第14話 魔窟の交歓は背徳の悦び
「ちょっと早く来すぎたかな……」
ライブ当日。
あたしは再び、スーパー『SUE』の地下にあるライブハウス『バンシーズ』へやってきた。
今日はNI≒KELLのワンマンらしいから、開場前からもう集まってるバンギャルもNI≒KELLのファンのはずで、なんかみんな衣装が黒い。この前の合同ライブイベントでは黒一色ってわけでもなかったから、黒はNI≒KELLのバンドカラーなのかも。
もちろんあたしはNI≒KELLのファンなんかじゃないから、みんなに混ざる気はない。
ファーの白バケハに、ワンショルの白ニットに、ボトムスは黒のデニムスカートで、厚底の黒ブーツ。
どうだ!
みんなの黒に対して、あたしは白!
ゴスに対して、あたしはギャルだぞ!
別にNI≒KELLになんか興味ないんですけど! なんて勢いで、意気揚々と開場時間を待っていると。
「ねえあの子もKELLERかな?」「違うんじゃない? 格好があれだし」「待って。一人だけ白い格好をして目立とうって腹積もりじゃ?」「あっ! ホルスと繋がる気!?」
真っ黒な魔女みたいな集団が、UFOでも呼ぶのかってくらい輪になって話してて、話題はどうもあたしに向かっているみたい。
しかも、クッソ勘違いされてる……。
熱心なバンギャルから敵意と警戒の視線を向けられるあたしは、居心地が悪い気分になって。
「あっれ~。梨々華おっそいな~。今日は『SUMMER』で千葉佳樹のライブ観ようって言ってたのに~。しょうがないから時間潰すか~」
あたしはクラバーのフリをして、『SUE』へ逃げ込んだ。
街中にあるわりにはローカル感の漂う店内の食料品コーナーを死んだ目でぶらつくあたし。
弱い。
メンタルが、思いの外、クソザコ。
これだけ弱々だから、学校のみんなに理想のお嬢様とは程遠い一般庶民のギャルってバレるのが嫌なんだよ……。
「あ、もう開場時間……」
スマホで時間を確認したあたしは、足を引き摺るようにして『バンシーズ』へと向かった。
★
「はい。チケット確認しました。スタンプを押しますね~」
以前と同じように、あたしはチケットと引き換えに手の甲にスタンプを押してもらって、ドリンクと交換用のコインを受け取って入場する。
「うわ、マジか……」
オールスタンディングで200人入るらしい会場は、開演までまだ時間があるのに、観客席フロアの半分が埋まるくらいのお客がいて賑やかだ。
みんながみんな、外でたむろしていた暗黒の軍団じゃないっぽいのはちょっと安心。
「これだけ集めるの、プロでも難しいんじゃないの?」
意外とバンドって集客に苦戦してるイメージあるし。
「でもホルスなら……ありえるのかも」
あの魅力を持ってすれば、アマチュアのトリビュートバンドでもそれくらい集めちゃえるのかもしれない。
「……もう信者じゃんこれ~」
ホルスなら何でもできちゃうとか考えてしまっているような自分に辟易しながら、あたしが立った場所は最後尾。
最前列にいるところをホルスに見られて、熱心なファンだと勘違いされるのは嫌だから。
それプラス、最前列が苛烈ってことはもう知ってるから、あんなことは二度と嫌なわけ。
「あなた、NI≒KELLのライブは初めて?」
「えっ?」
最後列のバーカウンターでコーラを受け取ると、あたしの隣にいた、サングラス姿で夜会のドレスみたいな格好をした女の人に話しかけられた。
見た感じや落ち着きから、アラフォーくらい?
なんかすげぇマダムっぽい。
「えーっと、単独で観るのは今回が初めてっす」
ちょっと圧倒されながらも、あたしは答える。
「そう。あなたはラッキーよ。今夜は素晴らしいライブになるから」
始まる前から予言めいたことを口にするマダム。
「だからあなた、最前列で体感しなさい。新しい歴史をその体で味わうのよ」
「いえ、あたしはここでいいんで……」
「遠慮しているのね? 初々しいこと」
いや、遠慮じゃなくて普通に嫌なんスよねえ……。
ステージと観客席を隔てる柵の前には、NI≒KELLガチ勢のバンギャルたちがすでに張り付いていて、絶対ここは譲らない! って気合でいっぱいだ。
あんなところにい一人で突っ込むなんて、ライオンの檻の中に飛び込むようなもんだよ。
「わかったわ。私に任せなさい」
マダムは腕組をしたまま、ヒールをカツカツ鳴らして最前列へと歩いていく。
不思議なことに、観客の群れにマダムが近づくと、観客たちは通り道になるようなスペースを自然と開けていく。
なんなん何者? 神話の登場人物か? オーラヤバすぎて草だわ。
「ちょっとあなた」
最前列の鉄柵にかぶりついていたバンギャルの一人に話しかけるマダム。
マダムは静かな微笑みを絶やすことなく何やら話して、時折あたしに向かって人差し指を向けた。
話しかけられたバンギャルは、ファンの中でも気合が入っているみたいで、ホルスのコスプレっぽい格好をしていた。そういう子は、この会場の中でもちらほら見かける。
するとバンギャルは、特に不愉快そうにするでもなく、観客の群れの真ん中くらいの場所へ歩いていって場所を開けた。
「おいで」
こっちに向かって、指先をちょいちょい動かすマダム。
マジで何者なん……?
