、食べ物は食べれるの? それとも、燃料を飲むの?」

 その頃には買い物の食材を効率よくしまって片付けた彩が、取り敢えず3人分のお茶を用意して一つはナナの前に、もう一つは自分の前に、最後の一つは戻ってくる和眞のためにテーブルに置いて、座っていた。

 白く華奢に見える指がカップの持ち手に絡む。

 ほのかな湯気をさりげなく吸い込み、香りを味わう仕草が優雅だった。

「飲食は普通の人間と変わりなくできるわ。体内でそれをエネルギーに変換するシステムが搭載されているの」

 彩の質問に淀みなく答えるナナは一口飲んでにこりと笑った。

「ええ? 便利じゃない! じゃあ、トイレは? 行くの?」

「残らずエネルギーに変換されるため、排泄は必要ないわ。ただし、私の身体は限りなく人間に近づけてあるので、飲食したものを排泄することも可能よ。ただ、文字通り飲食したものがそのまま体外に出されるので、エネルギー変換した方が効率的ではあるわ。もったいないでしょう? そのまま排出するなんて」

 ナナの言葉に、彩は目を丸くする。

「すっごい機能ね、ね、数眞」

「――ナナ、今飲んだのが何かわかるか?」

 記憶を辿るように、ナナが一度だけゆっくりと瞬きする。

「紅茶と呼ばれる、茶葉を酸化発酵させた飲料ね。銘柄は世界三大紅茶の一つであるダージリン。コクがあり適度な渋みも加わる味わいとマスカットに似たさわやかな香りからセカンドフラッシュ――二番摘みね。彩の入れ方が上手だわ。渋みが適度で香りが引き立っているもの」

