第6話 的当て②
「この盾クラスの落ちこぼれたちを学院一にすることが出来なければ、クロード!あなたはクビです!!」
勝ち誇ったように教頭が言う。
こいつ、大丈夫か?もっとこう、言葉の裏の読み合いとかあるだろ。想定通り過ぎて逆に俺がはめられてる気さえしてきた。
「言われなくても、そのつもりだよ」
「ぐぎぎ……いつまでも涼しい顔ができると思わないことだ……!!期限は3週間!!3週間後に開催される学院交流大会で盾クラスを優勝させること!これがお前に与えるノルマです!!!」
「了解」
「ふん、せいぜい残り少ない学院勤務を楽しむことです。転職の足しにもならないでしょうが」
権力をかさに俺をイジメたつもりの教頭はすたすたと帰っていった。
「さて…げ、もう授業開始時間だ。これもあのジジイの策略か?」
すっかり生徒たちを置いてきぼりにしてしまった。
っていうか、みんな静かに聞いてたな。こんなおじさん同士の小競り合いを。
そう思って生徒たちを見渡すと、みんなあっけに取られた表情をして立っていた。
「どうした?みんな、そんなポカンとした顔して」
「いや。だって先生、私たちを交流大会で優勝させるつもりだって……」
俺の問いかけに答えたのは、エメリーだった。
いかにも委員長然としたメガネにポニーテールの女の子は、やはり盾クラスの委員長らしく、みんなの前に立っていた。
「教頭に言われるまでもなく、俺はそのつもりでここに来た。お前ら全員、最強にする」
ざわざわと生徒たちが騒ぎ出す。
「それは……自分たちでいうのもあれなのですが、私たちはずっと、国の歴史と教頭の的になることしか教わってません。アルミナ先生が来たのも今年からですし、そんな私たちが今から……」
「大丈夫。俺が教えれば、年齢性別関係なく強くなるから」
俺の宣言を聞いて生徒たちの騒ぎが大きくなった。
「ぱっと見た感じ、基礎ができている生徒の方が少ないようだ。よし……」
目の前に並んだ生徒1人1人の顔を見ていく。その数なんと5人。
剣クラスや魔法クラスだと100人近い。盾クラスに入学するのはみんな庶民だから、そもそも入学試験のラインに立てるまでが難しいのだ。
なにより盾クラスと隣の格闘クラスは、見かけ上「誰でも学べる学校」のかたちをとるために開校されたものだ。つまり、この学院は最初から庶民なんか入学させるつもりはないってこと。
ん?あいつ、レキじゃね?後ろの方で影を薄くしているけど、あれレキだよな。
え、クラス変更したの?できるんだ、そんなこと。
ま、いいや。
さてと。
「今日の授業は的当てとする!」
「ま、的当て?」
生徒たちがまたしてもあっけにとられる。
「先生」と質問の挙手をしたのはエメリー。
「的当てとは、いわゆる、離れた目標に攻撃を当てる訓練のことでしょうか?」
「本来ならそうだが、今回は一味ちがう。的は、お前らだ」
「「「ええええええええ!?!?!?」」」
それじゃあさっきの教頭同じじゃないかというブーイングが一斉に沸き起こった。
「静かに!クロード先生は無意味な稽古を課すお方ではない!それにこの稽古は私も通ってきた道だ!!」
アルミナが一喝。静かになる。
いや、行儀いいな。
「なにせ3週間でお前らを最強にしなきゃならないからな。回り道はしてられない。俺が今から魔力弾をお前たちに向かって撃ち続ける。それをただ防げばいい。ただし」
そう言って俺は、生徒たちが腕につけている粗末な青銅の板を指さす。
「盾は使っちゃだめだ」
「えええええええ!?!?」、と今度は悲鳴にも似た声が上がる。
「先生。理由を説明してください」
またしてもエメリーが挙手をして質問をする。
だが。
「非常に難しい質問だ。理由はもちろんあるが、今ここで教えることはむしろお前らの思考を妨げることになる」
「ふむ……」「なんで~?」
「ただしヒントをやろう。さっき俺は教頭の腕を蹴り飛ばした」
