第20話 気怠き愚者の群れに囲まれて
「ねーえ、お姉さん一人?」
お出かけ当日の日曜日。
綺麗な青空の下、駅前の開けた場所で伊佐谷を待っている最中、ダルいナンパンマンに遭遇してしまった。
「ヒマだったらオレと――」
「今忙しいからあっち行ってくれます?」
「なんでだよ、スマホいじってるだけじゃん」
「スマホの相手するのに忙しいんスよ」
「なんだよ、下手に出りゃナメやがって」
やば。対応雑過ぎたか?
でも丁寧に応対しちゃうと逆につけ上がるからなー。
「蓮奈ちゃん、待たせてごめんねー」
ナンパ男の背後から、ナンパ男より10センチは背が高い人影が現れる。
今日もコナンの犯人かよってくらい真っ黒な格好をした伊佐谷だった。
で、あたしを見つめるのとは全然違う鋭い視線をナンパ男に向けた。
「なにオマエ、オレの女になんか用かよ?」
「い、いや、道に迷ったから聞こうとしただけで」
「向こうに交番があるだろ? それともオレの女からしか聞けないことを、お前が聞こうっていうの?」
伊佐谷は男かよってくらい声を低くしていたから、ナンパ男も長身の中性的な男子だと思ったんじゃないかな。
これ以上食い下がっても痛い目見るだけと思ったみたいで、ナンパ男はさっさと何処かへ行ってくれた。
まあ、ひょろっとした感じで強そうには見えない伊佐谷だけど、ホルスの顔をすると謎の迫力が出るし、初見さんからしたら怖いんだろうね。
「君はよくナンパに絡まれるね」
ホルスから伊佐谷の表情に戻って、見慣れたへらへら顔になった。
「あんたが来るのが遅いからいけないんでしょ」
「でもよかったよ。一度言ってみたかったんだよね。『オレの女』って」
「あんたのじゃないから撤回して」
「これくらいいいじゃない」
「てかあんた、今日のピアスエグくね?」
伊佐谷の耳には、耳の上と下に銀の棒を貫通させてる感じのピアスがあった。
「蓮奈ちゃんとデートだからね。せっかくだしって思って付けてきちゃった。蓮奈ちゃんも開ける? ぼく上手いよ?」
「ん~、まだいいかなぁ」
梨々華は穴開けてるから羨ましいなって思うんだけど、今のあたしはあたしの一存じゃ決められない家庭環境にいるから。
それに、穴開いてる耳を学校で見られたら、それこそあたしにとっては死活問題だ。
「そっか。開けたくなったらぼくに言ってね。蓮奈ちゃんの初めてはぼくがいいから」
「えー、きも」
伊佐谷は構わずあたしの肩に腕を回してくる。
歩きにくいんだけど。
まあ、こっちの方が変なのに絡まれないからマシか。
知らない変な人より、知ってる変な人だ。
「てか伊佐谷、今日も目立つ格好してるね」
オーバーサイズで丈の長い黒ジャケットに、下に着てる黒シャツもまた丈が長くて、そして袴みたいな黒パンツ。その下は黒ブーツだった。全体的に着物っぽいイメージで、メンズ服をダラッと着こなしてるっぽい。伊佐谷は細くて背が高いから、そっちの方が見栄えがするんだろうね。
「君ほどじゃないと思うけど?」
「そーかな? あたしは一応トレンドとか気にしてるから別に浮かないでしょ」
あたしは黒キャスケットに、肩とおヘソが出ているゆるめの白ニットを着ていて、ボトムスは細身のデニム。
「でもあんたのってマジでフリーダムじゃん。ステージならアリだけど、プライベートだと浮かん?」
「ぼくはぼくが好きだからこういう格好してるだけ」
伊佐谷は特に気分を悪くした感じでもなく答える。
「蓮奈ちゃんだって、そうじゃないの?」
反論できなくなった。
あたしだって別に、今更伊佐谷の日常じゃ浮きそうなゴシックとパンクの混ぜものみたいな格好に文句つける気はないし。
「やっぱり自分の直感を信じて好きな格好した方がいいよね。ぼくは蓮奈ちゃんのその胸を強調する着こなし、自分の武器をわかってるみたいで好きだよ?」
「これはこういう体型だから仕方ないんだけど!?」
あたしは身長がたいしてないくせに、胸はやたらと存在感がある。
胸に栄養が行く分、伊佐谷みたいに身長に行っていればと悩んだことはある。
特に聖クライズ女学園の制服みたいにワンピース型だと、胸が引っかかるせいで着太りしちゃうんだわ。
初っ端からノンデリ発言をぶっこまれて、このまま帰ろうかと思うあたしだった。
★
いや、帰んなかったけどさ。
伊佐谷が連れてきてくれたのは、大きな湖が特徴的な自然公園だった。
池にはボートが浮かんでいて、カップルが楽しそうに過ごしている。
「ここにはよく来るの?」
「うん。インスピレーションが欲しいときに」
「……インスピレーションか」
「蓮奈ちゃん、この前もその辺引っかかってたよね?」
「べ、別に」
「いいんだ。わかってるから。ぼくらのバンドはトリビュートバンドだからね。どうして自分の曲をやりたがらないんだろうって疑問を持って当然だよ」
伊佐谷は特に怒ってるようでもなかった。
あたしたちは、のんびり歩きながら話すことにする。
「実は、バンドでもそのことでちょっと揉めてて。このままトリビュートバンドとしてやっていくか、オリジナルでガンガンやっていくかってね。まあ、この問題が解決したところで、細かい部分でまた揉めるんだろうけどね」
「やっぱバンドって揉めるんだね」
「みんな我が強いからさ。それにぼくは高校生だけど、他の三人は大学生とかほぼフリーターみたいな生活だから。将来のことをぼくより真剣に考えてるんだよ」
ちょっとだけ伊佐谷の見方が変わった。
なんか、あたしよりちょっと先の大人の世界で生きてるよなって。
「それでも伊佐谷はトリビュートバンドでやりたいわけ?」
「ていうかコピーしかやる気はないかな。ぼくは別に、バンドで売れたいって気持ちはないから」
「え? なんで?」
将来的に音楽で食っていきたいって野望があってバンドやってるんじゃないの?
