01 始まり
足掻いてもがいてあらがって、月光を見ながら沈みゆく青年は、自分が落下していることに気づいた。
「(落ちてる!なんで、いやそれよりも)」
上を見る、血液と眼鏡が自分から離れ昇っている。下を見る、そこにはただ広い黄緑色の大地が見える。
持っているボールペンや眼鏡や腕時計、その他落ちた衝撃で身体に突き刺さりそうなものをすべて放り投げる。
「(あとは落下場所、この下は牧場か?あの茶色に見える場所は牧草か)」
身体を捻り、出来るだけ牧草に向かって落ちるように動かし、体を地面に対して垂直にして全身の筋肉から力を抜く。すると、地面の茶色が今までに体感したことのない強烈な速度で迫ってくる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
鈍く、そして水っぽい音があたりに響いた。
「(......!意識がある。でも......無理か......)]
奇跡的に意識があるが下半身の感覚がない。鉄の味を感じると口から血液が流てくる。全身の骨が折れ、その一部が消化管に刺さったようだ。他人に気付かれようと必死に腕を動かし、助けを求めた青年だったがその行動は徒労に終わり、ゆっくりと意識が闇に消えていった。
「............。」
あまり時間が経たないうちに遠くから胸くらいの高さがある草をかき分けて歩いてくる影が一つ青年のほうに向かっていた。
「何の音じゃ......人?」
幸いにも彼の存在に気が付いてくれた人がいたようだ。
数日後
「......う~ん、ん?」
知らない天井、ベッドと机と椅子があるだけの木のぬくもりを感じる部屋で目を覚ました。服は着替えさせられ、体には傷一つ見当たらなかった。元から空いていた穴を含めて全てだ。
キィ~ッ…
古い金具が動く音が聞こえると木製の扉が開き、二人の女性が様子を見るために部屋に入ってきた。
「あっ、お兄さん目が覚めたみたいだね」
「あら~よかった、よかった、体は問題なさそうね」
二人を見るとブロンドヘアの小柄な魔法使いとなんかデカい高い戦士のような見慣れない格好をしており、目が覚めたばかりということもあり混乱してしまう。
「え~と...... Vielen Dank für lhre Hilfe, wo bin ich? lch kam vom Himmel.」
とにかく何か言わなくてはいけないと焦りながら震える口を動かした。
「は?」
「あら~?なんて言ってるのかわからないわ~」
「...日本語でいいのか」
動揺している様子の青年を見た戦士のような女性は、青年を不安にさせないよう優しく微笑み、やわらかい声で話をしてくれる。
「とりあえずご飯にするから二人とも手を洗ってきなさ~い」
「は~い」
「……はい」
先程と変わり魔法使いのような少女に手を引かれるままに洗面所に来た。蛇口から出る水で手を洗う水の音、隣にいる魔法使いのことがどうしても気になってしまう。
「あの~…(とにかく、ここはどこかと二人はだれかを知りたいが…)」
まだ状況を呑み込めていないため何を言ったらいいのか考えがうまくまとまらない。
「ここは『ノヒン国』にあるイタコト村、お兄さんはきっと別の世界から転移してきた勇者だね」
鏡に映る自分より3~4歳ほど若く見える魔法使いは慣れた様子で淡々とこの世界について軽く教えてくれた。
「なるほど、え~とつまり
1.自分は異世界に転移したこと
2.この世界には魔物や魔族がいて魔法が使える人が多いこと
3.転移者は魔王を倒すために旅に出ること
この3つが分かっていればいいんだね」
理解し難い話であるが状況がこんなであるため受け入れるしかない。
「そうだね、まぁ3つ目に関してはそういうお話にあるから~って感じだから、どうするかは自分で決めたらいいよ。でも、学校で教わった限りではお兄さんが転移してくる以前にこの世界に来た71人の転移者はみんな、魔王討伐の旅に出たみたいだよ」
「(なんか多くね?転移者、それに魔王討伐って...変に真面目な日本人がよぉ)」
予想よりも転移者の数が多くて驚いた。具体的にどれほど多いかと言われれば、予想していた数に1を足して71を掛けたくらいだ。
そんな人数の転移者が揃いも揃って魔王討伐の旅に出るとは、何かメリットがあるのか、はたまた最初の数人が気まぐれで旅に出たための同調圧力なのか、考えるだけ無駄であろう。
きれいになった手でテーブルに着くとそこにはとても熱そうな湯気を濛々と出すジャガイモやチーズや腸詰めが並べられていた。
「二人とも召し上がれ~」
「......いただきます」
ホクホクと口に入れた黄金色のふかし芋やほかの料理はとてもおいしかった。
「すごくおいしい食べたことない品種だ」
「そうね~この国に200年位前に輸入されてからここらの土地で大規模に栽培されるようになったのよ」
「へぇ~」
「そういえばこの世界のこともう聞いたのかしら」
魔法使いから話は聞いたので、食べながら頷いた。
「そう、ならゆっくり考えるといいわ~。しばらくはここに泊まっても大丈夫よ」
どんなにひどい状況でも暖かい寝床が用意されるだけで安心できる。ただ一つ聞きたいことはあった。
「ありがとうございます。ところで体の怪我はどうやって治したんですか?」
「それは私と妹は緑属性だから支援魔法でなんとか、まぁ、まる三日間魔法を使い続けたんだけどね......」
「そうだよ、私たちに感謝してよねお兄さん」
「ありがとうございます…?」
あれだけの怪我を治した魔法に若干の恐怖を感じた。そして食事が終わり3人で椅子に座りくつろいでいると魔法使いと戦士が話始める。
「それにしてもお兄さんは運がいいね」
「生き残ったこと?」
「たまたま牧場のフカフカな肥溜めに落ちたから助かったようなものだからね」
「足から落ちたところもよかったですね~」
身の毛のよだつような話を二人は平気な顔で少し笑いながら言った。
「肥溜め?」
「そう肥溜め」
「肥溜めですね~」
なんてこった。落ちたときは意識が朦朧として気付かなかったが、落下地点は牧草の山ではなく家畜の糞尿をためておくための場所だった。
「うわぁ!すっごい聞きたくなかった!」
その日の夜、小さな客室のベッドの中でいろいろなことを考えた。
「俺の眼鏡とかいろいろ回収しないとな~あと着替えさせられていたけど学ラン洗濯されたのかな?蛇口の水垢が少なかった...軟水だったらありがたい。…いや、いやいや、何考えてんだ俺。勇者か...」
突然元々いた世界とは異なる世界にやって来ていまだ不安感がぬぐえない。頭が落ち着かないという気分だ。明日からのことは明日の自分に任せ今日はもう眠ることにした。
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