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第1話 田舎教師

「いいか!!俺こそが本物の剣の達人クロードだ!!今から俺の名を騙るこのクソジジイをぶった切ってそれを証明してやろう!!


 俺の名前を叫ぶ男が大剣を振りかぶる。

 身の丈は2メートルを超えている。体重は150キロ以上、か。

 レンガの床に振り下ろせば大きな穴が空くだろうな。


「「「いつもの殺戮ショーだ!!クロード!!そんな痩せたジジイの偽物なんて自慢の剣術で潰しちまえ!!」」」


 いつもやってんのかこんなこと。

 

 目のまえの大男が額に血管を浮き上がらせながら剣を振りかぶる。

 だがその実、太った豚が棒きれを振り回しているに過ぎない。

 膨らんだ二の腕、はち切れんばかりの大胸筋。丸太みたいな脚。

 それらすべてが見せかけの筋肉で、剣を扱うためのものではない。


 振り下ろされる鉄の棒を最低限の動きで躱す。シャツのすそにぎりぎり当たらないくらいの距離感。もうこの年になると派手に動くのがつらいだけなのだが。


「しゅっ」


 軽く握った木の棒をがら空きになった男の顎に当てると、カクンと頭が揺れる。

 まだ自分が剣を空振りしたことにすら気づいていない男の顎はとても脆かった。

 

 男はそのまま顔面から地面に激突して、立ち上がることはなかった。

 さっきまで盛り上がっていた観衆たちは水を打ったように静かになった。


「おっと」


 その中で殺気を放っているやつがいたので、そいつに向かって木剣を投げつけた。

 まさか飛んでくるとは思っていなかったのだろう、真っすぐ飛んでいった切っ先が鼻を直撃し、込めていた魔力が脳天を貫いた。


「館長が……」


 あれが本当に館長だったのか。

 とことん使えない野郎どもだな。


 俺は怯えて逃げ惑う下っ端どもを尻目に、この建物の門に掲げてあった「クロード剣術道場」とかいう嘘だらけの看板を叩き斬ってその場を後にした。


 早い話が道場やぶりをしていのだ。


――――――


「このように今この国には先生の偽物があふれかえり」

「実際闘って、寒気がするよ」

「そしてアルミナ先生はそのことに怒り心頭であります」


 アルミナというのは俺のかつての教え子だ。

そして今目の前でコーヒーを飲んでいるのは、彼女の弟子、つまり俺の孫弟子だ。


 カフェの窓から見えるのはクアドラー地方一番の街、テオド。

 俺の村にはないくらい高い建物が林立してその間を広い街道が縦横に走っている。

 これでもアウレウス王国の5地方の中では一番人口の少ない地方府所在地なんだっていうから驚きだ。


「そもそも、なんで俺なんだ?道場生が少なくなりすぎて規模を縮小して田舎に移って久しい俺の偽物?意味が分からないな。弟子たちが大成しているのは、それぞれの才能と努力のおかげだ」

「…聞いていた通り、世間と自分のことに疎い」


 孫弟子に呆れられてしまった。

 どうやら俺が田舎で半分リタイアしている間に世間は大きく変わっていたらしい。

 

 まずは状況を整理しよう。


 俺はクロード。この国の片隅で道場を経営している田舎教師だ。

 いや、正確には一昨日まで教師だった。

 昔は町のはずれで細々と子どもたちに様々な武術を教えていたが、徐々に受講生は減少。それに伴い賃料も払えなくなり規模縮小して田舎に移転したのが10年くらい前。

 健康体操と護身術をメインで講座を開いたりもしてみたが効果はなく、ついに一昨日道場をたたんだのだった。


 それくらいの人物だ。王国騎士団の団長を勤め上げたわけでも、冒険者として世界を股にかけて活躍していたわけでもない。

 憧れてはいたが、入団試験にも受からなかったし、冒険者ライセンスは持っているだけ。資格更新していないからとっくの昔に失効している。

 食い扶持として始めた道場の先生を続けるうちに、気づけば中年にさしかかっていた。自分の人生の限界を見定めて、この先どうするかのあてもないまま、稽古終わりに道場の後片付けをしていた時だった。


「しっ!」


 口の隙間から息を吐く音とともに俺の真上の天井が砕け散って、人が降ってきた。


 鳥や熊の類ではないと思っていた。気配を消して天井を歩いていたから。足音の軽さから予想していた通り、少女だった。


「俺が勝ったら、弁償だからな」


 天井から道場やぶりを仕掛けてきたのは、メガネをかけた細身の少女だ。

 休日の委員長みたいな恰好をしているが、。


「その盾、昔の教え子のに似てるな」


 何より目を引くのが、少女の武器である盾。胸のあたりが隠れるくらいの小さな盾だ。

 これと同じ型の盾を使うのが得意な女の子が昔道場にいたっけな。大人しい子だからと安易に持たせてみたらベストマッチだったのが昨日のことのように思い出せる。


 それがさっきいた場所に突き立てられている。床が砕かれ木の板がめくれあがってしまっている。

 道具の扱いと力加減が絶妙だ。いい師に習っている。


「しゅっ!」


 少女が盾を構えてそのまま突進してきた。

 余計なおしゃべりはしない。ビジネスライクな女の子だ。

 それに、いいスピードだ。正面衝突すれば全身の骨が砕けるだろう。 


だから俺は真正面から走った。

少女の目の奥に驚きが少しだけ見えた。


衝突する寸前、俺はわずかに身体をずらしてぎりぎりで躱す。

その瞬間、少女の脚を払う。


あっぶねえ。少しでもタイミングがずれてたらこっちの脚が折れるとこだった。

それくらい力強い踏み込みだった

 

 少女は横向きの力にあっけなくバランスを崩して転倒。

 すぐさま立ち上がったが、俺は背後で秘密兵器を構えている。

 床を拭くために使っていたバケツだ。


 ポニーテールの頭にバケツをかぶせる。中の水が少女にぶちまけられ、彼女の身体は反射的に縮こまる。

 上手く行った。耳のあるあたりをバケツの上から両方同時にぶっ叩く。


「に“っっっっ!!!」


 奇妙な悲鳴を上げる少女。慌ててバケツを取ろうとするから、盾を握っている方の手から意識が離れてしまった。

その好機を逃さず、手から盾を奪い取って、少女の首もとに突き立てた。


「床の弁償は、勘弁してやるよ」

「降参します。やはり、ここのクロード先生こそ本物」

「……はぁ?」


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