第3話 両翼を広げし甘美なる戯れ
聖クライズ女学園は雄大な大自然に囲まれた山の中にあって、由緒あるオシャレな学生寮もあるんだけど、別に全寮制じゃない。
あたしは通学組だから、放課後になれば平民で溢れた外界へ降りるし、休日になれば非お嬢様スタイルで過ごして日々の疲れを癒やす。
そんなとある日の休日。
あたしは、中学時代の友達と遊ぶために駅前で待ち合わせをしていた。
黒タンクトップの上にカモフラ柄のパーカーで、ボトムスは黒のワイドパンツ。
やっぱせっかくの休日だし、目一杯ギャルでいないとねって話。
「蓮奈、待った? てか久しぶり」
ダンス得意ですって格好の黒髪ロング長身の女が、手を振りながらこちらにやってくる。
「あーね、久しぶり~。梨々華と絡むの高校生になってからは初? じゃ、二ヶ月ぶりになっちゃうかな? 春休み中は絡みなかったもんね」
「だね。てか蓮奈、思ったより変わらないね」
「どうなってると思ってたんだよ?」
「お嬢様校行ったんでしょ? もっとお嬢様ですわーって感じになってるかもって期待してたよ」
「あー、ね。わかるよ。でも学校で散々やってっから今はやらねー」
「やってるんだ。あとで見せて」
「嫌ですわー」
「そういう気の抜けたのじゃなくてもっとガチなヤツだよ」
待ち合わせをしている人が他にもたくさんいる中、はしゃぐあたしたち。
三澤梨々華は中学時代の友達。
ちょい厳つい雰囲気が出てるクールギャルで、長い黒髪に赤いインナカラーが入っていて、見た目も背丈もモデルみたいだから、身長がそんなでもないあたしからすれば憧れだ。
いつでも自然体で話せるから、中学を卒業して別々の高校に通うようになった今でもこうしてつるんでるってわけ。
お嬢様のフリをしなくてもいい休日は心の洗濯にもってこい。
今日は目一杯楽しむぞー。
★
今日は梨々華の用事にあたしが付き合うって感じなんだけど、その前にあたしたちは近場のファーストフード店で時間を潰すことにした。
「蓮奈は、いつものマックで大丈夫だった?」
「こういう店の方がリラックスできんのよー。てかあたしからすれば梨々華みたいに『いつもの』って感じじゃないから」
「そっか。お嬢様が放課後にマックなんて変だしな」
「イメージ大事なんよ」
「アイドルみたいじゃん」
「あー、かもね」
あたしのお嬢様モードはアイドルか。まあ、学園のみんながもてはやしてくれるところは、ある意味アイドルっぽくもあるんだろうけどさ。
あたしと梨々華は、向かい合って軽く飲み食いしながら近況を話し合った。
「――でさ、その先輩がうちの友達のこと好きらしいんだわ。でも、友達にはもうカノジョがいるから」
「えー、ドロドロしてんじゃん、やばくね?」
「やばいやばい。毎日が修羅場よ」
公立校に通ってる梨々華から身の回りの話を聞いて、相槌を打っていると、あたしの意識から少しだけお留守になっていた本来のあたしが、体にもそもそと戻って来る感覚がした。
ああ、これよこれ。
あたしの人生には特に何の関係もなさそうな、些細な事件を楽しく話す。
聖クライズ女学園のお嬢様としては絶対できないことを今してる。
それだけで、積み重ねる日々の中でこびりついた疲れが剥がれていって生まれたてのあたしに戻っていくみたい。
お返しにあたしも、お嬢様学校での日々を話すんだけど。
「そういや蓮奈って、なんでお嬢様キャラやってんの? 蓮奈って話しやすいし、人の悪口とか嫌いでしょ? だから中学んときだって別グループの子からも人気あったし、キャラ変することないと思うんだけど」
梨々華が首を傾げた。
「褒めてくれてありがと。でもうちの学園は特殊だから、ギャルなんて異質過ぎて受け入れてくれないと思う」
「そうまでして続けないといけないの? ムリしたら蓮奈が辛いだけでしょ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、これはあたしが決めたことだから。自分に負けたくないんだよね」
