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第4話 贖罪は下に、食材は上に

「こっちこっち」


 梨々華(りりか)に連れられてやってきたのは、駅から離れてゴミゴミした通りの向こうにあるスーパー。


「なに? あたしって今晩の夕食の買い出しに誘われたの?」

「違う違う。用があるのはその下」

「下ぁ?」


 不思議に思いながら、梨々華の指差す先に視線を移すと、確かにスーパーの入口の隣に、ひっそりとした形で地下へ降りる階段が見える出入り口があった。


 その近くには、ナイロンジャケットを着て「STAFF」の腕章を巻いた大学生くらいの男の人が立っている。


「このスーパー『SUE(スー)』の地下にね、ライブハウス『バンシーズ』があるわけ」

「え、デパ地下でライブやんの?」


 あたしの脳内では、スーパーの店員が大集合して、各自の持ち場から持ってきたモノで即席の演奏を始める愉快な光景が再生される。


「ちゃんとライブハウスになってるみたいよ。あまり広くはないだろうけどね」


 梨々華にくっついて階段を降りていくと、地上と雰囲気が一変したのがわかった。

 どんよりと濁ったような空気感がある地下の小さなロビーには、黒尽くめの格好をした女の人たちがまばらに立っていた。


「まあ、このイベントなら客入りはこんなもんか。マイナーどころばかりだし。蓮奈がよく知ってるアーティストのライブを想像するとびっくりするかも。音源は自主制作で、YouTubeに上げてる音源もそんなに再生数がないこれからってバンドばかりだしね」

「梨々華、妙に詳しいじゃん。センパイへの義理で来たんじゃないの?」

「話で聞いてるうちに詳しくなっちゃったんだわ。それに、あまり知らないジャンルだったってだけで、嫌いってわけじゃないしね」

「そういえば、バンドって言ってたけどどういう感じなの?」

「V系だよ」

「V系? ああ、それで」


 開演を待ってるファンの中には、ゴシックで病みっぽい雰囲気の格好やメイクをしている子がいたから、梨々華の言葉で納得がいった。


「マイナーだけど熱心なファンがついてるバンドもいるみたいだし、追っかけの子もいるだろうね。バンギャルって言うらしいよ。バンドギャルの略なんだって。センパイが教えてくれた」

「バンギャル? そうなんだ」

「ちなみに男はバンギャル男なんだってさ」

「男なのにギャルが付くん?」

「そういう文化っぽいよ。うちらもギャルだし、一応バンギャルの資格は半分くらいあるんじゃね?」

「その解釈で大丈夫そ?」

「ま、そんなことはどうでもいいだろ。行こ行こ。あ、ドリンク代用意しといてな」


 物怖じしない梨々華は、受付の人に2人分のチケットを渡す。

 暗闇でも光りそうな小さなスタンプを手の甲に押してもらい、ドリンクと交換用のコインを受け取ると。


「今日はどちらのバンドを観に?」

「え?」


 やべ。バンドなんて知らんし……でもなんで急に?

 受付の机をよく見ると、いくつもカップがあって、それぞれ別々のバンド名がマジックで書いてあった。中には半券が入ってるんだけど、バンドによってその数が違うから、人気投票的なことをやってんのかな?


「ああ。NI≒KELL(ニケル)です」


 もたもたしてるあたしの代わりに梨々華が答えた。


 にける……?


