第16話 蝕まれし者たちの館にて
数時間後。
あたしは病院にいた。
四人部屋の病室らしいんだけど、今ベッドにいるのは、伊佐谷だけ。
部屋の中には、あたし以外にも、NI≒KELLのメンバーがいて。
「綺麗な顔してるだろ?」
バンドのベース担当で、リーダー格らしいeidaさんが言った。
キレ気味で。
「寝てるだけなんだぜ、これ……!」
「すー、すー」
「のんきに寝てんじゃねえよ、心配させやがって」
ベッドですやすや眠る伊佐谷の耳を引っ張るeidaさん。
「蓮奈ちゃんも、同じ学校ならこいつに面倒かけられっぱなしでしょ?」
「まあ、ええ、振り回されるっす」
「しょうがねえんだよー、こいつは昔から」
eidaさんは伊佐谷とは昔からの知り合いみたい。
伊佐谷を甘やかさないってあたり、初対面だけどめっちゃ好感持てる。
「まー、それがホルスのいいところじゃない? これくらい図々しくなきゃうちのボーカルとしてつまんないっしょ。ロックじゃないよ」
雰囲気的についつい神妙になっちゃう病室だろうとへらへらした雰囲気を崩さないneckyさんはバンドのギター担当。
ドラム担当のkiyuさんは、あたしたちから少し離れた場所で丸椅子に座り、ワイヤレスのイヤホンの音に合わせて静かにドラムを叩くような手の動きをさせていた。マイペースな人だなぁ。
メンバーはみんな、ライブハウスから直接ここに駆けつけているから、ステージ衣装&メイクそのまま。
悪い魔法使いみたいな集団が突然病院にやってきて、医者や看護師はちょっと混乱してた。まあ一番病院にいちゃいけない縁起悪い格好してる人たちだし、混乱する気持ちはわかるよ。
「あたしもびっくりですよ。だって、目の前で見ていて、絶対大怪我したでしょって痛がり方だったから。……それがまさか無傷だなんて。あの騒ぎはなんだったのって感じです」
「ヒビすら入ってねえもんな。その程度の痛みで気絶するか、普通?」
あたしの隣で呆れるeidaさん。
「……ぼくは痛みに弱いんだよ」
ホルス……いや、すっかり学園で見かける地味モードになった伊佐谷がのっそりと体を起こす。
「感受性が豊かな分、痛覚が発達しすぎてるのかもね」
「変なところでアーティストぶんなよ」
eidaさんにこめかみあたりを小突かれる伊佐谷。
「てか伊佐谷、あのあと大変だったんだよ? みんながフォローしてくれたからどうにかなったけど」
「それはぼくだって悪いと思ってるよー。ごめんて」
いまいち深刻に受け止めてる感じがしない伊佐谷。
伊佐谷は気絶すればそれで終わりだから良かったけど、周りはそうも言っていられなかった。
伊佐谷が鉄柵に激突して意識を失ったあと、ライブハウスのスタッフが慌てて救急車を呼んだ。
eidaさんの話だと、あのあとアンコール用に二曲演奏するつもりだったらしいけど、ボーカルにアクシデントがあったんだからもちろんライブは途中で打ち切り。
騒然とするバンギャルを落ち着かせたり、救急車に伊佐谷を運ばないといけなかったりで、バンドメンバーのみんなもてんやわんやだった。
伊佐谷とは一応知り合いだし、同じ学園生だしってことで、流石に無視できなくて、この病院まであたしも付き添った。
聖クライズ女学園の『姉妹』システムは、思った以上に世間での認知度が高いっぽい。
伊佐谷雫の『妹』です、って名乗ってロザリオを見せたら、救急隊員もバンドメンバーもあっさり受け入れてくれたのには驚いた。
もちろん、あたしは今だって伊佐谷と『姉妹』になる気はない。
でも、相手が伊佐谷だろうと建前でも『姉妹』って名乗り出るくらい心配だったのだ。
「なにそれ。あんたのことなんてどうだっていいって思ってるあたしが心配するんだから、めっちゃ迷惑掛けたってことでしょうが!」
気づいたら情緒がメッチャクチャで半泣きになってしまっていた。
伊佐谷が無事で済んだ安心感。
迷惑かけたのに、当の本人がたいして深刻に受け止めていない怒り。
