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テンプレ短編

悪役令嬢とは、婚約できませんよ

作者: hoshiimo

組み合わせが悪すぎるだけで、相手を選べばちゃんと幸せになれると思うんだ。


※誤字脱字報告ありがとうございます。文章の分かりにくい部分も修正しました。

たくさんの方にお読みいただき、感激です。5月2日、日間10位!初快挙です。

 「そろそろお前にも婚約者が必要だ」


 10歳になり、父である国王にそう告げられた王子は、覚悟を決めた。


 唾を飲み込む音さえやけに響く。王家の者にとって見合いは、重大な試練。何より彼にとっては初の単独での()()なのだ。


 この国の王家は家臣である他の貴族たちに先行して見合いをするのが慣例となっている。

 どの家も王族との縁を絶対視しているわけではないものの、その席は一つしかない。


 事前に王妃、姉姫、教育係と侍女からレクチャーを受けた。見合いは国内の上位貴族の娘たちの間を一巡する必要があり、()()()()()が重要なのはもちろんだが、()()()()()も非常に重要だ。


 同世代の令嬢たちにとっては、一生に一度の特別な拝謁の場なのだ。


 家臣たちの忠義に報いるためにも、真摯な対応が求められる。周囲から期待と圧力を掛けられているだろう娘たちの、必死な様を侮ることなく、人を見る目を養うようにと王子は教わった。


 これは先取りして一番良い娘を選べる特権などという甘いものではない。

 

 見合い相手の娘たちは上位貴族の家で大切に育てられたご令嬢であり、王族との縁を結ばなければ将来の別の臣下の妻となる者たち。ゆえに瑕疵はつけず不満は抱かせず尚且つ無駄な期待はさせないように、()()()をしなければならないのだ。


 どうしたって無理があるのだが、この慣例はとりやめることもできない。なにしろ、異性との接点の少ない令嬢たちにとっては、この顔合わせは一つの通過儀礼でもある。次代を担う王族にいち早く拝謁し、淑女と認められることで、箔が付き良縁が得られると考えられているからだ。


 『数多の令嬢たちの中から、自分だけの運命の人を』なんて浮かれることもない王子は、ただこの見合い巡業を完遂できることを願った。



◇◇◇◇


 そうして迎えたある晴れの日。季節の花に彩られた王宮の中庭が覗ける部屋で、王子にとって最初の顔合わせが開始されようとしていた。


「きゃあああああーーーーーー!!いやぁああああああっ!!」


 お相手である公爵令嬢は、王子と顔を合わせた途端に、白目をむいて卒倒した。よだれまでダラッダラ。びっしゃびっしゃの垂れ流しである。


 よほど緊張していたのか。あるいは興奮状態だったのか。


 原因は不明なれど急激な体調不良ということで、場を改めることとなり、それから二週間。今度は王子が自ら公爵邸へと出向くこととなった。



◇◇◇◇


 仕切り直しとなった自宅の応接室で、公爵令嬢は人払いを頼んだ。先日の詫びやその心情を打ち明けたいという意図だろうと、王子も了承しドアを開け、護衛や侍女に声が届かない位置に離れて貰うことにした。


 温かい紅茶を含み、緊張からか青白くなっていた顔色に血が通い出した公爵令嬢は、先日の無礼を詫び、語りだした。



「この世界は『乙女ゲームの世界』。わたくしは『悪役令嬢』扱いされて、破滅してしまうの!」



 そうして自身の立場からは、耳にするはずの無い宮廷事情や、同世代の貴族家の家庭問題、学園の様子や授業内容など細々と並べる。恋愛方面に偏りがあるものの、狂人の戯言というには、やけに具体的な話であった。


 王子も冷汗を掻きつつ、真剣に耳を傾けた。



「なるほど。それは大変でしたね。話し辛い内容を言葉にしていただきありがとうございました」


「こっ、こんな話、信じていただけるんですか?」


 咎められ否定されることを覚悟しつつも恐れていた公爵令嬢は、あっさりと受け入れてくれたことに却って驚いた。


 蕩けた蜂蜜のような柔らかで繊細な金色の髪、宝石のような明るく澄んだ緑色の王子の瞳は優しげで、気遣いに満ちている。取り留めのない自分の話を真剣に受け止めてくれる器量。


