第21話 わがままに
「少し遅かったか」
アステミス地方郊外にある刑務所。
その入口のところまで来た時点で、すでに施設全体が封鎖されていた。
「脱獄か」
「どうします?これじゃあマキシマがどこにいるかわからない」
「いや」
どこから脱獄してくるかがわからないなら追いかけようがないというアルミナに対し、俺は適当な石に腰かける。
目の前には橋が架かっていて、その奥に刑務所の門が見える。
「あいつはここからでるさ」
確信があった。
あいつは玄関から真っすぐ出てくるさ。
しばらくすると雨が降ってきた。
できれば傘が欲しいくらいの強さだ。
だがあいにく傘なんて持ってきてはいないのでそのまま濡れて待つ。
ほどなくしてマキシマはやってきた。
「ほんとにきた…!」
「来るんだよ。あいつはいつだって正面突破だ」
タバコを口に咥えながらいそいそと歩いてきた。
まるで仕事終わりみたいに、傘を差しながら。
「やるわ」
「了解」
アルミナにそう告げると、俺は橋を渡っているマキシマに接近する。
背後でアルミナが盾の結界を発動する気配がした。
市民や環境に被害を及ぼさないため、なによりマキシマを閉じ込めるため。
バン!
歩きながら銃を撃つと、マキシマの顔面に当たって飛んでいった。
銃弾にも俺の存在にも気づいていたマキシマだったが、構わず歩いてくる。
「硬化しっぱなしか。魔力なしの銃弾なんか効かねえや」
マキシマの背後で刑務所が燃えている。
熱気がここまで伝わって、頬がチリチリしてきた。
銃弾には魔力が込められる。魔力のシールドを張ってくる相手に対抗するためだ。
今度は魔力を込めて、マキシマの眼球を狙う。
バン!バン!バン!
眼球に当たりはしたが、それだけだ。
硬いな。あいつ、攻撃魔法何も使えないんじゃないか。
「やっぱさっき買ったような銃じゃだめだな。にしても、眼球をカバーできるってことはきれいな魔力だ」
マキシマのペースは変わらないし、表情も変わらない。
マキシマが傘をたたむ。
もう互いの間合いだ。
にしても瞬きぐらいしろよ。怖いな。
もう少しでマキシマの間合いになりそうだったので、俺はまたしても距離を取る。
川沿いには柵が並べてある。それを一本へし折ってマキシマに投げた。
槍投げだ。
今度はちゃんと魔力を溜めて、マキシマに投げる。
マキシマの表情は微動だにしない。
ただ正面から、歩くスピードも一切変えずに正面から額で受け止めた。
己の硬化という魔力の膜を微塵も疑ってない。
魔力と魔力が激突するときの、金属を削るときみたいな甲高い音が響き渡る。
耳をつんざく音に耐えながら、俺は追撃で2本投げつけた。
一本は左肩に、もう一本は右の腰あたりに衝突。
不快な金属音が三倍になっただけだった。
だがそれも数秒のことだった。
柵3本が魔力の奔流に耐えきれず砕け散る。
あたりに舞う鉄の破片さえ厭わず、マキシマはまっすぐ歩いてくる。
正面から迎え撃つしか、ここまで来たらあいつの流儀に乗るしかないか。
射程圏内まで入ったマキシマが、昨日見たのと同じテレフォンパンチの体勢に入る。
テレフォンパンチというか、砲丸投げ?
とにかく防御を捨てた攻撃全振りの構え。
潔さを通り越して美しささえ感じる。
爆弾でも投げられたらどうすんだ?俺が思い切り剣を振り下ろしたら?
そんな疑問を投げかけずにはいられないフォーム。今のところ俺相手の時しかしていない。
「だが、最後まで待つ気は、ない!」
攻撃の始動の瞬間、後ろ脚から前の脚に重心が移ったタイミングを狙って、膝めがけてストンピング。
こっちの方が早い。
バキッという音がひざの骨の砕けたことを2人に教えてくれた。
マキシマの体勢が傾く、と同時に俺の足首を掴んできた。
マジか。
足の痛みをものともしないマキシマが次にする行動は決まっている。
足首を自分の方に勢いよく引き込んで俺の体勢を崩す。
もうやつの右腕はすでに2発目を打つ準備が出来ている。
時間にして一瞬。
覚悟したときにはすでに胸にパンチが衝突していた。
俺の身体は、浮き上がった後地面に激突。
それでも勢いが死ぬことなく、俺の身体はバウンドしてゴロゴロ転がり、背後の木にぶつかって止まった。
馬鹿げた威力だ…。
魔法以前の、身体に流れる魔力そのもの。
純粋な力をそのままぶつけられたって感じだ。
道を外れることなく出世してれば、いずれは王国一の騎士団長。あるいはSランク冒険者。領地をもらって貴族になることも可能だったのに。
俺は木にもたれかかりながら、立ち上がろうとする。
だがそんなのを待ってくれるやつじゃない。
中腰になって顔を上げた瞬間、顔面にヤクザキックが飛んできた。
続けざまに胴体に再びパンチ。
たった2撃で背後の木がめきめき音を立てて倒れた。
支えを失った俺は地面に倒れる。
これはまずい。
しばらくは相手のターンになってしまう。
うつぶせに地面に俺に向かって、マキシマは踏みつけを繰り返す。
後頭部に、延髄に、背中に。そしてサッカーボールキック。
俺は首に手を当てて保護しながら攻撃が止むのを待った。
それは意外と早かった。
蹴り疲れたマキシマが、しかし肩で息をするのをこらえながら、俺の頭の上から短く問う。
「死ぬか?」
「聞く前に殺せよ。らしくないな」
俺の声を聴いた瞬間、マキシマは俺の胸倉をつかんで立たせる。
そしてそのまま、例のテレフォンパンチの体勢を取る。
「殺される覚悟のあるやつを殺すのは好きじゃないが、それでも俺はお前を殺す」
人を殺すってのに表情一つ動きやしねえ。
それはこいつから感情が欠落しているからじゃない。心の動きを強烈な意志でもって押さえつけているんだ。
この近くでマキシマの瞳をじっと見て、俺はこれから命がけで反撃しなきゃいけないってのに、そんなふうに呑気に考えて……
「!?」
マキシマの目に驚愕の色が浮かぶ。
そして何とか左側を見ようとするが、近すぎて見えない。
「耳の穴にも、硬化をしこんどくんだったな」
俺の声は片方からしかもう聞こえないか。
マキシマの耳に、俺の中指が突き刺さっている。
このまま指先から魔力を放出すれば、こいつの脳みそはかき乱されて死ぬか一生植物人間か。
その可能性ぐらいこいつほどのやつなら理解しているだろうから、ここで止まって……
くれないか。
マキシマは、あと数ミリ指が動けば死ぬっていうのに眉一つ動かさなかった。
さっきと同じように腕を振りかぶって俺の心臓に狙いをつけている。
なら俺もやるしかない。
俺が指に力を込めたの同じタイミングで、マキシマの2発目の拳が俺の心臓に直撃。
またしても俺は吹き飛ばされる。
今度は上空に。
アルミナが張った結界のぎりぎりまで吹っ飛ばされた俺は、地面にたたきつけられた。
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