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第24話 DOUBT

 聖クライズ女学園には、大図書館や大聖堂と並ぶ名所がある。


 それが、薔薇の温室。


 アクリルガラスの壁に覆われていて、よく日が差す最高の環境の中で色々な植物が栽培されている。


 あまり人が立ち寄らないからか、密会の場として使われるって聞いたことがある。

 そこでよく植物の面倒を見ているのが、弥生やよいさんだった。


「手伝ってもらって申し訳ないです、鞠栖川まりすがわさん」

「いえ。誘ってくれて嬉しいですわ。こうして花々に囲まれていますと、いい気分転換になりますもの。ほら、このお花なんてとってもいい香りがしますわ」


 あたしは弥生さんに誘われて、ジョウロ片手に草花の世話をしていた。


「それならよかったです。ほら、最近はしずく様と一緒にいることが多いでしょう? こうして教室の外でじっくり話す機会も少なかったですからね」

「そうですわね。お姉様は孤独を好みますから、人並みの社会性を維持するためには『妹』の私が面倒を見ないといけないんですの。世話の焼けるお姉様ですわ」

「まあ。鞠栖川さんは、伊佐谷さんと上手く『姉妹』でいられているんですね」

「ええ。気難しい方と思いましたけれど、案外素直なところもあるんですの」

「それも鞠栖川さんの人徳ですよ」


 弥生さんはいつもニコニコしていて裏があるようでない人だから、褒められたときは素直に嬉しい。


「弥生さんは、お姉様とはどうなんですの?」

皐月さつきちゃん……ああ、いえ、皐月様は――」


 恥ずかしそうに訂正する弥生さん。


 弥生さんの『姉』は、聖クライズ女学園の初等部に入学した頃からの付き合いという、幼馴染にしてリアル姉妹に近い関係性だから、『姉妹』になった時点で二人は盤石だった。


 あたしも一度、弥生さんに連れられて挨拶したことがある。口数こそ少ないけど、クールでできる女っぽい感じが出てる、頼りになりそうな上級生だった。


「皐月様とは、この前も二人でちょっとしたお祝いを」

「あら? お誕生会でもしたんですの?」

「いえ、『姉妹』になった記念で。皐月様のお家に招待されました」


 仲良すぎでしょ。


「皐月様のご実家なら、さぞ大きいのでしょうね」

「ええ。ご自宅に音楽ホールがあるんです。月末にはそこに楽団を呼んで、お知り合いを招いてパーティをするそうです」


 中世のお貴族様みたいなことしてる……。

 聖クライズ女学園の生え抜きは、こんな感じで本当に日本の話か? ってくらい絢爛豪華な暮らしをしている子も珍しくない。


「そうそう。弥生さんは、お姉様の自宅をご存知?」

「雫様のですか? わからないですねぇ。鞠栖川さんの方がよっぽど詳しいと思うのですけど」

「それがね、お姉様ったら教えてくれないんですの」

「きっと雫様は慎み深いんですね。いたずらにご自宅を自慢するようなことはしたくないんですよ」


 善良な弥生さんは、伊佐谷は豪邸に住んでいるものと思っているらしい。


「あらあら、そうだといいですわね。私も、お姉様の家ですから、きっと立派だと思ってますわよ」


 一方のあたしは、伊佐谷は相当恥ずかしい家に住んでいるのではと疑う派閥だ。


 伊佐谷に弱みがあることを握った夜からワクワクが止まらない。

 ホルスモードになったときに散々あたしを動揺させてくる仕返しができるかもしれないビッグチャンスを逃す気はないわけよ。


「鞠栖川さん? なんだか楽しそうですね?」

「ええ。お姉様の自宅を訊ねるときのことを思うと、つい」

「わかります。わたしも、皐月様のお家にお邪魔するときはいつも旅行の前日のような気分になりますから」


 豊かな草花が生い茂る穏やかな温室で笑い合うあたしたち。

 はたから見れば、平和そのものな光景かもね。

 もちろん、あたしの心の中では悪魔がいちご畑を歩いてるような状態だったけどさ。


 ★


「うふふ、お姉様、ごきげんよう」

「……今日の君は不気味だよ」

「まあ。そうおっしゃらず」


 昼休み。

 いつものように伊佐谷のいる大図書館にやってきていた。


「伊佐谷さん、お願いがありますの」

「その異様な愛想の良さ。何か裏があるね?」

「まあ。大事な『妹』を疑って」

「過去一生き生きしてる気がするよ」

「実はね。お姉様のご実家に興味がありますのよ」

「ほら来た」

「ぜひ、お伺いしたいと思いまして」

「何度頼まれてもお断りだよ」

「あらあら。頑固ですのねえ。よっぽどちっちゃいお家に住んでいらっしゃるのかしら?」

「……」

「私の大きなお家に比べれば、あなたのご実家なんてシルバニアファミリーですわよね。おほほ」


 やば。やりすぎた?

 これじゃ理想のお嬢様どころか悪役令嬢じゃね?


 ていうかあの家は、鞠栖川家のものであって、あたしのモノじゃないし。


「君は勘違いしているよ」


 伊佐谷が前のめりに迫ってくる。


 顔面力が高い伊佐谷を前にするとトーンダウンしちゃうのがあたしの悪いクセだ。


「ぼくの家にはね、滝があるんだ」

「……滝?」


 家の中に?

 湿気やばそう。


「玄関には甲冑と日本刀が置いてあって」


 甲冑と日本刀? なんで?


「強盗が攻めてきたときに一網打尽にできるようにね」


 そんなものより戸締まりをしっかりしたりカメラを付けたりした方が防犯になるのでは?


「それに家の裏にはぼく所有の山があるんだよね。ウィンターシーズンになると一人でスノボを楽しむんだ。あまりに広すぎて、一度遭難しかけたことがあるよ」

「運動苦手なあなたがスノボをねえ」

「あと、ぼくの部屋は電気がないんだ」

「急にひもじくなりましたわね」

「違うよ。あえて使わないんだ。闇の堕天使であるところのぼくには人工的な明かりは似合わないから。蝋燭の艶めかしい人魂めいた明かりこそぼくにぴったり」


 伊佐谷はもうあたしを見てなかった。

 いや、視線は合ってるんだけど、焦点があたしに定まってない。


 こいつ、案外嘘が下手だな。


「毎週末は各界の有名人とかミュージシャン仲間とかモデルとかクリエーターを招いて豪華なパーティをしているしね」

「それなら私も一度お邪魔してもいいですわよね?」

「蓮奈ちゃんは社会的なステータスが足りないから。ぼく主催のパーティには呼べないよ。政界のお偉いさんもくるし、口の固い子じゃないとねぇ」


 どんどん胡散臭い存在になっていくな。


 伊佐谷は何が何でも家の事情を教えたくないみたい。


 でもさー、これだけしつこくしてるのはダルく思えるかもしれないけど、あたしは別にこれまでの仕返しをしたいって目的だけで動いてるわけじゃないんだよ。


 あれだけあたしをノセるようなことを言っておいて、自宅のことは隠してるわけじゃん?

 あたしへの信頼、そんなもん? って思うんだよね。


 あれ?

 隠し事を嫌うめんどいカノジョみたいになってね……?


 これ以上突っ込むとマジで伊佐谷が嫌がりそうだったから、結局この日はいつもと同じように一緒にご飯食べただけで終わっちゃった。

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