第9話 マキシマ
「先生。高級紙と低級紙、どっちを先に御覧に?」
「そうだな。高級紙を」
訓練場の隅で腰を下ろして生徒たちの立ち姿を眺めていた俺に、アルミナが新聞を2種類持ってきた。
1つは貴族や商人が主な読者層の高級紙。
そしてもう1つは職人や労働者が好む低級紙。
「……なるほど。『盾の達人クロードは自分を王立騎士団だと錯覚した狂人であり、我々の家族を脅かすテロリストなのだ』ね。そりゃそうだ」
ざっと目を通したのち、今度は低級紙の方に目を通す。
「『俺たちのヒーロー盾のクロードがまたやった!貴族のボンボンに正義の鉄槌!』」
アステミス地方にいる偽物の評価は、このように立場によって真逆だ。
「『ホームレスを面白半分でリンチした貴族のバカ息子を一人ずつ制裁。あるものは脚を潰されて、またある者は耳を引きちぎられた。本来なら、ホームレスは裁判を起こすことさえできなかったが、クロードのおかげで全員が自首。心に深いトラウマを負った彼らはもはや再起不能!』。低級紙らしいスカッとする文体だ」
「この偽物は一貫しています。増税を課そうとした町長を縛り上げたうえ広場につるし上げたこともあった」
「義賊のつもりなのか?」
「いや…ただ個人的な不満を暴力で訴えているだけだ。労働者のデモがこいつの家の前を通った時には片っ端から殴り歩いて潰している。こいつには仲間がいないし、守るべき人もいない」
盾の偽物クロードの本名はマキシマ。かつては王国騎士団員だった。
だが悪人を捕まえ取り調べる時の度を越した暴力が問題となり解雇。
「けれど、彼の正義は止まらなかった。騎士団のライセンスをはく奪されても自警活動を続けて、犯罪者を殺害し続けた」
訓練場では生徒たちが立っている。
ただひたすらに立っている。
気をつけの姿勢でもなく、スタンディングポジションでもなく、ただ自然な姿勢で立っている。
もうそろそろ10分になるな。
ちょっとチェック入れるか。
俺は生徒たちの間を歩いて一人ずつの姿勢をチェックしていく。
そしてよくない姿勢の生徒を矯正していく。
「右に重心が偏ってる」
「肩にいらない力が入ってるぞ」
「頭が背骨に載っていない」
そうやって一人ずつ、腰や肩を触りながら姿勢を整えていった。
全員のチェックが終わった後、改めて全体を見回したら、女子たちから軽蔑のまなざしを向けられていた。
「……この稽古の効果が実感できれば、みんなの気持ちも収まるでしょう」
「あ~、ミスった。ま、しゃーない」
うっかりセクハラをしてしまった。
まったくもってそんな気持ちがなさ過ぎて気づかなかった。
「さてと、マキシマに話を戻します。騎士団のライセンスは一生もの。それに、ある種の特権が認められています。だから政府は、マキシマの王立騎士団ライセンスをはく奪しました。処分決定の当日、マキシマは、当時騎士団が追いかけていた連続殺人鬼をリンチした上に殺害し街の広場に吊るしました。その男の身体には一言『断る』と」
「『断る』つったって、はく奪されるのに変わりはないだろ」
「ええ。次の日からマキシマは、ただの道で暴力をふるうだけの人になりました。かつての同僚に追われる毎日。それでも彼は自分の正義を曲げることはありませんでした」
「何がそこまで彼を意固地にしたのやら…」
「逮捕と脱獄を繰り返すうちに、彼は指名手配されました」
「それで、マキシマの名前が使えなくなったってわけか」
「マキシマとして指名手配された以上、偽名が必要になった。クロードの名を選んだことは悪手ですね」
実在するかわからない都市伝説みたいな名前を選んだつもりが、実際俺がいる。
「それにしても、俺が倒す前にそのうち捕まるんじゃないか?」
「それについてはご心配なく。彼は最後の脱獄の後、顔を変えたといわれています」
「整形か?だとしても医者のカルテから足が付くだろう」
「いいえ。自分で自分の顔面を殴りつけて顔を変形させた、そうです」