 こんな誠実そうな彼とだったら……。




「えぇ。今回の婚約は無かったことにしましょう」


「はぁ?ちょ、ちょっと待って!!ナシって、婚約って、しなくても良いんですか?」


 驚愕のあまりにパッカリ大口を開けてしまった公爵令嬢に、王子はきっぱりと告げる。


「むしろ絶対に避けるべきです!!先ほどおっしゃった『乙女ゲー」の通りに事態が進行すれば、あなたは不幸になり、公爵家も力を削がれてしまいます。

しかしもう一方の『ざまぁ』という方向になれば、逆にわたしを含めこの国の大家の子息たちの過失により、それら家門が力を落とすこととなるのでしょう。

どちらの道を辿るにしろ、被害は甚大。ならば避けるべきでしょう」


「確かにそれはそうかも……、しれませんが……。本当にそれで良いのでしょうか。わたくしの言葉だけで、根拠もない以上このゲームの知識が絶対とは言い切れませんし。私たちが協力して頑張れば、もしかしたら、この運命に抗えるかもしれないのに……」


 悪役令嬢と王子の婚約って、デフォルトじゃなかったの。

 もしかして、いらんこと言ってしまった?

 危惧を訴えたのは自分の方だというのに、公爵令嬢は葛藤を覚えた。


 こんなにもあっさりきっぱり。

 そう思うと、今まさに逃そうとしていた魚が、惜しくなった。


 だってこの有能そうな王子ならば、うまいこと解決してくれるのではないか。

 せっかく前世の乙女ゲーの世界に転生したのに!!

 ここは、彼と手を取り合って、試練を乗り越えイチャラブの流れこそが、ジャスティスでは!!


 転生悪役令嬢モノによくある、優等生王子からのひた向きな溺愛。あるいはヤンデレ発動しちゃう執着王子とのジレジレ。そういう展開が来るんじゃないの!?


 しかし、王子は悲哀を滲ませつつ、首を振る。


「いいえ。不安がある以上、あえてわたしたちが茨の道を選ぶ必要はありませんよ。あなたのその深い疑念と苦悩と絶望を拭い支え続けることは、わたし如きでは困難でしょう」


 国政の担い手は攻略対象の家の六家とその相手方の六家だけではないし、家門同士の些細な対立や揉め事はままある事であり、王家が介入することはない。けれど複数の家門が同時期に醜聞に塗れ、その上王家と公爵家との間に軋轢が生まれてしまうのは、さすがに問題だ。国内の乱れに繋がる恐れがある。


 ならばその可能性は、断固として避けるべきである。


 仮に婚約したとしても婚姻は十年後。十年間王子を常に疑いながら育む関係より、最初から別の相手と縁を結ぶ方がよほど健全だ。


 予言の否定のためだけに国と己の将来を懸けるより、お互いに幸せになれる道を探すことこそが、肝心ではないか。


「そう、ですか……。それは確かにそうですよね」


 頭お花畑になりかけていた公爵令嬢だったが、既にフラグがバッキリ折れていたのを理解したので、冷静に受け入れた。


 婚約しないで済むのなら、そりゃ最初からお断りされるわよね。


 更に王子は続ける。公爵令嬢が見合いの席でいきなりぶっ倒れたことが、尾びれ背びれのついた話題と化しているらしい。


 体調に深刻な問題があるのではないか、不快に思った王子から激しい叱責を受けたのではないか。新種の毒でも盛られたのではと。



 もしかしなくても大事?!



