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第10話 BOOK TO BOOK

 楓井かえでい生徒会長ってなんかヤバくね?


 そう気付いたのは、後日の放課後に会長の指示で大図書館へ行ったとき。

 聖クライズ女学園の名所の一つである大図書館に、伊佐谷の鼻を明かすための何かがある。

 あたしは無邪気に信じていた。


「よかった。今日は書庫の整理だったんだけど、今日は相方の風邪が長引いてて。ぼくだけでどうしようかと思ってたところだよ」


 大図書館はその名の通り広い。

 円形の構造をしていて、貸出カウンターが真ん中にあって、そこから本棚が水の波紋みたいに並んでいるという造りだ。


 あたしからすれば、迷路みたい。

 図書館というより、どこかの遺跡みたいな見た目をしているから、下手したら迷って出てこられなくなりそうだ。


「キミがいれば百人力だよ」


 そんな場所で、あたしの目の前にいるのは。


「あれ? どうしたの? ぼくの顔になにかついてる?」


 へらへらした伊佐谷雫だけ。


「私、力仕事は苦手ですので、あなた一人でやってくださらない?」

「どうして? ほら、ここにカートがあるでしょ? ここに本を乗せて運べば、案外重くないんだよ」


 伊佐谷は、手元にあるカートを押したり引いたり子どもみたいなことをしている。


「私、あなたの手伝いをするために来たわけではありませんもの」

「え、じゃあなんでここに来てくれたの?」

「……楓井会長に言われて」

「それは詩乃にぼくの手伝いを申し出てくれたってことでしょ?」

「違いますわ。あなたの弱みを握りたかったんですのよ……!」


 もはや隠してもしょうがないし、隙あらばキスしてくる伊佐谷とこんなかたちで二人きりにしてきた楓井会長にハメられたと感じていたあたしには怒りだってあった。


「ぼくの弱みなんて知ったってしょうがないじゃない」

「いいえ。あなたの悔しがる顔を見るには弱みを握るしかないですもの!」


 前のめりになって指を突きつけるあたし。


 すると伊佐谷は、自分の体の色んな部分に指先を当て始める。

 まるで何かを点検するみたいに。


「耳たぶなら結構弱いかも?」

「そういう弱点じゃないですわよ!」


 性感帯の話をしようってわけじゃないんだわ。

 でも……今度またキスを迫るようなことがあれば、耳たぶに触れてやればいいってわけか。反撃の手段は一つできたかも。


「そのはずでしたのに、どうして図書委員の仕事なんか……」

「まあ、詩乃はよくわかんないところがあるから。考えるだけ無駄だよ」


 相変わらず『姉』が相手だろうとお姉様呼びをしようとしない伊佐谷が言う。

 どうもこの『姉妹』は、お互いにお互いをわからないヤツだと思ってるみたいだ。


 そんな二人がどうして『姉妹』になったのか完全に謎である。

 楓井会長の方はなんか面白がってたっぽいけど。


「とりあえず来ちゃったものはしょうがないよね。ぼくが並べるから、キミはカートのそばでぼくをサポートしてよ」

「……仕方ないですわね」


 ぶっちゃけ帰りたかったよ。

 でも、楓井会長はあたしの知らないところで図書委員の責任者に話を通しているんだろうし、ここで帰ったらあたしは先生たちの間で無責任女子としての悪評が広まっちゃう。それは理想のお嬢様像に反するわけ。


 あたしは渋々、伊佐谷に付き従うことになった。


 身長があって高いところまで手が届く伊佐谷が本を並べて、あたしはカートのそばに立って、並べるための本を伊佐谷に手渡す。あたしの腰くらいの高さの脚立を使うときもあるから、そういうときはあたしがそっと支えないといけない。


 こいつ、普段の感じからもっと不真面目かと思ったんだけど。


「あなた、意外と真面目に仕事をしますのね」

「この大図書館には世話になってるから」


 思ったより義理堅いのか?


「ここ、広いでしょ? サボるのにちょうどいいんだよ。静かだから昼寝にぴったりだしね」

「そういう事情ですのね。見直そうかと思いましたけれど、やっぱり無理ですわ」

「ぼくを褒めようとしてくれたの?」

「褒めるわけがないじゃありませんの……なんですの?」


 伊佐谷が、脚立の半ばくらいの段差に足を掛けてこっちを見下ろしていた。


「この位置から君を見るの、久しぶりだと思って」

「は?」

「ほら、ステージで君を見たときだよ」

「なっ……」


 思い出すのは、『バンシーズ』でのライブの光景。

 鉄柵の都合もあって、ここまで間近じゃなかったけど、伊佐谷に初めて近づいた瞬間だった。


 黒縁メガネにお下げ髪の地味モードな伊佐谷だけど、メガネの向こうの瞳は、V系モードのホルスのものと同じ。


「さ、サボってないで早く仕事を進めなさい!」


 あたしは伊佐谷から視線を逸らし、押し付けるようにしてハードカバーの本を手渡す。


「乱暴だなぁ。これボードレール詩集だよ。もっと丁重に扱わないと」

「『悪の華』ですわね。興味がお有り?」

「もちろん!」


 随分勢い込んでくるな。

 まあこいつはゴシックなV系スタイルの衣装だったし、そういうのには関心が強いのかも。


「でもぼく、よくわらかないことがあるんだよね」

「なんですの?」

「デカダンスがどんなダンスか知ってる?」

「……退廃主義という思想で、ダンスとは無関係ですわ」

「そ、そうなの……?」


 勉強はできないみたい。

 まああたしは、中学のときから、勉強ができるギャルっていうハイブリッドだったから、あたしより物を知らなくたって全然恥じゃないけど。


「ずっと暗黒的な舞踊だと思ってたのに……ソフバのモリケンがキーボードほっぽりだしてやってるようなやつ……」


 何やらぶつぶつ言いながらも作業を進める手は止めない伊佐谷。


「でも君のおかげで助かったよ。ありがと」


 伊佐谷はやたらと丁寧に本立てかけていく。

 もっと雑に並べればいいのに……。

 万が一でもドキドキしてる音を聞かれたくないんだから。

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