生徒たちは静かに立っている。心の中までは見えないが、静かに従っている。
練習場の中を風が穏やかに吹いていった。
「しかし、騎士団が指名手配してる凶悪犯を一個人が倒していいのか?やっていることがマキシマと変わらないぞ」
よくあるやり方としては、マキシマに俺を襲わせるように仕向けて俺が防衛のために殺害する。
だが、こいつに俺を襲う理由なんてないだろうしな……。
「それについては問題ないです。先生は学院の教師となった時点で冒険者ライセンスも発行されていますから」
「マジか!?」
思わず大きい声が出てしまった。
指名手配は同時に冒険者のクエストでもある。冒険者であれば、道で見つけた犯罪者をいきなり制圧してもいいし、場合よっては殺害も許可される。
「王立学院の教師って、冒険者も兼務できるんだ……」
「課外授業に出る時にないと不便だからという建前ですが、ほんとは貴族の貪欲さによるものです。ただし、臨時講師なので先生のランクは低くなってしまっています」
そう言ってアルミナは俺の冒険者ライセンスを手渡してきた。
「Dランク」
「下から2番目です。本当ならばSランクで然るべきなのですが、実力より身分を優先するのがこの学院なので」
ちなみにアルミナのランクはBらしい。これも不当だ。学院の教師は基本Aランクなのだから。
昼休みを告げるチャイムが鳴る。
生徒たちは不満たらたらながらもずっと立っていた。
授業終わりに、「明日は立って歩くぞ」といったらため息が聞こえた。
生徒たちが帰った後、訓練場にアルミナと二人。
「昼からは、あいつら何の授業だ?」
「教頭による盾の美しい持ち方、構え方です」
「ならよし」
今回の授業の目的は、日常動作全てをレベルアップにつなげることにある。正しい立ち方、歩き方、座り方を身に付けることで、そもそもの強い身体を作る。
そうした後で盾や剣の使い方を学んだ方が早いし、なにより俺ら以外の必修授業を少しでも効果的にするために必要だ。
座っているだけ、立っているだけでレベルアップするんだからな。
そういうわけで、生徒達には10日間この稽古をしてもらった。
立って歩く。
訓練場の中を生徒たちが好きなように歩く。
すれ違ったりぶつかりそうになるが、そんなことにもリラックスして避けて動き続ける。
雨の日も立ち続ける。
噂を聞き続けた他の生徒がバカにしに来ても歩き続ける。
何もなくても座り続ける。寝続ける。
そんな稽古をひたすら続けた10日目。
うーむ、出来る子はいいんだけど、もうちょっとの子のためもう2、3日続けたほうがいいか。なんて考えていた時だった。
「クロードォ!!」
ついに我慢の限界が来たという怒りを全身から放出しながら、レキがこちらに近づいてきた。
ドスドスと肩を怒らせて、すれ違う生徒たちにぶつかりながら歩いてくる。
「もうわかった!!何百回、何千回と歩かされ立ち続けた!いったいこれに何の意味がある!?かつての剣クラスのやつが立ちっぱなしの俺を見てこう笑ったんだ!!負けて頭がおかしくなったってな!」
俺につかみかからんとする勢いで顔を近づけるレキ。
「なにが伝説の教師だ!そりゃ道場がつぶれるわけだ!!俺はもう止める!」
そう一気にまくしたてたレキは俺をしばらく睨みつけた後、出口に向かって歩き始めた。
全く気が短いことで。
「レキ!!」
久しぶりに大きな声を出した。いや、単なる大声というよりは、あいつの心に刺すような意識でやった。
レキはうんざりしたような顔をこちらに向ける。
その瞬間のレキに合わせて魔法弾を飛ばす。
それも一度に10発。
10日前のレキならまず避けられない数だ。
だが。
「はっ!!???」
反射的にレキはステップを踏んで態勢を整え最小の動きで銃弾を避けた。
何事かと戸惑うレキの背後で10発の魔法弾が壁に当たって燃え尽きた。
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