バンドマンでもなんでもないあたしはそう考えちゃうんだけど、伊佐谷はなんかそれ以上答えたくないみたいだった。
まあ、バンド内で抱えてる問題を部外者のあたしに教えてくれただけでも、結構腹割ってくれたんじゃないのって思うから、しつこく聞く気はないんだけどさ。
散歩の始まりはちょっと微妙な空気になっちゃったんだけど、公園内ののどかな雰囲気のおかげか、そのうち気にならなくなってきた。
「あれー、ホルス? 珍しいじゃんこんな昼間から」
すると今度は、伊佐谷に話しかける人が次々と現れるようになった。
呼び方的に、ステージでの伊佐谷を知ってる人らしい。
そんなみんなに共通するのは、どこか自堕落でフリーダムっぽいってこと。
気になったあたしは、ついつい伊佐谷の袖をクイクイ引っ張ってしまった。
「え? ああ、みんなぼくの音楽仲間だよ。一緒にライブやったり、お互いのライブ観たり観られたりで付き合いあるんだ。打ち上げの場で一緒になることもあるかな」
「なるほど。どーりで雰囲気が似てるわけだ」
「そうかな? みんなぼくほどしっかりしてないように見えるけど」
「あたしが思う伊佐谷ってしっかりしてる人枠にカスリもしないよ?」
「心外だなぁ。ギャンブルしないしお酒も飲まないし女の子のいる店にもいかないのに?」
「未成年だったらまずしないんだわ」
伊佐谷の自己認識のズレっぷりに不安になるあたしだった。
公園の敷地は広くて、だからこそ歩いているだけで色んな人に出くわす。
その途中、木陰でアコースティックギターをのんびり爪弾いているおじさんもいた。
「どしたの?」
伊佐谷がおじさんの方へ寄っていく。何をするつもりだろう?
「すみません、ちょっとそのギター貸してもらえますか?」
「ん? 兄ちゃん……いや、姉ちゃんか? バンドの人?」
「あ、わかりますー?」
「おう。なんか自堕落な雰囲気があるから」
「……」
見ず知らずのおじさんからも言われちゃったら、絶句もするわな。
「まあいいや、じゃあ使い方はわかってんだろ」
気の良いおじさんからアコースティックギターを受け取った伊佐谷は、あたしのところへ戻ってきて、綺麗に整えられた芝の上に腰を下ろす。仕方ないからあたしも座った。
「あんた、弾けるの?」
「もちろん。ライブではあまり披露する機会はないけどね。いいギタリストがいるからさ」
ホルスの隣っていう特等席で、アンプもマイクも通さない生ギターと生歌を耳にすることになる。
しっとり歌い上げるような低音ボイス。
散歩している人も、ランニング中の人も、ペットを連れて歩いている人も、つい足を止めてしまうくらい、それはそれは心に染み入るような歌声だった。
悔しいけど、やっぱ歌はガチだな。
「それなんて曲? オリジナルじゃないよね?」
「まさか。『GOOD-BYE』って曲だよ」
「ふーん。知らん」
「え、hideをご存じない?」
「な、なんで知らないだけで悲しい目で見られないといけないわけ?」
「無知は人が背負った業か……」
「なんか腹立つんスけど」
「ちょっと失望したよ。今だけは君に対してこんな気分だ。『BEAUTY&STUPID』」
絶妙にディスられてるような弾き語りをめっちゃ美声で歌われたら、あたしは怒るべきなのか落ち込むべきなのかわからなくなった。
伊佐谷はNI≒KELLの白塗りメイクをしなくたって人目を引く。
いつの間にか人だかりができていて、即席の弾き語りライブみたくなってしまっていた。
「やばくね? これ駅前でやったらいったいいくらリアルスパチャ貰えるんだろう……?」
「俗っぽいね、君は。それでもお嬢様かい?」
またも伊佐谷に呆れられてしまった。
ちょっと思っただけなのに……。
でも伊佐谷からすれば、あたしは根っからのお嬢様に見えてるっぽい。




