旅(家出)終了。
ふわっ。
水に浮かんでるのか、浮かんでないのか、分からない、この謎の感覚。
あーあ、眠たいのに起きたし。
目を開けると、少し青緑色の視界が眩しい。
───じゃなくて。
あっぶッな。
死ぬとこだった。
風呂のお湯に、もう一回体を沈ませて、ゆっくり上がる。
白の凸凹したタイルは、シャンプーか何か分からない液体でヌメっていて、滑りかけた。
古いのか、なかなか開かないトビラを無理やり開けて、洗濯機の上に置いてあるカゴから、タオルを出す。
でも、上にのったパジャマが邪魔で取りにくい。
なんとかタオルを引っ張って、髪をブァッと適当にわしゃわしゃ拭く。
面倒だし、髪を絞って時間短縮をした。
でもそれすると、手に抜けた髪がつくからクッソめんどい。
抜けた髪を、風呂の部屋の壁にくっつけて、いつも通りパジャマに着替えた。
「んうっ!!」
「ぅァっ、!? ぎゃぅあっアァァあああア」
靴まで染みてきた血が、水たまりに突っ込んだ時みたいに、靴下の感覚を不快にする。
もうこの靴も、灰色のスニーカーから、赤のスポーツ用の靴に変わってしまった。
「よォ〜し、これで任務完了!」
「マネーいくらだっけ?」
「うーんと、四十万くらいじゃなかった?」
「俺が聞いてんだけど」
しーらね。
黒髪野郎は知らんぷりして、そう言いながら走ってった。
こっちが聞いてんのに、聞き返してどーすんだ。
ホントはそう言いたかったのに、あんのアホに言ってもどーせ聞いてくんないし。
「おぉ、終わってる。じゃあ私が連れてってあげる〜」
ろくに戦いもしなかった白髪ババアが急に現れて、いい事しようとしていた。
「どこ行ってたの」
「ドラマの予約しに」
「ふぅーん。全然仕事手伝ってくんないよなァー。働かんヤツは即死刑!──みたいな言葉? 名言? 働いてないやつはマネー使うなよ!?」
「働かざる者食うべからずだよ、? いーや、この仕事見つけてきたの私なんですけどー?」
「仕事したのこっちデスーー」
「何言ってんの!! 僕だって仕事してたしー!」
話に割り込んできたのは、知らんぷりばっかの黒髪野郎だった。
それより、なんて?
僕だって仕事してたって?
「っ、ざけんな!? お前見てただけじゃん!!」
「いやいや、手助けしよっかなーって思ってましたァーー」
「思ってないだろーが!!」
あー、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
結局は、俺が一番マネー貰うべき奴で決定だろーが。
なんで、? それなのにさァ。
なんでアイツらが偉そーに給料貰おうとしてんだ。
──ァあ、そうだった、これいつものことじゃん。
ルーティンなんだった。
コンビニのレジ横の美味しそうな食べ物を一つ選んで、温かいうちにそれを食べる。
「そろそろさァ、俺ウチに帰りたい」
「······マジで?」
「真面目な、話」
「本気? まだ旅の目標達成してないのに」
「別に、達成してなくても死にはしないもん」
コイツらの話に頭は向けない。
少しずつチキンをかじっていって、サクサクザクザクした衣を噛み砕く音を聞くのに集中しようと思っていたから。
あんまコイツらの言ってることを聞いてなくて、適当に返事して、返事した。
「そーいや僕もそろそろ帰りたいなァ」
「バレンまで言っちゃって······。私は別にいいけど、後悔しないの?」
「僕は気持ちの切り替えがハッキリしとるからオケ!」
「また今度行けばいいし、俺も」
「······じゃあ、この旅終わって、家帰るってことでいい?」
「「うん」」
こうして、普通にあっさりした感じで旅は終わった。
旅の目標とか達成してないけど、帰りたいって思ってるんだし、しゃーない。
これは、俺らが家に帰るまでの物語。
「あーあ、もうこの家とも別れんのか〜」
「いやなら一人で残っとけ」
「ツンツン野郎。最初はツンデレかな〜とか思ってたのに」