「蓮奈のお母さんが再婚したのと関係ある?」
「ぬぐ……」
梨々華とは腹を割って話し合えるから、なあなあな誤魔化しでこの話はハイ終了なんて展開を許してくれない。
「……まあね。あたし、ママには幸せになってほしいんだよ。ずっと女手一つであたしを育ててくれてさ、それでいてずっとちっちゃなバーを経営してて。生活は苦しかったし、仕事とあたしのことで、自分の幸せを追いかける時間なんてなかったと思うわけ」
あたしはずっと、ママと二人で暮らしてきた。
それで問題なくやれてたんだよ。
けれど、「父親」の問題に直面しないといけない瞬間がやってきてしまった。
「再婚することになった父親って、お母さんの店の常連だったんでしょ?」
「常連っていうか、一度なんかのきっかけでたまたま来て、それでプライベートでもよく会うようになったんだよ。だからお店に通ったとかって話じゃないんだよね」
新しくあたしの父親になった男は、なんと会社社長だった。
とはいえ、瀬越ツインズのとこみたいに歴史と由緒ある会社のトップってわけじゃない。
かといって胡散臭かったり反社のにおいがする会社を経営してるってわけでもないし、今のところは温厚で無害そうだから、嫌な思いをしたことはないんだけどさ。
まあ伝統ある会社の跡継ぎじゃないからこそ、飲み屋の女でバツイチのママと家同士の揉め事なく再婚できたんだろうけど。
「ニューパパはさー、あたしが進学先決めるとき、普通の高校でもいいよって言ってくれたわけ。でも、ママは社長夫人になるわけじゃん? だったらあたしが普通にギャルやるのは違うかなって。暮らすことになった家は豪邸だし、なんかメイドさんいるし、小学生の義理の妹はガチの社長令嬢だしさ。そこであたしが中学までと同じノリで普通にギャルやってたらなんかバランスおかしいじゃん? ママも気にすると思ったんだよね」
「でも、蓮奈のお母さんだって、蓮奈がしたいようにさせてあげたかったんじゃないの? あんたはあんたの道を行けみたいなこと言わなかった?」
「なんか近いこと言ったけど、ママって辛いときに限って弱音吐かんから。だからあたしは察して、社長令嬢に相応しくなるために聖クライズ女学園に進学して、お嬢様になりきろうとしてるってわけ」
「なるほど。そこまで考えてるなら、うちからはもう何も言えないわ」
「まあ、あたしもいい大人だしさ、あたしなりに恩返しをしたいってわけよ」
だから、本来のキャラとは違うお嬢様でいることが毎日大変だとしても、音を上げる気は一切ない。
日本一お嬢様学校らしいお嬢様学校として知られる聖クライズ女学園で、理想的なお嬢様としてい続けて、金持ち一家の娘として相応しい教養を身につけることができれば、鞠栖川の人間として後ろめたい思いを持つことなく生きていける。
「でも、まー、疲れることはあるから、梨々華がこうして誘ってくれるのはマジで嬉しいよ」
「うちでよかったらいつでも遊びに付き合うから。てか、今日はうちに付き合ってもらってるんだもんな」
ニヤニヤしている梨々華は、バッグから二枚の紙切れを取り出した。
「今日はうちのおごりで、ちゃんと蓮奈の分も用意してあっからさ」
「それ、チケット?」
この前……地味な見た目のセンパイとぶつかってしまったときのことを思い出す。
あのセンパイも、これに似たチケットを持っていたような。
こういうレトロなやつ、流行ってんのか?
「そうそ。センパイの付き合いでチケット買っちゃったの。バンドのライブなんだけど、うちってヒップホップばっかでバンドあんま聴かないでしょ?」
「あたしもあんまり聴かないよ」
「せっかくだし親友を道連れにしてやろうと思ってさ」
「いい性格してるわ」
せっかくの梨々華のお誘いだ。
どんなイベントであれ、断る気にはなれなかった。