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第15話 熱情に蝕まれし愚者は滅びの序章を綴る

 ライブが始まれば、会場内の熱気のせいで酸欠状態になりそうだった。


 メンバーのみんなも額に汗が浮かんでいるくらいだから。


 やっぱステージでホルスが歌ってると、学園で見かける伊佐谷と同一人物に見えないなって思う。


 身長があって、体のラインを隠すようなサイズ感のジャケットとパンツを履いているからか、男子か女子かもわからないくらい中性的だ。

 だからこうしてバンギャルのみんなが熱狂してるのかもしれない。


 ステージで歌うホルスに触れてもらいたいとばかりに、最前列にいる観客はみーんなハンズアップしている。もちろんあたしはしないけど。


 そして、曲と曲の間。ちょっとしたMCの時間があるんだけど。


「おい『バンシーズ』! オマエらまだまだ行けんだろ!」


 バンギャルたちを煽って余計にヒートアップさせるホルス。


 あーあ、ステージだからってオラついて。

 地味モードでもV系モードでも、あんたはもっとダウナーな感じでしょうが。

 歌ってるときは感情を全開にできるから、ここぞとばかりにはしゃいじゃってるんだね。


 ……って、なんであたしは後方腕組彼女みたいになってんの!?


 違う違うそんなんじゃないって意味で首を横に振る中、両隣を見ると、バンギャルたちも首を振ってヘドバンしていた。


 これじゃあたしまでめっちゃ曲にノリノリなヤツみたいじゃん!


 絶対ノッてやらないって意志を込めて腕組み地蔵になろうとするんだけど、さっきからあたしの背中に背中をぶつけてくる連中は何? 嫌がらせ?


「大丈夫?」


 開演前にあたしに話しかけてきた子だ。つい数秒前まではステージしか目に入りませんって感じだったのに、今あたしの存在に気づいたみたいに心配そうにしてくれている。


「もしかしてダイ受けるの初めて?」

「背ダイ……?」

「わかった。わたしがカバーしてあげる!」


 謎の使命感に燃える親切バンギャルが、あたしの背後に回り込む。


 直接背中をぶつけられることはなくなったけど、クッションの役目をしてくれてる親切バンギャルが、背中から飛び込んでくるバンギャルを受け止める影響か、結局はあたしまで鉄柵とのサンドイッチになる羽目になる。


 どうやらこの界隈では、最前で観ているファンに背中からぶつかって一緒にライブを盛り上げるっていう風習があるみたい。


「ぐぇぇぇ……」


 嫌がらせじゃないってわかっても、結局はあたしの体は鉄柵を乗り越えて二つ折りになっちゃうわけで、鉄柵が食い込むお腹がめっちゃ痛い……。


 てか、両隣の人もなんか干された布団みたくなってね?


 そこにバンギャルはガンガン背ダイとやらをしていくんだけど人の心ないんか……?


 でもあたしだって、やられっぱなしじゃいたくなわけ。


「い、いつでも……来い!」


 あたしは鉄柵をしっかり握り、足腰に力を入れて踏ん張り、背中からの衝撃に備える。


 気分はすっかり土俵際のお相撲さん。


 やがて、免疫ができてきたのか、背ダイの衝撃にも簡単に負けなくなってきた。


「よし……行ける!」


 大丈夫! この調子なら、ライブの間は押しつぶされることもない!


 で。


 これ何の修行なんすかね……?


 首を傾げたかったけど、首を傾けてバランスを崩したら、また体を押しつぶされちゃいそうだったから疑問は心の中に封印した。


 そんな感じで、疲れまくりながらもライブは後半戦に差し掛かり……。


「――オマエら、今日は来てくれてありがとう」


 ホルスのMCが始まる。

 テンポの早いメタルっぽい曲が続いていたからか、ちょっとだけ息切れ気味だった。

 体育、苦手そうだもんなぁ。


「『バンシーズ』の盛り上がりは最高だよ。最高にやりやすい会場だよな。ここはオレの第二の故郷だよ」


 これだけで、きゃーって声援が上がる。


 ステージでのMCだからか、普段の喋り方よりカッコつけてる感じなのが腹立つけど、聴覚はしっかりホルスの声をキャッチしようとしちゃってるのが悔しい。


「次で最後の曲になるんだけど」


 えー! なんて残念そうなバンギャルの叫びが聞こえる。

 やっとこの熱狂の渦から解放されるのかー、なんてあたしは一安心。


「まだまだ行けるだろ、オマエら!」


 いやもう終わってくれ……。


 あたしの本音は、バンギャルたちの黄色い歓声に吹き飛ばされた。


「今日は、死んでもオマエら全員の顔覚えて帰るからな!」


 再び、悲鳴に近い大歓声。

 全員の顔覚えるなんてできるの? 200人近くお客入ってるけど。ていうか、学校でのあんたは誰の顔も覚えてなさそうなくらい他人に興味なさげじゃん。できないことは口にしない方がいいんじゃね。


「オマエら全員で……かかってこぉい!」


 ザラついた声でホルスは叫び、ドラムがダンダン鳴って演奏が始まる。


 いったいどこにどう、かかっていけばいいんだろう? なんて疑問は完全に放置だ。バンギャルたちは大盛りあがり。流石にちょっと疎外感だ。


 最後だからバラードでシメるのかなって思ってたら、めっちゃハードな曲が来た。


 Aメロこそイケボな低音を効かせたしっとり目な感じだったんだけど、Bメロになった途端に声がガラガラになりそうなくらい絞り出した声を出して、かと思ったらサビでは柔らかく歌い上げるような声音で、こいつはいったい何通りの声を使い分けられるんだろうって思った。一人で合唱団を結成できそう。


 最後だし、バンギャルのみんなも騒ぎ収めだとばかりに熱狂しすぎていたのかもしれない。


 もしかしたら、ホルスも熱狂に飲まれた一人だったのかも。


 あたしたちとホルスを隔てる鉄柵なんて、そんな分厚いものじゃないから、ステージなんて案外近い。


 ホルスがあたしを見た。

 そして、マイクを手にしっかり歌いながらも、こっちに寄ってくる。


『この日はオマエのために歌うから』


 あいつ、確かそう言ってたし。


 で、腕なんか伸ばしてきちゃったわけ。

 ホルスなりのファンサなのかもしれない。


 あたしなんかより、ずっとずっと熱いファンがこの場にはいる。

 ホルスだってもっと冷静になるべきだったんだよ。


 こんな熱狂の中、推しが手を伸ばして来て、触れられるくらい近くにいたら、みんな我を忘れるって。


 あたしに向かって伸びた手を、どこからか伸びてきたあたしのじゃない手が取って。


「わっ!」


 ホルスを手繰り寄せるように引っ張っちゃったんだ。


 柵は本当にただの鋼鉄製の柵で、柔らかいウレタンで補強されてるわけじゃない。


 熱狂的なバンギャルの誰かに引っ張られたホルスは、無防備になっていた肋骨のあたりを柵に体をぶつけてしまった。


 ステージと鉄柵の間に倒れて、うずくまるホルス。


 まるで月面に立ってるみたいに。

 寄せては返す海の波が騒音に聞こえるくらいに。

 会場内がしんと静まり返った。


「い、伊佐谷!?」


 これは緊急事態だって、あたしの背筋も流石に凍った。


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