建前とはいえ、『姉妹』と口にしてしまった悔しさ。
「それを、そんなヘラヘラして!」
両脇から押し留めるような力が加わって、たぶんeidaさんとneckyさんが引き留めようとしてくれてるんだろうけど、あたしは止まらなかったし、止まれなかった。
あたしは……自分が心配したのと同じだけの感情の変化を伊佐谷に求めてしまっている。
「だいたい、あんなにあんたに熱狂してる観客だらけのあの会場で、あんだけ近づけばなんかのトラブルになるって想像できたでしょ? そのために鉄柵が置いてあるんじゃないの!?」
「ごめんね」
ベッドから降りて立ち上がった伊佐谷が、あたしと向き合う。
身長差のせいで、見上げるしかなくなるんだけど。
伊佐谷の顔は、まるで叱られた子犬みたいだった。
「今日は君が来てくれるってわかってたから」
伊佐谷の手が、あたしの頬に触れた。
跳ね除けたかったけどさ。頭の中はムカつく一色だったし。
でも、しょぼんとしたような伊佐谷の表情を見ちゃうとできなかった。
「君のために歌うって言っちゃったし、なにか……特別なことをしないとって思って」
チケットを渡してきたときの伊佐谷が、あたしのために歌うって言ったとき、その言葉にたいした重みなんてないと思ってた。
どうせ、同じようなことをいろんな人に言ってるはずだから。
「最初は、歌ってる最中に君に視線を向けれたら、それで十分かなって思ってたんだ」
伊佐谷が言った。
「でも、まさか君が最前列にいるとは思わなかったから。ライブの間はずっと考えてたよ。これだけ近くで見てくれてるんだから、ただ目を合わせる以上のことをしたいなって」
「……それで、手を伸ばしちゃったの?」
「ステージから手を伸ばしたって、手が届かないことはわかってたけど。とにかく君のために何かしたくて」
「……」
「だからヴァンパイアしようと思ってさ……」
「ヴァンパイアする……?」
吸血鬼が動詞化してることに首を傾げそうになったけど、伊佐谷なりには意味があるっぽくて、でもあたしには全然わかんなかった。
「ぼくの言葉をウソにしたくなかったのかもね」
あたしは、伊佐谷を散々突っぱねた。
なのにこいつは、体を張って自分の言葉が本当だってあたしに証明しようとしたんだ。
「考えなしでやっちゃったことには変わらないね。ごめんね」
「……」
本当は、あたしなんかに謝ることなんてない。
迷惑を掛けたバンドメンバーとか、ライブハウスのスタッフとか、救急隊員の人とか、それに消化不良で終わっちゃったバンギャルのみんなとか、あたしよりずっとずっと先に謝らないといけない人なんていっぱいいる。
だというのに、自分が一番怒ってるんですけど!? ってノリでキレ散らかしたせいで、あたしは謝罪の順番に割り込みをしてしまった。
クッソ恥ずかしい……あたし。
「ほらほら、もういいでしょ?」
割って入ったのは、eidaさんだ。
ちょっと気まずそうな顔をしてる。
「とりあえず、色々手伝ってくれてありがとね。もう夜も遅いし、鞠栖川サンはさっさと帰んな。タクシー呼んどいたから。ほら、これタクシー代」
「えっ、もらえないですよ」
「迷惑料だよ。中途半端なライブにしちゃって悪かったな」
隣にいた伊佐谷の肩に手を回すeidaさん。そのまま伊佐谷を雑に揺すった。
「これに懲りずにまた来てよ。こんどはちゃんと最後までライブやるからさ。ほら、お前も頭下げろ」
「……反省してます」
……本当、今度はマジの大怪我なんてやめてよ。
一足先に病院を出ると、ちょうどタクシーがやってきたところだった。
タクシーの後部座席から、窓越しに流れる夜の町並みを眺めながら、どういうわけかカバンに突っ込んで持ってきてしまった伊佐谷のロザリオを指先でいじる。
「伊佐谷……あの言い方じゃ、あたしにも責任があるみたいじゃん」
でも、実際あたしだって完全に無罪ってわけじゃない。
結果的に伊佐谷は、あたしのために無茶をしたんだから。
あたしなりに、責任取んなきゃなぁ。