「では、こちらへ」


 受付に指示された通り、カップの一つに半券を放り込む梨々華。


「あれ、どういうこと?」


 観客席に向かう間、あたしは梨々華に訊ねる。


「動員を調べてるんだろうね」

「動員……やっぱ人気投票か」

「そんなとこ。こういうとこで人気を集めたら、何かしら見返りがあるんだと思うよ」

「ふーん。で、梨々華はNI≒KELLってバンド知ってるの?」

「知らん。でもマイナーなバンドにしては見どころがあるってセンパイが言ってたから」

「センパイはなんでも知ってんな」


 もしかして梨々華はそのセンパイのこと好きなの? って軽く恋愛脳っぽいことを頭に浮かべながら、ロビーと観客席を隔てる重い扉を抜け、ライブステージにたどり着いた。

 地下にある会場だからか、そこまで広くはない。


「この感じだと、キャパは200人ってとこかな」

「そんなもんなんだ?」

「まあ有名どころはいないみたいだしね。そんなとこでしょ」


 観客席は座席のないオールスタンディング形式で、段差がなくフラットな造りで、鉄の柵が客席とステージを隔てていた。


 でも、先に来ていたらしいまばらな数のファンの人たちの立ち位置がなんか変だった。

 こういうのって、先に到着した人がステージ近くを陣取ってるものと思ってたから。


 ステージと観客席を隔てる鉄柵に寄りかかるようにして待っている人もいれば、客席の中央で談笑してたりふらふらしてたりしてる人もいるし、客席の最後尾で後方腕組みをして開演の時間を今か今かと待っている人もいる。


「一応これ、複数のバンドが出演する合同形式だから。みんなそれぞれ推しのバンドがいるんだよ。後ろの方にいるのは推しの出番が来るまで待ってる人たちだな」

「へー、そうなんだ?」


 納得するあたしだけど、いざライブが始まって、観客の動きを目の当たりにしたときはびっくりした。


 それまで、スンッ……って澄ました顔でスマホをいじって、なんか態度悪いなぁ、って感じだった人たちが、たぶんお目当てのバンドが出てきた瞬間にワッと最前線へと飛びつくように移動したのだから。


 そんな彼女たちが、メタル? っぽい激しいドンドンザクザクした音に合わせるようにして首を縦に振る姿を目の当たりにして、最後列のバーカウンターでコインと交換したばかりのオレンジジュースを落としそうになった。


 赤とか金とか緑とか、その他それぞれカラフルな色の長い髪を振り回す姿はまさに令和に蘇った獅子舞。

 何かしらの神事かと思ったよね。


「やばくね……?」


 あんなに振り回して、首、大丈夫かな?


「うちらもやってみる? 二人とも髪長いしイケんじゃね?」

「いやムリだし。首がもげて飛んでくわ」


 あたしと梨々華は、観客席の最後列で後方腕組みをしながら、そんなくだらないことを言っていた。


 ライブが始まっても、お客の数はまばらなまま増える様子はない。梨々華の言う通り、マイナーどころばかりだからこんなものなのかもしれない。


 それでも、ステージに立っているV系バンドマンは観客が少なかろうがひたすら自分の演奏に集中している。演奏の良し悪しはあたしにはわかんないけどさ、V系のことなんて何も知らないあたしでも気分が乗っちゃうのだから、素人をきっちり惹きつけられるレベルの演奏力はあるのだろう。


 それにやっぱりヴィジュアル系を名乗ってるだけあって、視覚でも楽しめる格好をしていた。カラフルな花魁って感じのとか、サイバーな色合いの学生服を着た人たちとか、パンクと警官がミックスされたみたいな格好をしている人たちとか……V系ってひとまとめにしちゃっていいの? ってくらいバラエティ豊かだった。


 さすがに普段はあんなメイクしないけどさ、ハロウィンとかコスプレパーティでああいう格好をしたら、非日常感を味わえて楽しそう。


 そうしてまったりと今日だけV系界隈の住人として楽しんでたんだけどさ。

 タイムテーブルが大トリへと進んだときだよ。

 それまでどこにいたんだよ? ってレベルのバンギャルが観客席に大勢なだれ込んできたんだ。


「梨々華!?」

「れ、蓮奈~」


 あたしと梨々華は、まるで大波にさらわれるような感じになって、突如乱入してきたバンギャルの大群に押し出され……。


「え……?」


 聖域であるステージと観客席を区切る境界線であるところの鉄柵の前まで流されて来てしまっていた。

 ありえなくね……?

読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも気に入っていただけるところがあれば嬉しいです。

良かったら、評価の方よろしくお願いします。

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