「どうにも大げさな噂が出回ってしまい、体調不良と説明しているままでは、貴女の心身に重大な瑕疵があるという歪んだ印象付けがなされてしまうという判断がなされまして。

 ゆえに現在は、繊細な貴女が蜂に驚いて悲鳴を上げただけであり、体調には何の問題ないという話に塗り替えているところなのです。もちろん公爵にも了承して頂いております。王家としても、今後も王室と公爵家との友好を周知していきたいと考えておりますので、ご協力をお願いします」


「何というか……、その大変申し訳ありませんでした……」


 顔合わせでのぶっ倒れは異世界あるあるだが、無かったことにして欲しい出来事でもある。

 それが面白おかしく口にされ収拾がつかなくなり、話を塗り替える事態まで招くとは。


 過保護な公爵が心配してくれていたけれど、いつものことだと流していた。

 お抱え医にあれこれと精密検査をさせたり、王子に何かされたのか問い詰めてきたりしていたのは、これが原因か……。


 この程度のことでも、訳ありのレッテルが貼られる所だったとは……。怖い、貴族社会怖いっ。


「あまり深刻に受け止める必要はありませんよ。体調を崩すことなど誰でもあるのに、大げさに騒ぎ立てる者たちのほうが、おかしいのです。そのせいで話を作ることにまで至るのは心苦しいのですが、今回はご了承いただけたら幸いです。見合いの話含め、私とは条件が合わなかっただけのこと。貴女に瑕疵など全くありません。むしろ異世界の知識という貴重な視点をお持ちの貴女ならば、もっとご自身に合った環境でその価値を発揮していただければと願います」


 王妃とは共同統治者とされているが、それはあくまでも非常時のこと。基本的には補佐。王や宰相の陰に隠れ評価を得辛いにも関わらず、標的にはされやすいという難しい立場らしい。だからただのお見合い相手というだけで、ここまで足を引っ張られるのだろう。

 

 今更ながらこの王子様もただお優しいのではなく、お仕事モードだったことに気づいてしまった。

 まだ十歳なのになんとも世知辛い。自分には、王族の婚約者とか絶対に無理だわ。

 

 ゲーム内で目にした十八歳のスパダリキラキラ王子も、目の前のお役人王子の進化系と考えたら、輝きが消え失せた……。


 ご縁が無かったことは残念ですが、今後の活躍に期待しておりますと、菓子の詰められた小ぶりのバスケットとブーケを渡し、王子は穏やかに微笑み去っていった。

 そつが無いが、ときめきもない。乙女ゲー世界への転生なのに、夢も希望も全くない。現実は厳しい。


「今回はちょっとご縁が無かったけど……、運よく致命傷は避けられただけ、マシよね」


 お見合いという婚活のはずが、就活のお祈りメール染みた定型文を食らった公爵令嬢は、頭を切り替えることにした。


 画面越しのイケメンなんて、絵に描いた餅。

 二次元で素敵な相手でも、現実で自分にとって理想的な相手とは限らない。

 

 こうなったら、知識チートでバリバリ稼ごう!!この世界のオトコは攻略対象だけじゃない!!

 自分にとっての優良物件は、地道に探していかなきゃ。



 そんな感じで、本日のお見合いは平和的に終了した。





◇◇◇◇


「はぁー。何とかやり切った」


 帰りの馬車の中、王子は額の汗を拭った。


 特定の家門ばかりを婚約者に選んでは、血も権力も偏るし、当然不満も溜まる。選ばれなかった家の娘に問題があるわけではないが、そう思わせてしこりが残っては厄介だ。

 慎重で繊細な対応が求められる。


 この見合いの慣例が過熱しがちなのは、貴族たちの王族崇拝が余りに篤いことが由来している。国をまとめる上では有難い側面でもあるが、お祭り好きで熱くなりやすいこの国の者たちは、婚約者選びの際、毎回暴走する。市井ではどの家の娘が選ばれるかの賭けもなされる熱狂っぷりだ。


 過去には選ばれなかった娘がその一族から過剰に責められたり、逆に婚約者となった娘が陥れられたりするといった悲劇を招いたこともあった。

 

