第5話 的当て
数日学院で生活してみてわかったことがある。
この学校は確かに、剣クラスの天下だ。
その理由はアルミナに聞いた通りこいつらが貴族の子で、学院は彼らの家から多額の寄付を受けているからだ。
「おい!無手の貧乏人が僕の前を歩いていいわけないだろ!」
「ひっ……」
今目の前でも、剣クラスの男子ばかりが廊下の真ん中を歩いて、他のクラスの生徒たちは端の方を肩身を狭くして歩いている。
剣クラスの次にえらいのが、剣クラスの男子を取り巻いている女子たちだ。
彼女たちは魔法クラスに属する生徒たちで、剣クラスの男子と同じく貴族の娘だ。彼女らの家もこの学院に多額の寄付をしている。
なぜ剣と魔法に貴族ばかりがいるかというと、どちらも装備の値段が高いから。装備は本人の手に馴染むのを本人が選ぶのがいいという理由で、入学前に適性のあるものを買うことになっている。
剣も魔法の杖も、それなりのものを買おうとすれば庶民は手を出せなくなる。
庶民が買える武器といえば、棒か盾。それもブロンズ。
だから剣クラスと魔法クラスには金持ちが集まり、庶民は盾を買って盾クラスに行くか、あるいは素手で体術クラスに入学する。
「というわけで、富めるクラスはさらに富み、貧しいクラスは貧しくなる。平等に生徒一人一人に支給するのが学校でしょうが」
剣に限らずこの学院にはそんな優生思想がはびこっていて、ここ盾クラスの棟は学院で一番ぼろい。
エントランスから教室に向かうまでのこの短い間に見つけた床の穴5つ、ネズミ3匹。それと出入り口においてあった苔の生えたでっけえ樽はなんだ。誰か捨てろよ。
「まったくその通りです。私がこのポストに就いたのも今年からですし、頑張ってはいるんですが、平和になって100年も経つと武術の実際の価値が忘れられていっておりまして」
「冒険者や騎士団も貴族の坊ちゃんには遠い世界になっちまったか」
今王国を構成している各地方がまだ独立した国だったころは、戦争もあったし街にモンスターも来ていた。その頃はみんな、闘いとは剣や魔法を振り回しているだけで勝てるものではなく、盾や近接戦闘や騙し討ちなど何でも使わなきゃならないことを当然知っていた。……らしい。俺が生まれるより昔の話だから、これは俺も師匠から聞いたことだ。
でも確かに、現代は、先人の努力によって王国が統一され、モンスターとの住みわけもできるようになった。そんな平和が長く続いたせいで、みんなが闘う必要は無くなって、今じゃ剣や魔法などの見た目華やかな役割だけが評価されている。
つまり世の中の貴族や金持ちは、闘いの経験もないのに威張り散らしているってこと。
「さてと。そんなことよりアルミナ。今日の授業だが」
「いよいよ先生の初授業ですね。私は実技としか聞いてませんよ。なので教材の準備なんてしてません」
「ああ大丈夫。回復魔法だけ準備しておいてくれ」
とりあえず、盾クラスの生徒には中庭の訓練場に集まるように言っておいた。
訓練場といってもまるで中庭に毛が生えたような設備だが、健気に全員集まっていた。
いや、ただ待っているというわけではないらしい。
なんか、よくわからんやつが勝手に俺の生徒を指導していやがる。
「いいですか。あなたたち盾クラスに私が魔法を教えてあげると言っているのです。これが火魔法。身を持って体験してごらんなさい」
その辺にあった台にわざわざ乗って、一つ高いところから大声で語りかける男がいる。
生徒たちはそれを聞いて恐怖とうんざりした気持ちの混ざった顔をする。
「なにしてんだあいつ」
男がかざした手のひらに魔力が集まっていく。
あの感じはファイヤーボール100発分か。
「盾使いは盾を持って攻撃を防ぐこと。まずは、その腕にぶら下げている盾で私の魔法を受けて止めてみなさい!!」
嫌々、という言葉これほど似合う表情と態度もないだろう。
盾の生徒たちはみな防げるわけがないという顔をしているし、実際この数の魔法を防ぐの今のこいつらじゃ無理だ。
「本当に…これがこの学院の実情なんだ」
大体わかった。
今まさに庶民の生徒たちにファイヤーボールを放とうとしているこいつは貴族の先生だろ。
指導の名を借りたいじめだ。
俺は地面を蹴って男に接近。腕を蹴りあげた。
自分が何をされたのか男が理解したのと同時、訓練場の空でファイヤーボールが爆発。俺たちを赤い光が照らす。
「きたねえ花火。使用者の程度が知れる」
じろり、と男が俺とアルミナを交互に見る。
棘のある言葉をかけただけでわかりやすく怒ったな。
「先生!」
「……ん“っん”!」
野太い咳払いをして、初老のジジイが口角を下げる。
男は俺よりも一回りくらい年上で、シャツの襟やジャケットの胸もとに貴族の紋章をつけている。
おそらくこいつ学院のえらいさんだ。
「あなたが、最近アルミナくんが我が学院に招き入れたという特別講師とやらですか…ふむ、いましがたの無礼は大目に見て差し上げましょう。ですが、非常勤講師を雇うくらいの権限を各クラスの先生に持たせる制度の見直しが必要ですね」
「クロード先生!その方はこの学院の教頭先生で……」
俺の代わりに謝罪しようとしたアルミナを俺は制する。
きっちり整えられた白髪混じりの髪、服装から貴族であることがありありとわかる。
「わかっててやった。お前が黙らざるをえないことも」
アルミナは俺より大人だ。
さっきこいつに燃やされていた生徒には、俺より愛着があるはずだろう。
「……よろしい。あなたはこの私が教頭のボンクラーだと知っているのですね」
髪型を整えるボンクラー。なんというか行動の端々からプライドの高さが透けて見える。
こいつ、自分の正しさを信じて疑わないタイプだ。
「あなたたちのように学院での教育を受けていない人種には、私の指導の意味など理解できないでしょう。いいですか。庶民の盾は貴族を守るためのもの。パーティでは剣士や魔法使いに向かってくる攻撃をその身に一心に受けて、彼らの攻撃のチャンスを作る。それが盾クラスの役割でしょう。私はそれを職員室会議後の少ない隙間時間を使って教えてあげているというのに。あなたが、それを邪魔したのですよ!」
「不要だから邪魔したんだ。余計な口出しせずに貴族の仲間とつるんでな」
「田舎教師の分際で私の指導に文句があるとでも?」
教頭はポーカーフェイスを崩さない。が、内心ブチギレていることが目や全身に入った力みからわかる。
俺にバレているようじゃ、実戦経験は少ないな。
さてと。俺は一瞬の間に冷静に頭を働かせる。
教頭がやけを起こして殴りかかってこないのは、俺を追い詰めるに十分な条件を持っているからだ。
こいつはそれを出す機会を待っている。俺が口を滑らせるの待っている。
だったら乗ってやるか。大方このあたりだろう。
「文句なんて、まるであれが指導みたいじゃないか。あれはただのイジメ、体罰だ」
「…………いいでしょう。そこまで大それた口を利くなら、この盾クラスの落ちこぼれたちを一番強いクラスに育ててごらんなさい!できなければあなたはクビです!!」
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