「思ってたのに? なに?」
「なァゼンイ! アクイってさー、ツンデレのデレ亡くなったヤツだよね」
「確かに」
三人組はめんどくさい。
そのうち二人が女子だし。
俺のことわかってくれる男子が欲しいな。
ストレス溜まりすぎていつか俺死ぬ。
クスクス笑ってる白髪の顔は、包帯で隠れて見えない。
だから、不気味でちょっと怖い。
「じゃあ、忘れもんはない?」
「なぁーい」
「ない」
今日でこのマンションの管理人に会うことは無い。
階段で行けるくせに、エレベーターで行こうとするバレンを追いかけて、ボタンを車椅子の方まで押すことも。
無駄なくせに、エレベーターの閉じるボタンを連打することも。
もうしない。
旅というか、家出はもうやめて、家に帰りたくなったから。
マンションを三人で出ると、自由になった気がした。
あんな家がいやで家出したはずだったのに。
自由になるためにこのマンションで暮らしてたのに。
なんでだろ。
「よしっ、僕はこっちだし、ばいばい!」
「ん」
「じゃあね、元気で」
ここでバレンとは別れる。
めちゃくちゃあっさりしてた。
なんか、また明日学校で会うレベルの別れ方みたい。
ギリギリまで後ろ歩きで、俺らから離れていくバレンの長い黒髪が、アイツの顔を隠してた。
もともと前髪で右目見えてないけど。
絶対髪の毛、口に入ってるだろな。
そんなこと考えながら、俺とゼンイは反対方向を歩き出した。
バレンと別れてから、一年がたった。
「おっ、この抹茶パフェおいしそ。アクイ食べよ?」
「あんこはいらない」
「おっけ。すみませーん」
ゼンイが行きたいって言ってた店に入ると、女性が多い。
置かれた水。
そのコップの結露を指で適当になぞって、絵を描いていた時。
「ご注文の抹茶パフェです」
店員がやってきて、クッソでかいパフェを真ん中に置いた。
「おいしそっ!」
「アイスもらっていい?」
「いいよ」
てっぺんにのった抹茶アイス。
ソイツは俺のもんだ。
四角いスプーンですくって、ひと口食べる。
「おいしいんでしょ」
「うん」
「もっと顔に出しゃいいのに」
「これでも充分出てるんデスー」
溶けてドロッドロの抹茶ジュースになりかけてるアイスを急いですくって、口に放り込んだ。
遠くで聞こえてくる爆発音、悲鳴、その他もろもろ。
ずっとソイツらがBGMとして流れてるけど、そろそろウザイ。
「このBGM、行かなきゃダメ?」
席を立ったゼンイを見つめて、わらび餅でむせながら尋ねた。
顔に巻かれた包帯で顔は見えないけど、こっちを向いたゼンイは、めんどそうな顔をして、るような気がする。
「お金、いらないの?」
「はい、いります。今すぐ行ってきます」
財布に残してあるたった一人の、女が男か分からんアイツのことを思い出して、はぁーっとため息を着く。
二人で抹茶パフェを口を放り込んで、店員にマネーを押しつけて、ドアを思いっきり開ける。
力を込めて走って、BGMの流れるとこまで着くと、そこは人だかりができていた。
「きぇャャァあああ、ハッはハァ!!」
「いゃ、ァ、いゃああァァアぅ! たす、タスゥ、けて、ケてぇえ!」
建物はなんか火まみれだし、キモオヤジに捕まってる女の人は血まみれだし、なんかヤバいことになってる。
とりあえず、アイツを倒せばいいや。
「私たち、便利屋なの。ちょっとどいてくれる?」
「お、オお!? ちょーどいいとこに! ケーサツ全然来てくんなくて死ぬかと思ってたんだ!」
便利屋。
その一言は、みんなの視線をこちらに向けた。
便利屋は何でもしてくれる。
闇に堕ちた便利屋っつーもんもあるにはあるけど、俺らはそーゆー事はしない。
人助けして、金もらう。
マネーあれば、なんでも買えるし。
「キェゃぁァははっ? なんでぇい、ちびっ子がどーしぇた?」
「お金貰いに来た」
「ひゃあっ?」
気持ち悪いソイツは、人質の女の人を前に出して嗤う。
ハッキリ言って、だからなに?
