第22話 放埒と退廃は同源の性
「いいところ連れて行ってあげる」
やたらと上機嫌な伊佐谷に誘われたとき、空はもう真っ暗になっていた。
この街はわりと繁華街ってこともあって、人通りが多い駅前を離れると一気に胡散臭い雰囲気が倍増する。
だというのに。
あたしの手を取った伊佐谷は、入り組んだ怪しげな路地に向かってどんどん歩いていく。
「伊佐谷、どこ向かってるの? なんかヤバくない?」
「大丈夫だよ。ぼくに任せて!」
「任せらんないから訊いてるんだけど!?」
「今日一日で思ったんだよー。蓮奈ちゃんはやっぱりぼくにとって大事な人だし、もっと関係を深めたいって思うのも普通のことだよね」
「え……?」
なんかヤバくね? って雰囲気を出してくる伊佐谷。
「いや、なんか目ぇギラつきすぎじゃね……?」
「大丈夫、普通普通」
先へ先へと進むごとにあたしを引っ張る力が強くなるっていうか、段々あたしを配慮する余裕が消えてるように思えるのが不気味で不穏だった。
グングン引っ張られていくあたしは、なんだかピンク色の雰囲気漂う一帯に引き込まれてしまう。
人通りは減ってるくせに、パートナーとセットの人をやたら見かけるようになった。
人目を忍ぶように、もしくは、周りのことなんて全然気にしていないみたいに、カップルがそこらの建物の出入り口にふらっと消えていく。
その建物を通り過ぎるとき、看板に書かれている「ご休憩」のワードが飛び込んできた。
「待って。マジでどこ連れ込む気!?」
「いや、せっかくだしね?」
「せっかくじゃねーし!」
こっちにも心の準備とかあるの!
そもそもあたしはあらゆるかたちで伊佐谷の前で己を晒す気なんて皆無なんですけど!?
「着いたよ」
「待って! せめてさっきそこにあったショップで見せる用のヤツ買ってからにして!」
「え? 蓮奈ちゃん、何言ってるの?」
伊佐谷が指さした先には、二階建ての建物があった。
近くにはポスターがたくさん貼ってあって、それだけで音楽イベント用の施設なんだってわかる。
「ここ……ライブハウス?」
「そうだよ。『ディー・キュセ』ってライブハウス」
「な、なーんだ。ライブハウスかー、ビビらせんなし」
「どこに連れて行かれると思ったの?」
「ど、どこだっていいでしょ、別に」
「何を見せてくれるつもりだったの?」
「なんでもいいでしょうがー!」
「蓮奈ちゃん、ライブハウスじゃないところを想像してたから、そんなこと言ったんだよね? そういえばこの辺ってホテル街だよね? ふふふ」
「……じゃ、じゃあ教えてあげるけど!」
「やった。蓮奈ちゃんってギャルのカッコするの好きなくせに結構うぶだから、普段言わないようなこと言わせたくなるんだよね。ぼくが言わせたって勲章が欲しいんだ」
こいつ、いい趣味してるわ……。
でもあたしだって、やられっぱなしじゃない。
「わかった。着いてきなさいよ」
今度はあたしが伊佐谷を引っ張り込む番だった。
伊佐谷はやたらと嬉しそうだったけどさ。
もちろんあたしが、どこに連れ込まれると勘違いしたのか正直に白状するはずもなく。
「――蓮奈ちゃんの嘘つき」
「どこにあたしが嘘ついてる証拠あんの? あたし、ちょうどここに用あったんだよね」
「……蓮奈ちゃん、ちょっときらい」
露骨にがっかりした様子の伊佐谷の手にはしっかりとアイスキャンディの袋があった。
あたしたちは、コンビニの前に突っ立っている。
ライブハウスは二階建て。
一階はコンビニになっていて、あたしはコンビニに連れ込まれるって思った、って誤魔化したわけ。
まあ、誤魔化し方としてはめちゃくちゃ苦しいけど、ギャルの圧で押し切ってやった。
「ぼくはてっきり、蓮奈ちゃんとセックスできるものとばかり」
「あんたには羞恥心ってないの?」
呆れながら、アイスキャンディの袋をぺりって破って手近なゴミ箱に捨てる。
あと、こいつのモテっぷりから考えるに、あまり突っ込むと生々しいエピソードが飛び出しそうだから放っておこう。
実は君で100人目なんだよねー、なんて一体何が悪いのかわかってなさそうな無邪気な顔で言われかねない。
「それで、下にコンビニがあって便利なライブハウスを教えてくれるためにわざわざ来たの?」
「違うんだよ。本命はあっち」
「あのポスターがどうしたの?」
「よく見てよ」
「いっぱいバンドの名前が書いてあるけど……あ、NI≒KELLの名前もある」
「そうなんだ。ぼくたちのバンドが出るんだよ。オールナイトのライブ・フェスイベントなんだけど」
「この前みたいにめっちゃバンドが出るイベントを明け方までやるってこと?」
「うん。君にもぜひ来てほしいんだよね。ぼくたちが出演するこの『ディー・キュセ』は1000人規模のライブハウスだから、この前の『バンシーズ』よりずっと盛り上がるよ」
チケットを手にする伊佐谷だけど、首を傾げた。
「あっ、もしかして蓮奈ちゃんのとこは門限ある?」
「一応ね。でも無理ってわけじゃないし」
理想のお嬢様は、あくまであたしが自分の意志で追求してるだけ。
ママもお父さんも、別に行儀よくすることを強制してくるわけじゃない。
「なんかニヤニヤしてない?」
「だって。蓮奈ちゃんが来てくれそうなんだもん。ちょっと前の君なら、まずお断りの一言から入ってたはずでしょ?」
「ぬぐ……」
確かに少し前のあたしなら断っていたけど。
今は、強く断るだけの理由がない。
それどころか、誘ってくれたことに特別感を覚えてるクッソ恥ずかしい自分もいるっていうか。
どんな情緒か自分でもわからん……。
「……行けたら行くわ」
「そっか。じゃあ絶対来てね。待ってるから」
すると伊佐谷は、すすっと寄ってきて、間髪入れずに頬にキスしてきた。
こいつは、また……。
「今度もオマエのために歌うからさ、他の女には内緒で」
ホルスモードのイケボで囁いてくる。
どうせそんなの、他の女の子みんなに言ってるんでしょ?
なんて、ちょっと前と同じ理由で突っぱねられなくなってるのがあたしの弱みよ……。