まさかの展開だけど、ここまでされたら断れない雰囲気。
「あなたのための特等席よ。堪能しなさい。素敵な夜を」
「はぁ。あ、あざす」
あたしを置いて、マダムはどこかへ去っていく。
やだな。
この前来たときの、干された布団みたいな状態になったときの悪夢が蘇ってくるんだけど。
「あなた、凄いね」
「え?」
またまた隣の人に話しかけられた。
NI≒KELLのコスプレをしてるんだけど、ホルス推しじゃないのか、赤くした長い髪をふわっと立てていて、黒いローブを被ったような格好をしている。
なんだろう、この会場の人、フレンドリーすぎじゃない?
「あの人、うちらの界隈じゃ伝説の人だよ。mama様って呼ばれてるの」
「mama様……?」
「わたしもリアタイじゃないから話に聞いて知ってるだけだけどね、V系がV系って呼ばれる前からV系の追っかけやってるんだって。V系をずっと見守ってきてる人みたい。この界隈ではお母さん的存在なんだ」
「それでmama……」
でも、そんな最初期から追っかけやってるなんて、いったいいくつなんだろう?
もしかしてmamaじゃなくてba……いや、やめとこ。めっちゃ綺麗な人だったし。
「だから、初めてV系のライブに来たっぽい子を見かけたら、ああやって特等席に案内してくれるの。みんなにやるわけじゃないみたいだよ? 見込みのある子だけ。だから凄いの」
別にあたしは、バンギャルになる気なんてない。
見出されたところで、ちょっと迷惑かなぁ……。
「それにね、mama様が目をつけたバンドはその後絶対売れるんだって。V系界隈の座敷わらしとして大事にされてるんだ」
お耽美で華やかな格好をしているV系に座敷わらしなんてゴリゴリな和モノの愛称がついてるのはミスマッチに思えるんだけど、とにかく凄いらしい。
「NI≒KELLは今はまだトリビュートバンドだけど、そのうちオリジナル曲もやるようになってメジャーになると思うんだよね。ビートルズだってハンブルク時代はオールディーズなロックンロールをいっぱいコピーしてライブのレパートリーにしてたんだから。NI≒KELLだってきっとそうなるよ」
「はぁ」
知らないバンドに知らない単語がいっぱいで、あたしの頭は噴火しそうよ。
「推しがメジャーになって手が届かない存在になるのはちょっと寂しいかもだけど、でもインディーズのNI≒KELLをこんな間近で目の当たりにできるのは、今推しやってる私の特権だから。ライブは全通して目と体に歴史を刻みつけておきたいんだ」
「あっ、そーなんすね、凄いなぁ」
語彙力を失った反応しかできない。
その後も、その熱心なバンギャルらしい子はずっと何やら話しかけてきた。
V系バンドの推しを掛け持ちしていて、来週や再来週に参戦するライブの予定までご丁寧に話してくれたんだけど、あたしには話の中に登場するバンドのことがちっともわからないから、ロクに頭に入らないまま終わった。
やがて、会場内が暗転する。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
鳴り響くSEに負けないくらいの大歓声が響いた。
「えっ……?」
さっきまであたしに色々教えてくれた子は、格好はコスプレ全開でもおっとりした話し方をしていたんだけど、この瞬間に飛び上がって拍手したり飛び跳ねたりで大騒で何かにとり憑かれたみたいだった。
舞台袖からメンバーが登場したとき、もうここがクライマックスでいいんじゃね? ってくらい会場内のボルテージが上がった。
「ホルス!」
「ホルスだわ!」
「やば。もう今日の帰りに事故って死んでも幸せな人生だったって思えちゃいそう!」
バンギャルたちの興味はやっぱり伊佐谷に集中していた。
今日も真っ黒なマントなんか着て、同じく黒いジャケットにパンツで、シルバーのアクセをじゃらつかせ、下ろした長い黒髪に額を隠すような黒いバンダナを巻いている。
「kiyu!」「necky!」「ada!」
今日は単独ライブってこともあって、濃いファンが多いのか、メンバーのものらしい名前を呼ぶ声もあった。
あたしはホルス以外一人も知らんけどさぁ……。
とにかくそんな感じでライブが始まっちゃったって話。