ヒントを聞いてもまだぶー垂れてるやつらがいるが、強引に進めさせてもらう。
「アルミナ」
「わかりました。これもヒントだ!」
アルミナがそう言った瞬間、生徒たちの腕から一斉に盾が離れた。
腕に固定するベルトがみな切られたように千切れてしまって、ガシャガシャと大きな音を立てて地面に落ちてしまった。
「な、なんで!?」「いつの間に……!?」
「おまえら、よそ見したろ。稽古開始だ。制限時間は授業終了5分前まで!」
俺は指先から魔力を弾丸状にして飛ばし始めた。
とたんに訓練場に響き渡る阿鼻叫喚の地獄絵図。
俺の弾丸を食らって悲鳴を上げる者、訓練場から逃げようとするもアルミナの結界に阻まれて絶望している者。
ま、本棚の角に小指ぶつけるくらいの痛みになるよう威力を調節してるんだから、死にもしないしケガにもならないし、うっかりケガをした生徒にはすかさずアルミナが回復魔法をかけてくれている。
「ははは。道場時代を思い出しますよ。懐かしい」
「お前、この稽古嫌いだったよなあ」
「ええ。答えを見つけるまでは苦しかったですよ。でも、この答えは自分で見つけないといけないと今になって思う。それにしても、カリキュラム違反も甚だしい指導だ」
「そうなの?」
「ええ、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんを苦しめるような指導方法は、どれだけ効果的でもこの学院のカリキュラムにはありません」
「じゃあ、剣クラスとか魔法クラスのやつらって」
「実戦どころか、一度も試合しないまま卒業する子も珍しくないですよ。まったく、先生を無理やり採用してよかった。痛快だ」
5分が経過した。
ここまでくると、学びの早い子は答えを見つけ始めている。
俺はそいつらに目星をつけていく。
「3人か。後の2人も、すぐできるようになる。粒ぞろいだな」
そのうちの1人はエメリーだ。
さすがに優秀だ。ある程度パターン化して撃っている俺の攻撃の、そのパターンを読み解いて、避けれるようになってきた。
そして狙うは俺自身。というよりこの腕だ。これを蹴り飛ばして、魔力弾そのものを断とうという魂胆らしい。
「ん~……すばらしい。合格にしてもいいけど、でもダメ。レベル1つアップ」
「はい、ここでいったん私たちがいる場所への攻撃が途切れるでしょ」とエメリーが読んでいるタイミングに合わせて、背中に回して隠していた左手から魔力を発射。
あえなく餌食となり、エメリーは痛みに悶絶することとなった。
「がんばれ~。期待しているぞ」
この稽古の目的は、盾で受け止めるだけが盾の仕事じゃないと気づかせることにある。
あれだけ盾の持ち方ばっかり教えられていたら、盾で自分の身を防ぐことしか思いつかなくなってしまう。
それは盾の、防ぐことの本質じゃない。
防ぐとは相手の攻撃を効かせないことなのだから、例えば避けるのだって防御だ。
「なまじ最初から盾を持っちゃうと、防ぐことに思考が固まっちゃうんだよな」
その思い込みから解かれたのが3人。
俺の腕を相変わらず狙っているエメリー。
完全に受けきる覚悟をきめたのがレキ。
あとの1人は、もうちょっと指導が必要だな。
「ハイ、修了~~」
数十分くらい続けたかな。
もうすぐ授業終了のチャイムが鳴るから、きょうのまとめだ。
「うぅうぅ…」「お助けえ……」
なんだか地獄絵図の様相を呈しているが、別に出血もダメージもないんだからいいじゃねえか。
「はい。今立てている人たちは、立てなくなっている人たちを介抱してくれ。君たちはこの数十分間で大きな学びを得たはずだ。自分なりの防御ってのを掴めたんじゃないか。盾を構えるのはその後でいい」
俺の言葉がすとんと腑に落ちたかどうかはわからんが、まあ、徐々に伝えていくしかない。
俺は終わりのチャイムと共に訓練場を後にした。
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