第2話 王立学院
「ようやく見つけました。あなたが本物のクロードですね」
キリっと真剣な顔をしてそう呟く少女。
この子、下手したらまだ学生じゃないか?
「申し遅れました。わたしは王立学院盾クラス代表、エメリー。このたびアルミナ先生の推薦により、クロード大師匠が我が学院の特別臨時講師として任用されることをお知らせしにきました」
「……は?」
いきなり現れた少女が口にした先生の名は、かつて俺が教えてた子の名前だった。
「急で申し訳ありませんが、飛行船に乗ってください。学院まで同行願います」
「いやいきなりそんなこと……」
「こちら、学院より発行された通知書になります」
孫弟子が掲げるのは、国王と学院長が承認のサインをした依頼書。
なんか俺に学院まで来いって書いてある…!
「依頼じゃなくて実質命令じゃねえか」
もっともだから行くってわけじゃない。
推薦者の欄に書かれたアルミナのサインに見覚えがあった。初めてあいつが街の大会に出場した時、寝ずに考えたとかいって自慢げに披露してきたサインと同じだった。
―――
そして今に至る。
改めて、俺は目の前にいる孫弟子、エメリーを見つめる。
一見、どこかの由緒正しいお嬢様といった感じだが、その実力の高さはさっき体感した。
「しかし、アルミナが王立学院で教師とは。あの頃から優秀だったもんな」
「先生の指導を受けた生徒たちは今や世界中で活躍しています。それによって奇妙なうわさも生まれました。曰く、伝説の英雄たちを育て上げた伝説の教師がいる。このうわさを利用して一儲けをたくらむ輩も世界中に出現した、というわけです」
「ふーん……一儲けねえ……」
教え子たちが伝説の英雄になっているのはわかる。だが俺まで伝説の教師扱いされるのは理解できない。
俺はしがない田舎教師だ。教えていたのなんて子どもの頃の数年くらいだし、英雄になったのはその子たちの才能のおかげだ。
だから。
「ほっときゃそのうちぼろが出て消えてくんじゃないか?」
「最初はアルミナ先生たちもそう考え、放置しておりました。ですが、偽物たちは嘘を隠すためにさらなる噓を塗り固め、強引な手段を取るようになりました。人体実験や洗脳、テロ行為など、もはや無視できない危険さに達しており、学院も国も頭を抱えております。ちなみに先ほど先生が倒した剣の偽物は、剣さえ強ければよいという思想の持ち主でしたので、製鉄所を違法に独占し、そして自分たち以外に剣を売る武器屋や職人の排除を秘密裏に行っておりました。あのまま放置していればクアドラー地方が無政府状態になっていたでしょうね」
思った以上に深刻だ。
「偽物ってのは何人いる?」
「現在各地方に8人。それぞれがそれぞれの達人を育てたと自称しています」
「それぞれの?」
「先生の教えていた武術を極めた弟子に対応しています。剣、槍、銃、盾、魔法、体術、忍術。それぞれにそれぞれの偽物がいます。もちろん、史上最年少で王立学院の教壇に立ったアルミナ先生を育てたと自称する盾の達人も」
エメリーが武術を指折り数えているのを見ると、脳裏に教え子たちの顔が浮かぶ。アルミナが盾の達人ということは、あの子とあの子とあの人もそうなるか…。
「他の子たちのことも教えてほしいんだが……」
「それはアルミナ先生から説明していただきましょう」
気づけば、飛行船が着陸態勢を取っていた。
窓から景色を見下ろしてみると、眼下には歴史を感じる重厚な建物が広がっていた。
「え、もしかして屋上に着陸するの?」
「そうですよ。ようこそ、王立学院武術棟へ」
飛行船は学院の一画の建物の真上で停止すると、徐々に高度を下げ始めた。
ここが、アルミナが代表を務める武術棟というわけか。
飛行船を下りると、すでに先生らしき人が俺たちを待っていた。
ん?
「先生久しぶり~。いやはや、お元気そうで」
そういって親しげに話しかけてきたのは、細身の中性的な女性だった。
まるで歌劇団にいそうなイケメンで、フォーマルな仕事着をカッコよく着こなしている。
「あ、アルミナ?」
「覚えてたんですね。嬉しい限りです」
「いや、見違えたぞ。だって昔はもっとこう」
みんなの輪にも入れない大人しい物静かな子だったのに。
そう思わず言いかけたら、アルミナがグイっと顔を近づけてきた。
「昔の話はシークレットで。だって恥ずかしいやん」
まつ毛の長い流し目でそう言われたら、反論のしようがない。
「アルミナ先生。大師匠の来校だというのに、先生しか出迎えがないというのはどういことでしょう」
「……ん~、さすがエメリーは目ざといなぁ」
「確かに、言われてみれば変か」
アルミナは苦笑いを浮かべて頬をポリポリ掻く。
そもそも、飛行船が着陸したここは、いってみれば裏口じゃないか?本来なら、正門から入るのではないか。
「先生をだますかたちになったのは本当に申し訳ない。けれど、これは私ら英雄が決めたことで……」
アルミナが事情を説明し始めた時、ここの屋上へと続く階段を駆け上がる音が聞こえて、誰かが上ってきた。
「ほぉーう、そちらがうわさに聞く大師匠とやらですかな。その評判に見合わず、凡庸な格好をしてらっしゃる」
そいつは階段を上りきるなり俺に嫌味を飛ばしてきた。
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