第21話 Silent Jealousy
「蓮奈ちゃんもお腹すいたでしょ?」
公園での散歩を終えたあと、伊佐谷に連れられて公園からほど近いファーストフード店までやってきた。
いつも食事をする店であたしは安心なんだけどさ、伊佐谷の浮きっぷりったらない。
「ヴァンパイアがハンバーガー食べてるみたいでシュールじゃね?」
「そうかな? 別に普通だと思うけど?」
伊佐谷と向かい合うかたちで食べているから、意識しないでもよく見えちゃう。
「でもV系の人ってどんなもの食べんだろ?」
「普通に色々食べるよ。ラーメンだって食べるし」
「世界観に合わんくね?」
「これぼくが悪いやつかな? あのね、ステージとかファンイベントでは徹底してるからわからないだろうけど、V系にだってちゃんとオフになる日はあるから。君がお嬢様じゃなくて、こうしてギャルになってるみたいに」
「その言い方だとあたしまでV系みたいじゃん。でも、あんたら界隈のオフってどんな感じなの?」
「蓮奈ちゃんは言いふらすタイプじゃないから教えるけど。これ見て。この前対バンしたギターの人と一緒に撮ったやつなんなんだけど。ちなみにメイク前はこれね」
「ま!? 全然別人じゃん!」
伊佐谷のスマホには驚愕の光景が映っていた。
「工事現場の親方みたいなおじさんからお姫様みたいな女子にメタモルフォーゼなんてどうなっちゃってんの!?」
「……一応、彼はバンドの女形だからSNSとかで拡散しないでね」
「女形?」
「V系バンドには楽器の担当以外にも色々役割があるんだ。世界観を保つためのカリスマ担当とか、SNSで情報を発信したりファンと交流する宣伝担当とか。女形はバンドの女性担当だね。一人でもいると華やかになるんだ」
「はー、なるほど。知らん世界だわ。あっ、でも伊佐谷のところってガールズバンドじゃん? もしかして女形じゃなくて男形みたいな人いるの?」
「うーん、ぼくらはみんな男装してるようなものだから」
「ああ、そうかもね」
伊佐谷とそんな話をしながら、食事を続けてたんだけど。
「あっ、あの、NI≒KELLのホルスですか?」
制服姿の女子二人組に声を掛けられた伊佐谷は、どこかのんびりした伊佐谷の表情から、ホルスのものへと変わり。
「そうだけど、オレになんか用かな。お嬢さんたち」
気を悪くするでもなく答えるホルスに、二人組のテンションが爆上がりした。
「わ、私たち大ファンで!」
「『SISTERS』のワンマンも『MERCY』の対バンライブにも行きました!」
やば。
伊佐谷たちがライブをした『バンシーズ』からこの街ってそこそこ離れてるはずなのに、こうして声かけられるなんて。
あたしが思ってる以上に伊佐谷は有名人なのかもしれない。
バンギャル二人組は、伊佐谷に対して、あのライブのどの曲があれこれだったとか色々感想を語るんだけど、あたしには全然わかんなかった。
完全に蚊帳の外ってやつ。
別に、伊佐谷が誰にモテようがどうでもいいけど、いないものとして扱われるのはイヤかも。
仕方ないから、溶けた氷で薄まりまくったコーラをジュゴゴとストローで吸ってたんだけどさ。
「あの……」
バンギャル二人組の視線がこっちを向く。
「もしかしてその人、ホルスのカノジョですか……?」
「ああ、この子はね、オレの――」
伊佐谷からしたらあたしは、せいぜいいいとこ学校の友達。
もしかしたら『姉妹』の関係です、とか言って変にファンを混乱させちゃうんだろうなとか思ってたんだけど。
「えー、そんなのいちいち説明することなくない?」
気づいたらあたしは、伊佐谷の隣に滑り込んで、腕に抱きついていて、余計に混乱させるようなことを口走ってたんだよ。
これじゃまるでホルスの女扱いされたいみたいじゃん。
意味わからんよね。
あたしにもわからん……。
しかもいかにもな嫌な女っぽいムーブをぶっかましてしまった。
「二人とも、悪いね」
伊佐谷の方はといえば、嫌がるどころかあたしの肩に腕を回して完全に乗り気。
「プライベートだから、オレたちのことは秘密にしといてくれると嬉しいな」
人差し指を唇の前に突き立てる仕草も、伊佐谷がやるとやたらと絵になる。
「そ、そうだったんですね……」
「やっぱりホルスにはカノジョの一人や二人はいますよね……」
「一人だけだよ?」
伊佐谷……。
希望を打ち砕くようなことを言うな……。
気まぐれで言っただけのあたしに乗っかったら、伊佐谷やバンドが損するだけなのに。
「でも、懲りずにライブには来てほしいな。絶対お前らを満足させるライブにするから」
都合のいいこと言うなや! って怒られんのかなって思ったんだけど。
「も、もちろんですー!」
「わ、わたしたちNI≒KELLのライブは全通するって決めてるんで!」
バンギャル二人は何故か感激して、伊佐谷と握手をすると、満足そうに店を出ていった。
もしかしてあたし、悪いことしちゃった?
「ぼく感激したよ。そんなにぼくのこと好きだったんだね?」
好きなはずないじゃん。
なんて、いつもなら即答していたはず。
でもできなかったんだよ。
バンギャル二人と話している伊佐谷を見たとき、あたしは蚊帳の外にされた感じがして、それは今日一日だけでも何度も味わった感覚だった。
外を歩いていると、色んな女が伊佐谷に声を掛けたから。
みんな、あたしの知らない伊佐谷を知ってる気がして、そのたびに何度もモヤついてしまっていた。
それが、さっきの一幕で爆発しちゃったってこと?
まさか。
これは嫉妬ってやつ……か?
「あ~~~~~~!」
全身が熱くなるほど恥ずかしくなったあたしは、少しでも熱を追い出そうとするみたいにクソデカボイスを出してしまった。
「蓮奈ちゃん? お店の中だけど?」
伊佐谷ですら戸惑っちゃう始末。
「ご、ごめん……」
「でも今日は蓮奈ちゃんを誘ってよかったよ。蓮奈ちゃんの本心がわかっちゃったから」
「本心じゃないんだけど!?」
「ふふ、わかってるよ。蓮奈ちゃんは本当に大事なことは言葉にしないんだよね」
「だからぁ、あの場はああ言った方が、すぐ人払いできると思ったんだよ」
「でもオレの前では、ありのままの蓮奈ちゃんでいろよ。ちょっとくらい素直じゃない方が付き合い甲斐があるしな」
人の話聞けし。
なんてツッコミたかったけど、ホルスモードになった伊佐谷の前じゃあたしは無力だった。
ホルスの声って、聞くだけで相手を無力化できちゃう何かがある気がする。
あごクイされて視線が合うようにさせられちゃっても腹が立たなくなってるし。
「だから安心して、オレに身を任せろよ」
耳元で響くイケボ。
あたしの意識は脳みそごとどこかへ飛んでいっちゃいそうだった。
だからって、このままホルスに落とされるわけにはいかない!
「きょ、今日のところは遠慮しとく!」
鋼の意志を引っ張り出して、ホルスの頬を手のひらで押し返した。
「あっ」
「人前なんだから。節度はわきまえなさい」
「つれないなぁ、蓮奈ちゃんは」
元のへらっとした伊佐谷に戻る。
「まあいいや。今日一日はまだあるし、まだ付き合ってくれるよね?」
体ごとぴったりくっついてくる伊佐谷。
妙な圧を感じる。
やば。変に火を付けちゃったかな~……。




