第27話 DEAR JUNK
後日。
あたしは、『松平軒』のカウンター席に座っていた。
「おいおい、あの子……」
「聖クライズ女学園のお嬢様だろ? 珍しいなぁ、こんなところに」
「でも見ろよ、気持ちいい食いっぷりだぞ」
学校バレしてる理由なんて簡単。
以前と違って私服じゃなくて、放課後に直行して聖クライズ女学園の制服姿だから。
「ずずずっ!」
ヌーハラ上等で麺をすするあたし。
勢いよく啜り込もうが、飛んだスープで制服が汚れないようにする技術くらいは心得ている。
「ここのラーメンは本当に美味しいですわね!」
「ラーメンお嬢様だ……」
「ラーメンお嬢様……」
「ラー嬢……」
お客が口々に何か言うのが聞こえてくる。
理想のお嬢様でいないといけないあたしとしては、こういう目立つようなことは普段なら絶対やらないんだけど、今日は別だ。
「君は、また……!」
駆けつけてやってきたのは、ちょうど店の手伝いに入ったのであろう伊佐谷だ。
「いくら君でも、そういうたちの悪いことを繰り返したら怒るよ?」
「違いますわ。この間は、ちゃんとこの店の味を堪能することができませんでしたから」
伊佐谷に対して、地の利を得たぞ! って気持ちが強すぎて、ラーメンの味はぼんやりとしか覚えてなかったんだよね。麺も伸びちゃってたし。
結果的に、そういうあたしの気持ちが、伊佐谷からすればバカにされてるような嫌な気持ちにさせちゃったわけだし、今回来たのはそのお詫びって意味もある。
だから、お嬢様モードなあたしじゃないといけなかったってわけ。
「今日は、伊佐谷さんのご実家の味をしっかり堪能する目的で改めてお伺いしましたの。迷惑を掛けるつもりはありませんわ」
「……ならいいけど」
伊佐谷なら、お嬢様モードでラーメンをすするあたしの覚悟もわかっているはずだ。
「おう、お嬢ちゃんいい食いっぷりだな!」
伊佐谷父が、カウンターの向こうにある厨房からこちらを見てきて、満足そうにしていた。どんな騒がしいところでも判別できそうな声質してるんだよね。不思議。
「ええ。いいお味ですわ」
率直な感想を伝えると、伊佐谷父は満足そうにまた自分の仕事へと戻っていく。あたしがこの前のギャルだと気づいてないみたい。
「蓮奈ちゃん、このあと時間ある?」
「ええ。今日の予定はこれだけですもの」
「それならついでにうちに上がっていきなよ」
「いいんですの?」
「うん。せっかくだし、もう全部君に見せるよ」
V系モードだろうと、地味モードだろうと、普段の伊佐谷は自分のことを隠そうとしないから、むしろこっちのスタンスの方が自然なんだよね。
伊佐谷の部屋がどんな風なのか、煽りやマウント関係なく興味はある。
「それなら、ぜひお邪魔しますわ。でもお仕事に入ったばかりでは?」
「その辺は自由だから。なんたって実家だし。ぼくの気分次第でどうにでもなるよ」
「お勤め向きの性格ではありませんわね」
「いやいや、しーちゃん! せめて一時間は接客してくれよ! 今日はバイトの子が一人休みなんだからさぁ!」
ツッコミが入ったのは厨房から。
当たり前だけど、伊佐谷父からすれば気分で勝手に抜けられたら困るよね。
「親父の都合より、蓮奈ちゃんと一緒に過ごす方が大事なんだよ」
「そんなわがまま言うなら、今日のしーちゃんのバイト代出さないからな!」
「構わないさ。カネカネって、行き過ぎた市場主義に犯されたミスターマーケットめ。嫌んなるなぁ」
「……ったく、しーちゃんは商売ってモンを知らないんだから。生きていくには金だって大事なんだからね」
「生きのびる欲だけ大切にしてく物なんてぼくには無価値なものに見えるんだよ」
「はいはい……もう、ほんとにしーちゃんはさぁ」
伊佐谷父は渋々娘のわがままってか横暴を受け入れたっぽい。
この前伊佐谷は、伊佐谷父に大事な何かを否定されたことを怒っていて、あたしも心配だったんだけど、こうして父娘コントができるあたり、めっちゃ険悪って感じでもなさそう。
ちょっと安心かも。
「じゃ、食べ終わったら外に出て店の裏側に回って。うち用の玄関があるから」
「ええ、わかりましたわ」
「それと、これ」
コトリ、とトッピング用のゆで卵が乗った小皿を置く伊佐谷。
「? 注文していませんけれど?」
「ぼくのおごりだよ。黄身をスープで溶いて食べるといい。うちのこってり濃い目のスープによく合うから」
そう言って、伊佐谷は接客に戻ってしまった。
「それでは遠慮なく」
伊佐谷からもらったゆで卵を、言われた通りレンゲの上でスープで溶いて、そこに麺を乗せるっていうミニラーメンスタイルで一気にいただいた。
「美味ですわ~」
ついつい鳴き声みたいなノリで感想が出てきちゃう。
「……こ、こっちにもゆで卵くれ!」
「俺も」
「私も!」
なんかゆで卵の需要が爆上がりしたように思えるんだけど、これあたし関係ある?




