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第6話 暴虐の奴隷、言霊は光

梨々華(りりか)、よかった。生きてたんだ?」

「あぁ、なんとかね……」


 ライブ終了後。

 ちょっと疲れた様子の梨々華と合流して、これからどうする? って話になったとき、梨々華は予定があるみたいで、これで帰るって話になった。


「蓮奈はどうする?」

「あたしはもう少しブラブラしてよっかな。久々のギャル姿だし?」

「そっか。遊びたかったらまたいつでも声掛けて。付き合うから」

「うん。ありがと。今日は大変なトコもあったけど、楽しかったよ」


 梨々華と駅前で別れて、夜の街を気ままに歩き回っていると、ほんの少し前に見たライブを思い出してしまう。


 NI≒KELL(ニケル)がどうこうというより、あたしはホルスのことばかり頭に残っちゃったみたい。

 めっちゃ好き! ファンになった! ってノリともちょっと違うけどね。


 自分の守備範囲にないモノがいきなり入ってきて、どう受け止めて消化するべきなのか迷ってるって段階だ。


「……ん? ここどこ?」


 気づくと、知らない通りに出ていた。

 人通りの少ない裏路地で、夜ってこともあって不気味だ。


「変なトコに出ちゃったなぁ、寒くなってきたし、もう帰ろ」


 踵を返して駅へと向かおうとしたときだ。

 目の前を塞ぐように立ちはだかる人影が二つ。


「よう、お嬢ちゃん」

「どこへ行こうっていうんだ? ヒマなら遊ぼうぜぇ」


 いかにもガラの悪そうな、典型的な悪者が二匹登場した。

 だっる……。

 せっかくいい気分になれたっていうのにさぁ。


「さーせん、急いでるんで」


 作り笑いをすれば付け込まれるので、完全無表情の顔面を維持してさっさと通り抜けようとするんだけど、強い力で肩を掴まれる。


 今日のあたしはパーカーを緩めに着てるから、何かと肩が見えちゃうわけで。

 肩を掴まれたってことは、肌を直接触られたってこと。


 よほど親しい相手ならまだしも、知らない男に触れられるのは嫌を通り越して腹が立つ。


 お嬢様が口にするには相応しくない言葉を吐き捨ててやろうと思ったんだよ。

 でもムリだった。

 口を塞がれたから。


 あたしはお嬢様じゃない。大人しくやられっぱなしになるような清楚可愛い女じゃないんだけど、ヤンキーみたいに荒っぽいことに慣れてるわけでもないから、ありえるかもしれない危機的状況が頭に浮かぶと足が竦んで、尻もちついちゃった。


 背中に感じたことのない嫌な汗をかいちゃったときだった。


「こんなところに女引っ張り込んで悪さしようとしてんじゃねえよ」


 迫力ありすぎて耳にするだけでびっくりするような、でっかいダミ声が響いたんだよ。

 暗いせいで何人いるのかわからないんだけど、一人ってわけじゃないみたい。


「どうしたの?」

「女の子が絡まれてるみたいだ」

「それヤバくない? 警察呼ぼうよ」


 それぞれ、大人っぽい女の人の声、賢そうな男の人の声、気が強そうな女の人の声、と声が響く感じで判断すると最低でもその場に四人はいるみたいだった。


 悪者二人は、多勢に無勢は無茶と判断したのか、さっさと逃げていった。


「お前、大丈夫?」

「ありがとうございます……えっ?」


 暗がりから初めてその人の姿が見えたときはびっくりした。

 さっきまでステージで歌ってた、ホルスだったから。


「何事もないなら良かったけどさ。立てる?」


 低音イケボの落ち着いた声は、ステージでMCをしていたときの声そのままだ。

 差し出してきた手を握り返そうとするんだけど、手が震えてしまった。


 ダサ……。

 それでもあたしは頑張って手を握り返したよ。

 手汗ヤバイかもしれないけど。


「あれ? お前は……」


 やば、手のひらの湿気を気づかれた?

 ホルスがあたしをじっと見つめてくるから、よほど不快なのかと思っちゃったんだけど。


「……まあいいや。この辺は飲み屋が多くて酔っ払いが多いから、クソみたいな目に遭いたくなかったら夜は近づくなよ」

「あっ、はい……」


 はい、じゃねーだろ、危ないところを助けてもらったんだから他にもっとなんかあるだろ。

 でも頭の中が真っ白だ。


 ホルスは、ステージ衣装やメイクもそのままってわけじゃなくて、色とりどりのエクステも外してあったんだけど、黒尽くめなのは同じ。黒シャツに黒パンツは細身で、トレンチコートをモチーフにしたような上着はオーバーサイズで、首や腕や指に金色のアクセがジャラついていて、私服にもゴシックな雰囲気があった。


「……あの、助けてくれた他の人は?」

「オレ一人だけど?」

「えっ、でも他に三人くらいるっぽい声聞こえましたよ?」

「ああ、それね。オレの特技」


 するとホルスは、特技と自称するそれを披露してくれた。


「……一人でいろんな声出せるんですか?」

「そうそ。マネしてるうちにできるようになった。さっきのもそれ」


 すげぇ。声優さんみたい。


「オレはケンカが強いってわけじゃないから。数がいるように見えた方がいいと思って」

「だ、大正解っすよ! あいつらビビっちゃいましたから!」


 あたしはすっかり、ホルス信者になっちゃったのかもしれない。

 こうして話してるだけでテンション上がっちゃうし。

 別にあたしがチョロいってわけじゃなくて、危ないところを助けてもらったんだから誰だってそうなるって。たぶん。


 ホルスがあたしの両肩に触れる。

 凄い。さっきのガラ悪男たちに触れて汚れたところが浄化されたみたいにスッキリした。


 そのままホルスは、あたしをくるっと180度回転させて。


「しばらくは絡まれないと思うけど、早く帰りなよ。お前みたいなのは、ここらじゃ危なっかしすぎるから」


 あたしの背中を押した。

 うーん、あたし、この繁華街のあたりに来たの初めてじゃないんだけど。


 遊び慣れてない中学生扱いされても、全然むかっ腹は立たなかった。

 名残惜しい気持ちにはなるけれど、ホルスの言う通り、これ以上変なヤツに絡まれたくないのも確か。


 あたしは素直に駅への道を踏み出す。

 それが何歩目だったか、数えてないから忘れちゃったけど。


「またな。――お嬢様」


 あたしの背中に向けて、ホルスの声……普通に話してたときのホルスの声が聞こえた。


 お嬢様……?

 空耳か。


 ホルスが聖クライズ女学園でのあたしを知ってるわけないんだから。

 ちょっと前まで大音量を浴びたばかりだから、耳がバカになっちゃってたんだろうね。

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