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第11話 麗しき仮面の招待状

 仕事はすんなり終わった。

 書庫の整理を一通り終えると、大図書館の司書の人がやってきて、仕事の丁寧っぷりを褒めてくれた。

 タイミング的に仕方ないんだけど。

 大図書館での仕事が終わったあたしは、伊佐谷と一緒に校門を抜けることになってしまった。


「今日は手伝ってくれてありがとう」

「……お礼を言われる筋合いはありませんわ」


 隣の歩く伊佐谷の距離感はやたらと近い。


「生徒会長に言われてやっただけですもの」


 楓井会長には後日きっちり抗議しないと。


「それでも君は投げ出さなかったじゃないか」

「何度も言いますけれど、あなたのためではありませんわ。自分のためです」

「自分のため?」

「私があそこで投げ出したら、理想のお嬢様ではなくなるリスクがありましたから」

「そうなんだ」

「あっさりしてますわね」

「だって、どんな理由があっても君が手伝ってくれたのは本当のことだからさ」

「……」


 なんか、もっとあたしの2面性とか打算的なところをねちっこく責めてくると思ったのに……。

 伊佐谷は別に、嫌そうな顔をするわけでもなく、それどころか嬉しそうですらあった。


「やっぱり、君にロザリオを任せてよかったよ」

「何を……」

「君に会ったとき、『姉妹』にするならこの子だって思ったんだ。一目惚れってやつかな」


 マズい。

 このまま伊佐谷の言い分を聞いてると、こいつに全部持っていかれそうだ。


「私はまだあなたのことをお姉様と認めたわけではないですけれど?」


 慌ててポケットを探って、ロザリオを取り出す。

 結局返しそびれたままのロザリオを。


「これもお返ししますわ」

「やだな。それはもう君のものだよ?」

「いりませんもの」

「どうしてそんな意地を張るの?」

「勘違いも甚だしいですわね」

「ぼくは君のこと好きなのに」

「片思いなんじゃありませんの?」


 突っぱねるあたしだけど、初めて言葉で好きって言われただけに、何故か心動くものはあった。


 本当に、どういうわけか知らんけどさー……。


「そんなにツンツンしなくてもいいのに」


 頭上に影ができたと思ったときには遅かった。


 あたしの額に、柔らかい感触があった。


 まただ、と思ったよ。

 思うほど冷静じゃなかったけどさぁ。


「なななななっ!? またあんたはそういうこと! マジ信じらんないんだけど!」

「地が出てるよー」

「誰のせいだと思ってんの!?」


 慌てて周囲を確認するんだけど、あたしのことを見ていそうな人影はなかった。

 放課後になってから時間が経ったあとで良かったよ。


「てか、息するようにキスしすぎでしょ。あんたの感情表現どうなってんの……」

「え? 好き以外になんかある?」

「もう!」


 あたしは、伊佐谷の肩へ向けてストレートを放つ。ぽふん、と間抜けな音がするだけだ。


「よくそんな恥ずかしいことが言えるわ」

「慣れてるのかもねー。ぼくは毎週ステージから色んな人に好きって言ってるから」


 もちろん、ホルスとして歌っていることを意味しているのだろう。


 NI≒KELL(ニケル)はV系バンドだから、J-POPっぽいストレートな恋愛ソングはやらないみたいだけどさ。ゴスでダークで、ときにはグロテスクだから、一回聴いただけじゃ好きって言ってるようには解釈できないっていうか。


「ふーん、そ。でも地味なあんたに言われたってなんとも思わないけどね」

「ああ、こっちの方が良かった?」


 伊佐谷が、野暮ったい黒縁メガネと適当な髪ゴムを解くと、ステージで見かけるホルスに近い顔が現れた。

 制服のままだし、V系メイクもしてないから、そこはちょっと違うんだけどさ。


「オマエと違ってバレても気にしないけど、オレだってこっちの方がラクだから」


 ボーイッシュなんだけどふにゃふにゃした雰囲気だった伊佐谷は、V系モードになるとキリッとして隙のなさそうな雰囲気に変わる。


「オラついたからって、だから何? って感じなんだけど?」

「そういうのはちゃんと目を合わせて言ってくれないと説得力皆無だけどな?」

「う、うるさいな。ネチネチ揚げ足取りして!」


 実際のところ、伊佐谷っていうかホルスとガチで視線を合わせることはできそうもなかった。

 こいつの真っ黒なくせに澄んだ瞳は、なんか吸い込まれそうになるから。

 観客席から見たときもそうだった。

 マズい。また頭の中がホルス一色になる前に、帰った方が良さそうだ。


「もう付き合ってらんない。あたし、帰り道こっちだから」


 あたしは実家から電車通学。でも学校では、学園の近くで送迎の高級車に下ろしてもらっているということになっている。これも理想のお嬢様ブランディングの一つ。実家の財力なら、運転手を雇って高級車での送迎もできるんだけど、なんか体質に合わないからやめた。


「待って」

「付いてくんなし」

「違う違う、オマエにこれ、やるよ」


 踵を返す前に、あたしの前にいる伊佐谷が制服のポケットから何かを取り出した。

 一枚の紙切れ。チケットだ。


「今度またライブやるから。来てほしいんだ。『妹』として」


 あたしはこの前梨々華に連れて行ってもらった『バンシーズ』で、不覚にもホルスに釘付けになっちゃった身の上だ。


 興味はある。

 でも、そのことを伊佐谷に知られたくない。


「オレを助けると思って」


 肩に腕を回してくる伊佐谷。

 こういうときの伊佐谷は、同性ってことを忘れそうになる。


「チケットノルマって知ってる? 世知辛いことまで知ってほしくないから詳しくは省くけど、チケットが売れないとオレたちは『バンシーズ』でライブできなくなるかもしれないんだ」

「あたしには関係ないし」


 そう。あたしには関係ない。

 でも、ホルスたちNI≒KELLがあのライブハウスでライブできなくなったら、バンギャルの人たちはどう思うんだろう? NI≒KELL難民になっちゃう?


「今回はタダでいいよ。『姉』として、『妹』にはいいところを見せたいから」


 金額の問題じゃない。

 そもそも、伊佐谷の言う通りにしたくはないのだ。


 どうせあたし以外にも売りつけられそうな人なんていくらでもいるんだから、その人達に頼んで。


 スッパリ断ってやりますわって気持ちで、あたしは口を開いた。


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