 鎮静化を試みて数代前、幼少期にお茶会という名目で令息令嬢を集めた交流の場を設けてみた際には、却って国が乱れるほどの悲惨な状況まで発生してしまった。


 周囲の大人が動いた時には、既に手遅れだった。


 席の取り合いや、会話の主導権争いのような小さな小競り合いが急激に過熱。歯止めが利かなくなった令嬢たちによる罵声と茶器や家具、拳を奮う音が響き渡る中で、王子の奪い合い。

 

 ズタボロにされた王子はぬいぐるみのように引っ張り回された。最終的に多数の近衛騎士が介入することで、ようやく鎮静化された狂乱は、真っ青になって壁際で小さくなって震えていた令息たちにとっても忘れられない一幕となった。


 王籍を抜け生涯神殿で祈りを捧げる生活を願う王子に、娘の責任をと引退を願う領主たち、離縁や修道院入りを願う夫人方、詫びに毒杯を望む隠居と、後始末も含め大混乱を招いた。


 以来、各々の良識のみに任せるのではなく、様々な法規制と情報管理が徹底されることとなったのだが、それでも毎回波乱を呼ぶ。


 王子にとって初戦の相手となった一番家格の高い公爵家の令嬢は、いきなりの気絶。

 驚きはしたものの体調不良は仕方がないことだ。ただ再度場を改めるだけで済む話が、王族の前で何たる不敬かと他の家門が騒ぎ立ててしまったことで、先行きが危ぶまれる事態を招いた。

このような中で再度王城に呼び出して更に追い詰めることになってはと、王子自らが出向くことにした。


 今後は自宅に王族を招ける契機と見合いの席で体調不良を装う者が出ない様、何らかの対策が必要かもしれないが、これ以上問題を大きくしないよう、今回は特例として手早く動く必要があった。



 一言も話していない以上、公爵令嬢への印象は無。良くも悪くも偏見は無かったのだが……。



 彼女の語るゲームの知識が、予知だろうと妄想だろうと、正直どちらでもよかった。

 

 何しろまともな自己紹介もないまま、その話を始めたのだから。

 お互いの趣味や好きなもの、家族の話、今回の婚約をどう思うかなど、そんな基本的なことすら、語らないまま。



 僕、今日は見合いに来たんだけど……。


 彼女が不安に襲われたり、機嫌を損ねたりする度に、延々と励まし続けることを求められそう。してもいない浮気や心変わりを常に疑われ、一挙一動に神経すり減らし、気を使遣い続ける。

 

 そんな己の姿が浮かんで、ゾワッとした。


 

 支え合えるような夫婦像が理想だとしても、既にお互いに不信感を抱いているよね。

 これはどうにも仕方がない。


 そう結論が出たので、お断りさせて頂いた。



 初戦から難敵に遭遇したことで、王子にとって学ぶこともあった。


 彼女の言う所の、ヒロインに、自分が転ぶのも無理はないとも感じてしまった。

 成程。ハニートラップとはよく言ったものだ。

 疑われ試され続け疲れている時に、甘言を囁かれたらと。


 レクチャーを受けた時にはそんな見え見えの手に騙されるものかと思ったが……。


 婚約者を粗雑に扱ったり、浮気をしたりするのは良くないことと分かってはいても、愚かな選択に逃げ込みたくなることもあるのだろう。

 

 予知能力もない、相性占いも嗜まない王子でも、はっきりと理解した。

 

 無理っ。本当無理。絶対に無理っ!!生理的に無理。ありえないぐらい無理。


 お断りした令嬢について、これ以上考えるのは止そう……。

 そう、唯、彼女とは、とてつもなく相性が悪いのだ。きっと人生ドブに捨てたくなるほどに……。 

 

 見合いとは、臣下のために娘たちを不快にさせないようやり過ごすとか、そういうものではないのだ。

 このまま適当に評判の良い娘を選んでは、地獄を見る。


 意欲が湧かないまま挑んでいたのは、自分だけでないとも気づかされた。公爵令嬢のように王族との婚姻に不安を感じる者も少なくはないはず。

 