力いっぱい蹴りこんで、まずは男の大事なベイビーと、首に当てる。
オッサンは声も上げずに倒れた。
「怪我は?」
「ひっ、ひぇ? え、あっ、え、ない。ないっ」
「そう。立てる?」
「たて、っらぁ、たてま、立てますぅっ!」
「じゃ、あの白い女んとこ行って」
全身が真っ赤な女の人を、とりあえず避難させた。
すると、それを待ってたみたいに、男が起き上がった。
「ふ、ふひゃっ、ハハハっぁ!」
「キモイ」
「お前、便利屋っつーから、何の奴かと思ったら······なんもねぇーんかよー?」
「大正解」
「オレはなァ! 『世界一のキモ野郎』だ!」
「うん、知ってる」
会ったのは初めてだけどさ、お前がキモ野郎なのはすっげぇ分かる。
ドロドロになった男の腕は、見てるだけで吐き気がする。
剣を創り出して、そのまま胸に突き刺した。
かすれた悲鳴。
目に血が入って、視界が悪くなる。
暴れるのを足で押さえつけて、動きが小さくなってから、剣を引き抜いた。
そしてトドメに、目にぶっ刺す。
自分もあの女の人みたいに、他の人の血で真っ赤になっちゃった。
ゼンイのとこまで戻りながら、誰にも聞こえないように小さく呟く。
「Είναι καλό να το έχουμε αυτό」
今回で、六十万の報酬を貰えた。
これで暫くは楽に過ごせる。
「あー、つかれた」
「休憩する? もう暗いし」
森を抜けると、暗いはずなのにめちゃくちゃ明るかった。
時計とか持ってないから時間わかんないけど、あれ、もう朝?
違った。
「ゔぁァァあぁあああっ」
叫びながら暴れてるのは、見覚えがある。
あの黒髪。
「バレン?」
「ホントだ。もう会うなんてね」
久しぶりに見たバレンは、別れた時と変わらない服装をしていた。
「おぉーーい。久しぶりーー」
「うぇっ? ハッ? アクイ······ッ?」
「バレン······なんで」
挨拶をした俺にびっくりして、バレンが振り向いた。
驚いたようにゼンイが呟く。
バレンは暴れるのをやめて、その場で立ち止まった。
「あぁ······。久しぶりぃッ、二人とも、うっ」
「バレン、泣かないでよ。なんか俺が悪いことしたみたいじゃんか」
「ふっ、ふふふっ、そうだなぁ。······お前のせいで泣いてるってことでいいッ?」
なんかいつの間にか俺のせいになってるし。
なんで?
「──んで、なんで泣いてたの」
泣き止んだバレンと丸太に座って、久しぶりに三人でパンを食べる。
チョコスティックパンはやっぱうめぇ。
指にちょっとつくのがあれだけど。
「僕の家族はもういないけどさァ、それならって思って、墓参りに行ったの」
「ふーん」
「そしたら、変な集団に墓荒らされてるわ、そいつらに酷いこと言われるわ」
「んで、ソイツら殺したいと」
俺がそう言うと、バレンは首を縦に振って肯定する。
でも、なにか悔しそうな顔をしていた。
「天使が関わってる。しかもさァ、結構上の階級の奴」
天使。
世界の神、そしてその手下。
ソイツらは天使と呼ばれてる。
ハッキリ言って、ソイツらはクズだと思う。
「天使かぁ。めんどいのが関わってるじゃない」
「殺せばいいじゃん。全滅させりゃ、証拠隠滅で完全犯罪の出来上がりだし」
「いや、流石にバレるよ」
バレンに指摘されたけど、俺の考えは間違ってないと思うんだけどな。
だって、天使全員だぜ?
バレンに関わってる天使たちだけじゃなくてさ。
世界にいる天使全員ぶっ殺せば、バレるも何も、バレる相手がいなくなる。
「天使絶滅させるか」
「本気で言ってる? 馬鹿じゃないの?」
「僕さんせー。バレたらどーせ、最高位の奴らが襲ってくるんだし」
その日から俺たちは、天使絶滅委員会の幹部になった。
世界の神をぶっ殺す、反逆者的な立ち位置。
天使がいるなら、その一番逆側にいる悪魔みたいな存在。
別にそれでいいと思う。
俺の名前悪意だし、悪者ってことで生きて、死んでも、文句はないや。
「天使絶滅委員会、僕が会長でいい!?」
「いいけど、じゃあ俺副委員長ね」
「二人ともずるいなぁ。私だって副委員長ね!」
目標達成してないけど家に帰って、家族に会いたい。
それまでの間、家に着くまでは、俺は天使を狩り続ける。
旅の目的は別に、天使絶滅じゃないんだけども。