第5話 お前が華麗に舞い降りた
突如起きた人間雪崩によって観客席の最前列まで押し流されてしまったあたし。
頼みの梨々華もどっか行っちゃったし、も~ど~なっちゃうの~?
なんて頭を抱えようとしても抱えられないくらい密集した一帯に放り込まれて、後ろから押し出す勢いで迫るバンギャルと鉄柵に挟まれてサンドイッチ状態になっていると。
「ホルス!」
「ホルス~! 早くきて~!」
前のバンドがハケて無人になったステージに向かって叫ぶ観客……バンギャルたちが一層盛り上がりを見せ始めちゃったわけ。黄色い声援が凄い。あたしは、ぐぇ……って呻くことしかできないっていうのに。
てか、ホルスってなに? 人の名前? まあ呼んでるからそうなんだろうね。
柵に上半身を乗り出すハメになったせいで、ベランダに干してある布団みたいになっていたあたしがどうにか顔を上げると、舞台袖から楽器を手にしてステージの位置に付くメンバーの姿が見えた。
全部で四人。
みんな女の子だ。
年齢はわからないけど、あたしと近いのかもしれない。
全員黒尽くめの格好で、さっきまで出演していた人たちほどカラフルで派手じゃない。でも髪色まで黒一色ってわけじゃなくて、ギターの人は髪が赤いし、ベースの人は金髪。ドラムはツバの広い黒いハットから長い金色の髪が零れている。三人とも髪が長くて、裾が広がっているローブみたいな格好だから、なんか悪い魔法使いみたい。
なんかこう、ゴシックな度合いが強いっていうか。メイクだって、死に化粧かなってくらい極端に白が強めだ。リップも黒く塗ってるしさ。これまでのバンドとノリが違うかも。
そんな中でも目立つのが、マイクの位置に立ったボーカルの人。
魔法使いみたいな他のメンバーと違って、ジャケットにパンツ姿なんだけど、長いマントみたいなひらひらしたものを羽織っている。もちろんシャツも含めて真っ黒。そのせいかシルバーのネックレスと腕輪が余計にキラキラしている。
腰まで届く黒髪が特徴的で、前髪は額が見えるように分けてある。長い髪にところどころ金色とか赤色とか青色とかカラフルな束が混じっているのは、エクステかなぁ。
そして、額と眉を隠すように黒いバンダナを巻いてるから、眼光が鋭い感じになっていた。
身長は高くても、どこか細身の印象があって、マントは細い体型をごまかすためなのかもしれない。
「今日はどうも、来てくれてありがとう。NI≒KELLです」
ダウナーな声はなんかイケボって感じなんだけど、男か女かはわからない。ホントの意味で中性的って感じ。それでも、自己紹介だけで声の聞き心地の良さがわかってしまうのだから特別な声質を持った人ではあるのだろう。
大歓声で迎えられたのに、メンバーがそれぞれが楽器を軽く鳴らしてチェックを初める間、会場内は静まり返っていた。別にファンでもないあたしですら緊張させられる。
その静寂をぶち破ったのは、ボーカルのホルスだった。
「お前らぁ、騒ぐ準備は出来てんのかぁ! 今夜はお前ら豚どもが大騒ぎできるような、最高のライブにしてやるからなぁ!」
シャウトによる、突然のディス。
でも、豚呼ばわりされようとも周りのバンギャルは大喜び。
蕩けそうな表情で、ホルスに熱視線を送っている。
なにこれ。
でもあたしは冷めてるわけじゃなくて、熱狂の渦に巻き込まれたままになっていた。
シャウトに近い声は、濁音混じりで普通なら汚く聞こえそうなものなのに、胸の内に溶けるように響くような心地よさがあったのだから。
これ、あたしも豚呼ばわりを受け入れてるってこと?
嫌だなぁ、マゾを自覚するのって……。
演奏が始まれば、もちろんバンギャルのボルテージは更に上がっていく。
見た目だけじゃなくて、演奏の雰囲気もこれまでのバンドとは違った。
メタルっぽい激しい曲はあるんだけど、音と音の隙間すら許さないようなタイトな演奏とは違って、一つの音同士に隙間を作ることを意識してるっていうか、軽さを感じるんだけど決してそれがチープには聞こえないっていうか。音選びが上手いんだろうね。これまでのバンドが音をザクザク刻みつけるなら、このNI≒KELLは一つの音粒をふんわり漂わせてくれるような浮遊感がある音を出してくれた。
それでいて、ホルスの歌詞はダークで退廃的で、どこまでも攻撃的だ。けれどその攻撃性が全部自分自身に向かってるような、聞いてるあたしの方がもうええでしょうって言いたくなる切羽詰まった感じだったんだよね。
気づくとあたしは、周りのバンギャルと同じように、NI≒KELLとホルスに釘付けになっていた。
ホルスが歌っている間だけは、もしかしたらあたしもバンギャルになってしまっていたかもしれない。
今日初めてこのバンドを見て、それでぜんぜん馴染みがない音楽だっていうのに、一挙手一投足、どんな些細な仕草でも見逃さないってくらい釘付けになっちゃったのは、自分のことながらビビったわ。
ホルスは歌ってる最中も不思議な雰囲気があって、どこか虚ろな瞳をしているんだけど、それがここではないどこか別の世界を見ているようで、あたしまでここが現実じゃないみたいな錯覚がしてくる。
気づくと演奏する予定の曲は全部終わっていた。
いろんなバンドが集まってる対バン形式のイベントだから、一つのバンドが演奏する曲はそう多くない。
それでも、NI≒KELLの演奏は体感でほんの一瞬で終わってしまったように思えた。
「どうも、NI≒KELLでした。お前ら、また会おうな」
楽器隊が舞台袖にハケる中、ホルスは最後まで残って、言葉少なに挨拶をする。
クールな振る舞いなのに歌声はどこまでも熱かったライブ中とは全然違って、素っ気なく去っていった。
でも、オンとオフのそのギャップがいいのだろう。
ああいう人たちが普段どんな生活を送ってるのか、全然想像できないけどね。