 無自覚に自分だけが選ぶ側だと、令嬢たちを上から評価しようとしていた己にも気づかされた。


 誠実に向き合い、お互いの話をして、相性の良さそうな女性をきちんと見極めなくては。

 真面目に見合いに挑み、婚約者は慎重に慎重に選ぼう……。



◇◇◇◇


 改めて両親と姉姫にも相談した。

 王族の婚約関係の懸念事項は、些細なことであれ相談した方が良い。


 予知や異世界の知識を訴える者はまれにいる。才人もいれば、そうでない者も。

 公爵令嬢の真偽はさておき、意欲が無いことを強要しては、その才能を摘むことに繋がるだろうと、お断りしたことも報告。


「恋愛物語なら、恋に臆病な女の子を振り向かせるのに時に強引な態度もアリだけど、現実で権力者から無理に迫られるなんて恐怖でしかないわよね。我が国は唯でさえ熱心な方々が多いのだから、そんな婚姻絶対にさせないわよ。押し付けても本人にその気がなければ、政略の意味も無くなるし幸せにもなれないに決まってるじゃない」


 天災でさえ事前に知識があれば備えられるのだから、人災を招く必要はないと王妃は語る。本気で嫌がっている相手でも、ソンナコトナイヨー待ちのお嬢さんでも強火の信奉者のお眼鏡に適うまい。

 配偶者の支えだけでなく、バチバチやり合ってねじ伏せられる気概が無いと、王妃業はやっていけないのだ。


「物語特有の表現だと分かってはいるが、そもそも嫌がっている相手に強要する姿を王族が晒すのはよろしくないぞ」


 繁忙期に具合の悪そうな文官に医務室行けというだけでも、病人が責められそうで気を遣うのにと父上も愚痴る。


「そのゲームの話は、今後わたしが伺うのはどうかしら。公爵家とはうまくやっていきたいし、彼女にも幸せになって欲しいもの」


 お話の中だからこそ、絶対にあり得ない相手や状況が楽しめるのよ。箱入り娘の夢見がちな所に目くじらを立てるより、寄り添ってあげることこそが大切だと、姉姫が受け止めてくれることとなった。

 

 何しろ彼女は国一番の公爵家の御令嬢。公爵令嬢の語る夢想の真偽はさておき、その不安を取り除き国内の令嬢の中での地位を確立させる必要がある。彼女を導く役目には、同性の姉姫の方が適しているだろう。



◇◇◇◇


 やがて無事見合い巡業を完遂した王子は、ある侯爵家の令嬢と婚約を結んだ。


 婚約者となったのは、一番話が合った令嬢だ。

 外見の美しさや、政治知識で勝る者もいたが、誰より好意を抱けたのが、彼女であった。


 貿易港を領地に持つ一つ年上の令嬢は、異国文化の知識も多く、個性的な視野を持つ。自分の意見を明確にする質で、時に耳に痛い指摘もあるが、遠回しに察して欲しがるより気が楽で、馬が合う。


 王侯貴族は穏やかな笑顔の裏で蹴落とし合い、腹の読み合いをするのだから、身内となる者は、はっきりしている相手の方が好ましいと感じた。


 公爵令嬢の話を姉姫が聞き取り、情報を精査し、水害や凶作などに事前に手立てを尽くせた。

 攻略対象たちを含む同世代の子息子女も相性が悪そうな組み合わせを避け、良い婚約を結ぶことが出来た。臣下たちもそれぞれ納得のいく縁がまとまったことで落ち着きを取り戻したので、侯爵令嬢も徐々に王族の婚約者として認められるようになった。



 婚約者との仲を深めた王子が学園に入学する頃、ヒロインとなる娘も同時期に進学した。


 事前に学園の予算を増やし、カリキュラムの見直し、学力に応じたクラス編成と、マナーや教養の補講の枠を増やすように指導を行った。地域や経済状況など、環境ゆえに足りていなかった向上心豊かな者は、弱点の克服に取り組む機会を歓迎し、未来の施政者に相応しいと王子の評価も高まった。

 

 原作通りならば、ヒロインもこういった機会に努力する気質の持ち主なのだが、残念ながらそうではなかった。

 

