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第54話 女騎士の報告


 ――数日後。


 俺は王樹に戻っていた。カリファ聖王国の仲間たちとともに、イリス姫も引き続きここに滞在している。


 書記官キリオが懸念していた、()()()()()()()()

 これまでの元聖女エリス・ティタースの所業を考えると、放置することはできない。

 俺はルウやリーニャ、動物たちの協力のもと、姿をくらました取り巻きの探索を行っている。


 一方のキリオは王都に戻り、そちらで調べてみると言っていた。

 エリスたちの企みが何なのかわからない以上、カリファの聖森林と王都の両方をカバーする必要がある。


 今のところ――カリファ聖王国側に異状はみられない。聖女騒ぎも落ち着き、平穏を取り戻している。

 キリオからの報告は、まだない。


「しばらくは待ち、か」


 近くの水場で顔を洗いながら、俺はつぶやいた。せせらぎに自分の顔が映る。ここ一、二ヶ月ですっかり精悍せいかんになったと自分でも思う。水面で揺れる表情は浮かないものだったが。


 ――元聖女を悪夢の樹で封じた場所へは、定期的に様子を見に行くようにしていた。

 正直気分のいいものではないが、取り巻きたちがエリスの身体を奪還する可能性はゼロではない。警戒しておくにこしたことはない。

 ま、アリアに言わせれば「あいつにそんな人望、あるわけない」とのことだった。同感ではある。


 エリスがあのような状態になったことで、アリアの身体には若干の変化が起こっていた。呪いで黒く染まっていた肌が、心なしか元の色を取り戻したのだ。

 良いことなのだが、当のアリアはあんまり喜んでいる様子がなかった。肌の色など今となってはどうでもいいらしい。たくましいことだ。


 ……これまでエリスの呪詛で操られていた人間たちにも、なにか変化があったのだろうか。これを機に正気に戻り、エリスと縁を切ってもらえるとありがたい。


「まったく。ことが終わっても厄介ごとを残してくれたものだな。あいつ」


 とにかく、今は報告待ちだ。それまでイリス姫を護るのが、当面の俺の仕事だろう。


 上を見上げる。梢の間から鮮やかな陽光が降り注ぐ。きらきらして、長閑のどかで、平穏だった。

 風の音を聞く。ゆっくりと深呼吸して、新鮮な森の空気を吸い込んだ。

 このまま何事も起こらず、スローライフが満喫できればいい。

 そう思った。


 ――ふと、風の向きが変わった。

 がさがさと草木を揺する音がする。直後、巨大な狼が俺の前に現れた。


 俺は笑顔でねぎらう。


「お帰り、リーニャ。今日も異常なしか?」

「にゃ。主様の言うとおり。ちょっと退屈」


 神獣形態のリーニャがぶるると身体を震わせて言った。よく見ると体毛に小さな水滴が付いている。……水浴びでもしてきたか? まあいいけど。


「リーニャーッ!」

「リーニャさーん!」


 アリアとイリス姫が走ってくる。なぜか息を切らせていた。

 彼女らはリーニャの隣まで駆け寄ると、広場まで神獣を誘導しようとし始めた。


 ……なんとなく、嫌な予感がした。


「ああもう、またそんな風に身体びしょびしょにして。いくらその姿が楽だと言っても、はしゃぎすぎでしょうが」

「そうですよ。さ、あちらでお身体を拭きましょう。私たちがお手伝いしますから」

「ヤ」


 リーニャはきっぱり言うと――でかい図体のまま俺にのしかかってきた。


「このまま主様のとこで寝る」

「お、おい。……って、まさか」


 銀色の耳と尻尾をふぁさっと動かした直後、リーニャの全身が光に包まれる。

 覚えがあるぞ。成れ果てドラゴン戦の後だ。

 いや待て。確かリーニャの奴、人間の姿に戻ったときの格好って――。


「主様、おやすみなさい」

「おおい! 待て、起きろ! 自分の格好に気づけ!」


 リーニャさん、服! 服!

 俺が創った衣装を後生大事にしてくれるのは嬉しいが、その服、変身直後は修復しないんだってば!

 このときになってようやく、俺はアリアたちが焦っていた理由に気づいた。


 大賢者サマが大きな大きなため息を漏らす。こちらを見下ろす目が非常に冷たかった。


「ラクター。あんたさ……濡れ肌すっぽんぽんの獣人娘をはべらすのが趣味なワケ?」

「誤解だ!」

「勇者よりキッツイんですけど」

「頼むから奴と比べるのだけは止めてくれ。本気でへこむ」


 真顔で主張すると、アリアは視線をフイと逸らした。さすがに言い過ぎたと思ったくれたらしい。


 一方のイリス姫は、見ている方が気の毒になるくらい動揺していた。


「えと、えっと! どうしたら、こういうときどうしたら。ラクターさんも男性ですし、この聖王国の王なのだから女性のひとりやふたり……いえ、でもラクターさんは……あああ」


 何でもないから落ち着いてくれ、となだめたとき、もうひとり新しい人物がやってきた。

 イリス姫の近習きんじゅう、女騎士のスティア・オルドーである。

 彼女はイリス姫の護衛のために、こちらに残っていた。


 長身の凜々しい女騎士は、恭しく主君の細肩に手を置いた。


「姫様。この不肖スティア、姫様のために良い方法を思いつきました」

「本当? 教えて、スティア」

「実に簡単なことです。()()()()()()()()()()()

「…………え?」

「リーニャ殿の柔肌はいかにラクター陛下といえど目に毒。ならば姫様の尊いお召し物で隠して差し上げるのが良きです」

「そ、そうですね?」

「代わりに姫様の柔肌を見せつければ、姫様の好感度も天空超突破し一石百鳥。一週間は鳥肉に困りません」

「そ、そうなんでしょうか? え、ひゃく?」

「さあ、くご決断を。私も今か今かと楽しみにしておりますゆえ」

「え? え? ええっ!?」


 ――俺は無言でリーニャを脇にどかし、自分の上着を脱いだ。それを受け取ったアリアが、これもまた無言でリーニャの肌を隠すように丁寧に着せる。もちろん水滴は綺麗に拭き取った上で、だ。


 ここ数日で完成を見た、息の合ったコンビネーション。


「アリア。お前は姫を。俺はこの変態脳筋を黙らせる」

「了解。騎士の世界は男女平等よね」


 これもまた息の合ったやり取りでうなずき合う。お互い瞳に力はない。


 ぴしりと敬礼した女騎士は、凜々しい表情のまま言った。


「ご報告します陛下。私の頭はとても硬いです」

「やかましいわ」





  


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