第9話 乙女の園を統べし者
「どうにかして伊佐谷さんの鼻を明かす方法はないものかしら……」
結果的に返り討ちを食らったあたしは、1日中どうやって伊佐谷に反撃するかってことばかり考えちゃっていたかもしれない。
せめて、不意打ちでキスされた借りだけは返さないと収まりがつかないってもの。
でも、伊佐谷は学園内では誰ともつるまないみたいで、親しく話している様子はなかった。
そこであたしは考えついた。
あいつには、お姉様がいるじゃないか。
生徒会長の楓井詩乃さんが。
でも楓井会長は三年生だから、絡みなんて全然ない。
入学式で、新入生向けの挨拶をする姿を見かけたきり。
だからどんな人なのかいまいちわからないんだけど、反撃の手がかりを逃したくはない。
「失礼します」
現職の生徒会長なら生徒会室にいるだろうと見当をつけて、あたしは初めて生徒会室に足を踏み入れた。
『姉妹』と同じく、生徒会も聖クライズ女学園の生徒にとっては憧れ。
その本拠地である生徒会室はやっぱり一味違った。
木造の造りに赤いカーペットは、創立時の大正のハイカラな趣を令和にも残していて、その場に立っているだけで高級な気分になれちゃう。
他にも生徒会役員がいることを覚悟したんだけど、その場にいたのは生徒会長だけ。
これはこれで都合がいいかも。
生徒会長用のデスクにいた楓井さんは、あたしに視線を向けると。
「ん? 君は」
「始めまして。私は」
「いや、言わなくてもわかってるよ。鞠栖川蓮奈くんだろう?」
「楓井会長、ご存知でしたの?」
「君は有名だからな」
席を立った楓井さんが、こちらに向かって歩いてくる。
艷やかな黒い髪は肩口まであって、出るべきところはそれほどでもないけど、引っ込んでるところはちゃんと引っ込んでるスレンダーな体型は、なんか武道をかじってるみたいで全然隙がないんだよね。
身長はあたしとそう変わらないはずなのに、妙に風格があって落ちついてるのはそのせいかも。
「今、うちの学校では君以上に目立つ一年生はいないしな」
うちの学校の生徒会長は、見た目はいかにもな和風美人なくせに、態度は妙に男っぽいことで有名だった。巷では詩乃御前って呼ばれてるとか。
「ありがとうございます。楓井会長が覚えてくれていて私も嬉しいですわ。それで、楓井会長には折り行ってお願いがございますの」
「私の『妹』のことか?」
「どうして――」
「どうしてわかったの? と言いたいのだろうが、私も雫から話は聞いている。私と雫はあまり『姉妹』らしくないけど、それでも『姉』として、それくらいの情報交換はしているわけさ。『聖母祭』のこともあるしね。鞠栖川嬢みたいな注目の新入生が誰と姉妹の契りを結ぶのか、私も気になっていたから」
「そうでしたの」
「あの子、クセ強いだろ?」
「……そ、そうでもないですわよ?」
「隠さなくていい。一年の付き合いだ。私もあの子のことはだいたいわかる。最初の頃は手を焼いたものだけど、今は可愛く思えるくらいさ」
「生徒会長でも手に負えない時期がありましたの?」
「問題児というわけではないのだがね。飄々としていて捉えどころのない子だから。本心がわかりにくいのだよ。もっとも、私も未だにあの子を完璧に理解できたとはいい難いけれど」
うちの生徒会長はめっちゃ優秀でコミュ力も凄いって評判だけど、そんな楓井さんでも持て余しているっていうならあたしにどうにかできる問題なのかな?
「まあいい。君もあの子と『姉妹』になったのなら、何かしら心動かされるものがあったということだろう? あの子の理解者が増えてよかったよ」
別に理解者になるつもりはない。
けれど、伊佐谷のことはもっともっと知りたいと思ってる。
もちろん、あいつの弱点をピンポイントでね。
「そうなんですの。私、もっとお姉様のことを知りたくて」
だけど、伊佐谷の弱点教えて! なんてストレートに訊くのは全然理想のお嬢様っぽくない。
「でも会長もご存知の通り、お姉様は難しい方でしょう? お姉様が気にしていることに迂闊に触れてしまわないか心配で。ですから、未然にそういったことを防ぐために、ぜひ『姉』である楓井会長に教えてもらえればと思いまして」
心の中でガッツポーズをしたよね。
これなら、お嬢様らしさを維持しながらスマートにあいつの弱点を聞き出せるし。
「なるほど。あの子はいい『妹』を持ったみたいだね」
感慨深そうな表情をする会長。
「ここで全てを教えることはできないけれど、彼女を深く知るための手伝いはしてあげよう。それでいいかね?」
流石に『妹』のプライバシーには慎重か。
あまり押せ押せになって怪しまれるのも嫌だな。
「ええ。構いませんわ」
「今後要望があれば、何でも言ってくれたまえ。善処しよう」
でもこれで、生徒会長にサポートしてもらう約束は取り付けた。
「感謝いたしますわ」
優雅に礼をして見せるあたし。
生徒会長の楓井さんは聖クライズ女学園随一の切れ者として知られている。
でも、あたしは思ったんだよ。
なんだ、案外チョロいじゃん、って。
将来的には、あたしがこの学園の生徒会長として君臨してあげてもいいかなって気になったよね。




