プロローグ I
「信二の野郎、短期休暇をくれてやったら、調子に乗って逃げだしやがった。みんな! 仕事はなしだ! 一斉に信二を探せ!」
ここはブラック企業として有名なABCDEFGHIJKLMNO工業。何度も立ち入りが行われているのに、ブラックリストには載っていないまれな会社だった。
「くそ! ……でも、なめるなよ信二! なんてったってこのABCDEFGHIJKLMNO工業の人脈網は――って、あれぇ!?」
先ほどの上司の「仕事はなしだ!」に、いつもとは違うものを察知したのか、はたまた聞きなれているはずの上司の怒鳴り声に怖気づき、気おされてしまったのか……どちらかはわからないが、とりあえずいまこの、透明なドアに「アイデア課第1係」と張り紙が張ってあるだけの小さな部署には、上司しかいなくなっていたのだった。
――次は、新横浜、新横浜です。 The……
「くそ……ここまで逃げたらいいかな」
自動音声が最後まで終わらないうちに呟いた。恐怖がのどから出かかっていた。
小池信二は、手に入れた短期休暇を使って沼津に帰郷するところだった。
「俺の故郷が沼津だって、誰にも話してないはずだ……」
間もなく、新幹線は新横浜駅で停車する。そこで、ドリンクを飲みほそう、と信二は考えた。