「大正解よ、ナナ! 入れ方にも気を使ってるのに気づいてくれるなんて! 数眞なんかうまい、しか言ってくれないのに」

「彩が入れるだけで美味いんだから、別にいいんだ」

 数眞が動じずに自分のカップを手に取り、一口飲んで言い返す。そのまま適温の紅茶を一気に飲み干し、頷くと持ってきた工具箱を開いた。

 バンドのついた双眼鏡のようなものを取り出し、端のボタンを押してから頭に装着する。

 まず彩を見ると、彼女の骨格が見える。

 それから、アンドロイドであるナナを見る。

「――」

 X線スコープを通してみるその骨格は、何ら人間のものと変わりなかった。

 今度は赤外線に切り替えて彩を見る。

 輪郭が見えるが、そこに明暗が加わった。顔や手の部分が明るい。熱を持っているからだ。続いて、ナナを見る――彩と全く同じだった。

 ナナはどう見ても、人間だった。

「ナナ、もう一回爪の中見せてくれる?」

「ええ」

 何でもないことのように、ナナは爪を剥いだ。そして、数眞の方へその手を差し出すように見せた。

 数眞はスコープをいったん持ち上げ、肉眼でナナの爪の部分の機械を確認してから、もう一度赤外線とX線で見直した。

 先程と同じ、全く機械のコードなどは見えず、人間の骨格と体温の明暗しか見えない。

 多分、X線や赤外線をあてられたとき、違う情報を送り込むのだ。

 人間の骨格や体温を投射する情報を。

 スコープを外し、数眞はもう一度ナナの剥出しの指を見た。

 何度見ても間違いない。

「――ナナ、あんたすごい高性能だ。作ったのはどこかわかるか?」

「ええ。デュライオンよ」

 爪を元の位置に戻して、ナナが答える。

「わお。上では超有名な財閥じゃないか。確か、総帥は弱冠二十七歳の蒼=クレイディーヴァだ」

 今まで動じなかったナナの表情が、一瞬だけ揺らいだような気がした。

 いかし、それは一瞬にも満たないもので、数眞には些末なことだった。

「今まで、どこにいたんだ?」

「ここより約30㎞ほど北の施設から」

「北――ん、待てよ」

 和眞が空で手をスライドさせると空中に地図が現れる。そのまま現れた地図を押してテーブルの上にかざすと、地図は瞬く間に3Dとなり、下界の一画が浮かび上がる。

「下界の地図ね」

「ここが俺達の今いる場所」

 数眞が指差した場所を確認すると、ナナも地図に触れた。

 一瞬、映像がブレた後に、地図は縮小し、さらに広範囲を映し出した。

「ここが私のいた場所」

 そう言って、ナナは数眞の右手側を指した。

 確かに、座標は数眞の家から北30㎞ほどだ。高い塀に囲まれた施設は、窓のない立方体だ。

 北側の塀に入口がなければ、施設の入口さえわからないほど施設の情報が皆無なのは、それが公に出来ない何かを行う施設であることが、下界での暗黙の了解だ。

「ここ、デュライオンの施設だったのか。ずっとここに?」

「ええ。起動するまでも、起動してからも。現在は数眞、あなたと彩の家に」

 ナナが地図から指を話すと、縮尺はそのままで、施設だけが消えた。外側の塀だけがそのままの輪郭を残した大きな箱に見える。

 ナナが情報を与えたことで塀の内側が数眞にも認識できたのだろう。

「ここには真っ直ぐ?」

「ええ。施設の南側の塀を越えたから、そのまま直線距離ね」

「道は通らず?」

「そうよ。連れ戻されたら困るもの」

 当然のように言うナナ。

 だが、その姿を見るに、道なき道を逃げてきたようないでたちには見えないのだ。

「追手に会った?」

「一度も会わなかったわね。時速60㎞を保ったから」

「――」

 それが意味するところは、ナナの身体機能が一般のアンドロイドより桁違いにずば抜けているということだ。

「――じゃあ、何で施設から逃げてきたの?」

 地図をすり抜けて、ことんとコンロとその上にすでにセットされていた鍋がテーブルの中央に置かれた。

 数眞が手を水平に払い、地図を消して、コンロの電源を入れる。

 数眞がナナを調べている間に、彩は夕食の支度のために静かにキッチンへ移動していたのだ。そうして、全ての準備を終えて、移動ワゴンとともに戻ってきた。

 テーブルの上に、てきぱきと食器を置きながら問うた彩に、ナナは小首を傾げて――

「アンドロイドであることを確信するために――」

「へ?」

 数眞の素っ頓狂な声が漏れる。

 思わず彩も手を止めてナナを見る。

「――ナナは、アンドロイドじゃないの?」

「私はアンドロイドよ。目覚めた時から、そう言われてきた」

 指をすっと伸ばすとコンロに触れた。

 すぐにぐつぐつと音がして鍋の蓋の蒸気穴から蒸気が上がる。

 指を放すと、音は静かになる。

 そのまま鍋の蓋を持ち上げると、湯気とともにすっかりと煮えた鍋の食欲をそそる匂いがする。

「ここから、直接、どんなコンピュータにでも、アクセスできるの。いいえ、コンピュータだけではない。電子機器なら、ほとんど全てを操作することができる」

「マジか――」

 驚くほどの身体機能に、加えて電子機器操作の機能まで。

 それは、アンドロイドに必要な機能なのか?

「待って、ナナ。そんな機能まであるのに、確信がないの? 立派な――ううん、立派すぎるアンドロイドだと思うけど――」

 彩の驚きには数眞も納得だ。

 ナナは口角だけを上げて笑みの容を作る。


「そうね。98%は確信できる――でも、100%ではない」


 その表情は、美しく、無機質で、作り物めいている。

「ここがね、違和感を感じるの」

 そうして、ナナは人間ならば心臓がある位置を押さえた。

「痛みを感じて苦しいの。どうしてかもわからないのに、切ないの。何か、とても大事なことを忘れているみたいに――私は、つい半年前に生まれたばかりなのに」

 遠くを見る眼差しさえ、憂いを帯びて見える。

「何度も、違和感はバグだと言われたわ。まだ、生まれたばかりで、身体と人工脳のバランスが取れていないからだと」

 その表情は、確かに美しく、無機質で、作り物めいていたはずなのに、やけに人間らしくも見えた。

「ただ、私は、この違和感から自由になりたかった。違和感が感情なのだとしたら、この感情が私の中に生じる理由があるのなら、考えたかった。おかしいでしょう。作り物なのに。でも――」

 潤んだ瞳から、涙が零れた。

 そのあまりに自然な行為に、二人は驚く。

 これが、本当にアンドロイドなのかと。

「私には涙を流すこともできる。こんなにも感情を持てるアンドロイドが他にもいるのなら、知りたかった。聞きたかった。私が感じるこの不可解な感情が、どんなバグなのか。どこから来て、どこへ行き、どこに還るのか――」

 その命題を知る術は、未だない。

 アンドロイドにも。

 人間にも。






 机の上の書類に目を通しながら、主である若く、美しい男が問う。

「で、なぜこんなことになったのか、もう一度簡潔に報告してくれないか」

 冷ややかな声が、室内に響く。

空調が効いた部屋ではあったが、その声音によって、一層凍えた空間となったようにも思えた。

 最高級の調度で設えてある部屋の主と、彼が座る重厚な椅子と対をなすマホガニーの執務机を挟んでいる三人、執務机の脇に控えている秘書――5人しかいないはずなのに、とてつもない圧迫感が存在している。

「は、で、ですから、先程も申し上げましたとおり、研究所内にありますガーデンを見たいと仰せになられたので、そちらのほうへ私を含む警備員三名と同行しましたところ――」

「違うだろう」

 慌てる声音を遮る静かな声。

「は?」

「私が聞きたいのはそんなことではないんだよ」

「と、おっしゃいますと……」

 すでに報告を繰り返す四十代の男には、問い返される意味がわからない。

「私の大事な最高傑作が研究所から消えてしまったのはどうしてかと聞いているんだよ。こんな簡単なこともわからないのかい」

「も、申し訳ありません。ですが――」

「簡単だよ」

 持っていた書類を机の上に投げ出すと、彼は一言、告げた。


「君達が無能だからさ」


 耐えがたい緊張が、瞬時にその場を凍りつかせる。

 いたって平静なのは彼だけだ。

「役立たずは必要ない。目障りだ」

 片手をあげると、脇に控えた秘書が頷き、続いてすみやかにドアが開き、屈強な男が五人入ってきた。手にはサイレンサーつきの銃をかざしているのを見て、警備員達は言葉を失った。

 くるりと椅子が回転して、彼は視界に広がる下界の景観に目を向けた。

 すでに興味は他に移ったとでも言うように。

 一声も発せずに、警備員たちは退出を余儀なくされた。

 静まり返った室内で、彼はしばらくして口を開いた。

「美香」

「はい」

 脇に控えた秘書である女が半歩前に出る。

「手引きをしたものがいるはずだ。ガーデンの警備事情をよく知るものだ。見つけしだい処分しろ」

「わかりました」

 一礼して持っていた携帯端末を操作する。

 彼は深く椅子の背に身体を預け、手を組んで目を閉じる。

「何としてもナナを探しだせ――探すだけでいい。連れ戻してこいと指示したところで、無駄だろうからな」

 呟く声音は、美しくも無機質だった。

 まるでアンドロイドのように。







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