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真夏日の締め切り

作者: 山村

 いつもの曜日のいつもの講義、時間も九十分と変わらない。しかし今日はいつもより長く感じられるのは気のせいではないだろう。それはいつもと比べて内容が詰まらないからか、単に室内が蒸し暑いからか。正解は、圧倒的後者である。これから夏本番にさしかかろうという時期に学生たちは、日に日に煩くなっていく蝉の声を聞きながら過ごしている。

 空調の効いていない室内は地獄と化しており学生は勿論のこと、教授までもがだらけている始末だ。


「……その時の、だな……それは……なぁ、お前ら、暑くね?」

「あついでーす」

「空調どうしたんですかあー?」


 学生の声も心なしか生気が抜けている。暑さで魂までもが溶けかけているのだ。


「空調……空調はなぁ、壊れてんだよ! んだあぁぁっ! 何故この時期に壊れるかね!? 死ねって言ってんのか!? ねぇそうなの!?」


 怒りのままに空調用のリモコンを押すも虚しく空調はうんともすんともい言わない。それを確認してからリモコンに拳を叩きつける。そんなことをしても四日後に業者が修理に来るまで空調は沈黙を貫き通すのだ。

 奇行とも取れる言動もこの教授にとっては茶飯事であり、最初こそ戸惑った学生らも今では日常と化している。慣れとは恐ろしい。

 そんな中、他の学生と同調する様子を見せずただひたすらにペンを動かしている人物が一人。謎の絵が描かれたTシャツにだぼっとしたズボン、金に染めていたであろう髪は生え際から十センチ程黒くなっており所謂プリン頭と化してしまい項のあたりで無造作に結われている。顔立ちはやや幼さを残し、視力の悪さはウェリントンの眼鏡でカバー。はっきり言ってださい。全身から頓着の無さを醸し出す男は蒸し暑さも気にせずにペンを動かしている。

 彼が記入しているのは講義用の大学ノートではなく、一般的に“ネタ帳”と呼ばれるノートである。彼、黄本(きもと)(さく)は学業の傍らで小説家として活動しているのだ。小説家といっても短編集と一冊完結の長編の二冊を出しただけのまだまだ端くれであるが。

 現在は出版社が運営するウェブメディアにて連載を抱えている為、その原稿を書いているの所である。彼自身学業を疎かにしてはいけないのは分かっているつもりだが、レポート課題を山ほど出していたら小説の方の締め切りがそこまで迫ってしまっていのだから仕方がない。それにこの教授の講義ならばいつも後半がコントのような展開になるのを知っている故のことでもある。


「なあ咲、それの締め切りいつ?」

「んー、明後日の夕方に担当がデータ取りに来る」


 隣でこっそりと声をかけたのは高校からの友人の渋谷(しぶたに)。こげ茶色の髪の、人懐っこく明るい青年だ。渋谷が何か手伝うことはあるか尋ねると、彼は手を止め彼を見上げた。


「じゃあ、帰ったら書き終わってるやつからデータ入力してって」

「おうよ! つかさ、データなら取りに来る必要なくね?」

「それは……担当に聞いてくれ」

「担当ってあの優しそうなおじさんだろ」

「あぁ。あの人ああ見えて結構面倒臭がりだからなぁ」

「めんどくさがりがわざわざ人ん家来るかぁ?……咲のこと狙ってるんじゃあ……!?」

「あほか。あの人は既婚者だ」


 過保護というか、独占欲が強いというか。そもそも、こんなお洒落の()の字も興味ない、愛想も良くない人間を好き好んで狙うやつがあるか、と黄本はズレた眼鏡を掛け直す。

 こんなやり取りを毎日のようにしている二人。バレていないのだからこれまた凄い。こんな締め切り前の会話も彼らにとっては日常なのだ。


「そこ! 私語するな!」

「さーせーん! でもセンセーも私語しっぱなしじゃん!?」

「俺は良いんだよ!」

「職権乱用だー!」


 自分と違って渋谷は明るく気さくで愛想も良い。出逢った時分から周りに人が沢山いたような奴が、何故自分を選んだのだろう。黄本は不思議でならなかった。必死に動かしていた手が止まってしまう。


「あははっ、怒られちゃったな!」

「……ふっ。ひろが騒ぐからだろ」


 自分は黄本咲であって彼じゃないのだから考えても仕方がない。人の気持ちを表現する人間が最も身近な、恋人の気持ちも分からないなんて笑い草だ。黄本は秘かに自嘲すると再びペンを動かした。

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