 学習意欲が低く、女子生徒より、男子生徒にばかり絡もうとする。


 何もない所で転んだり、たびたび物を落とすことで、周囲の気を惹こうとしたり、勉強を教えて欲しいと、婚約者持ちの上位貴族の子息に話しかけるといったように、どうにも浮ついているのだ。


 教師たちも、落とし物は同性か教職員が声を掛け本人に拾わせることを徹底。勉強に関しては異性の同級生に頼るより本職の教師が丁寧に指導すると呼び掛けた。


 学園としても異性(それも婚約者持ち)を斡旋する訳にはいかないが、生徒が環境に溶け込めず孤立することがないように、クラス内の同性同士の交流の場を増やしてみたのだが、どうにもうまくいかない。

 むしろ過剰な被害者意識を持つようになってしまったのだ。女性教師や女生徒から苛めを受けていると訴えるようになった。

 

 事前に学園についての助言を授かっていたことから、公爵令嬢とその婚約者に時間を貰い空き教室で近況を報告すると、彼女は問題があるタイプの転生ヒロインだと説明を受けた。


 おそらく転生者の中には、異世界での学園にうまく馴染めない生徒も多いのだろう。


 異文化間の違いとは難しい問題だなと王子は婚約者の侯爵令嬢も交え、『学園に馴染めない生徒をフォローし、皆がよりよい学園生活を送るにはどうすべきか』を話し合っていた所、「王子様なら可哀想なあたしのことを理解してくれるはず!!」と捨て身特攻で近づこうとしたヒロインを、無事確保。

 あっという間に退学となってしまった。


 異世界人だろうとなんだろうと、越えてはならない線があるのだ。この国の王族崇拝は篤いのだから、当たり前だ。



 「ここは乙女ゲーの世界で」「わたしはヒロインで」「わたしこそが世界の中心で」と誇大妄想を口にするばかりで、危険物を所持していなかったことから、情状酌量の余地が認められた。

 未遂であれ王族を襲撃したと見做されれば、彼女の一族も無事では済まなかったのだから、学内のこととはいえ、慈悲深い判決だ。

 公には学園に馴染めず精神的に不安定になったので療養ということになっているので、(もう出ることは二度とないだろうから)せめて領地(の座敷牢)で穏やかに暮らして欲しいものだ。



 再び席を設け、『ヒロインその後』の話題を共有した後、「気絶が致命傷にならなくて、本当によかった」と涙ぐんで震える公爵令嬢と、その婚約者とがいつものようにイチャイチャとじゃれ合いつつ食堂に向かうのを眺めながら、王子も自分の婚約者をランチに誘った。


 「今日は魚介の気分」と笑う婚約者に「自分も同じものにしよう」と、手を取り微笑み返した。

 

 悪役令嬢とは婚約しないで本当に良かった。

 お互いに自分を振り返り相手を見極めたことで、最適な選択が出来たのだから。

ループでも転生でも、普通ならあり得ない相手との恋愛で、だからこそドラマティックだし、書ける作者様すごいと思います。

いざ書こうとすると、テンプレって難しい。

ドM過ぎる察してヒロインと、KYモラハラヒーローを生まないために、違う相手を用意しました。


よろしかったら、☆、ブックマーク、感想、いいね、でのリアクションをお願いします。励みになり、次作へのモチベも高まります。


自分の作品は、他の短編も基本的に名前なしのテンプレで構成されています。

名前のある中編や長編もあります。

お時間のある方は、お読みいただけましたら、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作中でも報告・連絡・相談をしっかりと行っている事。 いや、大抵の作品ってやらない事が多いから… 未成年ならともかく社会人になったらまず必須スキル。 運良くて叱責(だが凄く厳しい)運悪けれ…
[良い点] 王子斯くあるべき。 有能で安心でした、悪役令嬢役も立ち直ってお役に立っていて安心です。
[一言] ヒドインちゃんが実はどっか王族の血を引いてるとか聖女とか魅了魔法の使い手とか強制力とかなくてよかった。
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