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第15話 純白の子


 リーニャの先導で、生娘――もとい、来訪者の元へ。

 神獣少女の足は、レオンさんの新拠点にまっすぐ向いていた。

 俺は肩の力を少し抜いた。


「もしかして、レオンさんたちが帰ってきたのか? 確か幼い娘がいるって話してたが」


 それなら安心である。しかし生娘はだいぶアレな発言だぞ。

 リーニャは少し考え、首を横に振った。


「レオンの匂いも感じるけど、それとは別」

「なに……?」


 つまり、誰かに新拠点が見つかったということか。

 俺は表情を引き締めた。


「リーニャ、人数はわかるか?」

「ひとり」

「たったひとり? どういうことだ」

「あと、いっぴき」


 ……ますますわからない。


「観光に来るような場所じゃないぞ。冒険者……にしても、聖森林の奥地にひとりといっぴき? リーニャ、警戒は怠るなよ」

「うん。でも、そんな心配いらないかも。悪い匂いじゃない」


 くんくんと匂いを嗅ぐ仕草。


「食べたらおいしそう」

「いやだから」

「こっち。主様」


 リーニャが俺の手を引き、進路変更する。新拠点への道とはまた別の方向だ。

 草地をかき分け歩いていく。隠れる気が一切ないリーニャの歩調に、本当に脅威ではないんだなと感じた。

 無辜むこの旅行者が神獣の餌食にならないようにしないと……。


 しばらく進むと、水音が聞こえてきた。

 そうだ。確かこの先は川が流れていた。


 耳を澄ませる。

 川の流音に混じって、かすかに人の声がする。慌てているような、警戒するような。こちらに気づいたのか。


「主様」

「リーニャ、もう少し静かに――」

「あれって、大事なもの?」

「は?」


 警戒するでもなく、警告するでもない、ただただ興味本位にたずねてみた――みたいな口調だったから、俺は何の気なしにリーニャの指先を目で追った。

 女性ものの衣服と下着一式が枝にかけられていた。


「は!?」


 純白でした――じゃなくて。

 待て。じゃあこの先にいるのは――!?


「そ……そこにいるのは、だ、誰、ですか……?」


 わずか樹一本隔てた向こう側。

 川の真ん中で水浴びをしている女性が、ひどく怯えた声で誰何すいかしてくる。


 俺は川に背を向けた。口元に右手を当てる。

 混乱しかけた思考を必死になだめ、考えた。


 この、自信なさげで、でも優しく柔らかな声は。

 いや、あり得ないだろ。なんで。なんで()()()がこんな場所にいるんだよ? おかしいだろ。

 落ち着け。きっと声が似てるだけの別人だ。


 ――そういえば、さっきチラッと見た女性ものの服。王宮で見たことがあったな……。

 いや。嘘だろ?


「うぉふっ」

「そこのホワイトウルフ。待った。主様に声をかけるなら、一番のしもべであるリーニャにまず挨拶するの」

「うぉふ」

「よろしい。お前、話わかる良い子。リーニャはそういう子、好き」


 リーニャが何かと話してる。

 俺は恐る恐る、視線を足下に向けた。

 すっごく見覚えのある白オオカミ――ホワイトウルフが、尻尾を振りながらこちらを見上げていた。


「お前……まさかパテルル? ってことは、あそこにいるのは本当にホントの」

「ラクター、さん?」


 樹を隔てて、すぐ向こう側。

 白い肢体をかろうじて隠しながら、黄金色の髪もまぶしい美少女が俺を見つめていた。

 見覚えがあるなんてもんじゃない。俺はこの人に、いつか礼を言おうと思っていたのだ。


「イリス、姫様?」

「ラクターさんッ!!」


 王宮では穢れなき白花と讃えられる美しい姫君。

 少し気弱で純粋な彼女が、一糸まとわぬ姿で俺に抱きついてきた。


「ラクターさん。会いたかった!」


 嗚咽まで聞こえてきて、俺は大いに混乱した。

 安易に抱きしめ返すわけにもいかず、ただ戸惑う。

 その様子をじーっと見ていたリーニャが、何かに納得したのかうなずいた。

 俺の胸の中で泣き続けるイリス姫の肩を、ぽんぽんと叩く。


「よい心がけ。リーニャ感心」

「え……?」

「主様へのにえとして自らを差し出す。しかも食べやすいように裸。人間にしては見上げた忠誠心」

「にえ? はだ、か?」


 泣き止んだ姫。タイミング悪く俺と視線が合ってしまう。

 俺はゆっくりと、すっごく気を遣いながら、顔を逸らした。

 イリス姫が震え始める。


「き――きゃあああああああぁぁぁっ!?」



◆◇◆



「本当にごめんなさい、ラクターさん……」

「いや。俺ももっと早く声をかければよかった。申し訳ない」


 倒木の上に少し距離を開けて座る俺とイリス姫。

 もちろん、着替えは済ませている。


 王宮の外だからか、それとも俺自身がまだテンパっているせいなのか、つい、いつもの口調で応えてしまう。

 気まずげに指先で頬をかく。すると、イリス姫がくすりと笑った。


「よかった。いつものラクターさんです。そちらの言葉遣いの方が落ち着きます」

「それは……普段から俺が無礼を働いているということでは?」

「そんなことないですよ。ふふふ」


 ひとしきり笑った後、おもむろに姫様は俺に向き直った。


「ラクターさん。私、あなたにお詫びしようと思っていたのです」

「お詫び?」

「手紙と……追放の件で」


 深く頭を下げようとする彼女を、俺は押しとどめた。


「よしてくれ。俺は勇者パーティから抜け出せて、逆に喜んでいるんだ。これでようやく自由だってな。むしろお詫びしたいのはこっちの方だ。姫様にはいらぬ心労をかけてしまった」

「ラクターさん……」

「ところでイリス姫。あなたのような人が、どうしてこんなところに。まさか、お詫びを言いに来ただけというわけではないだろう」

「そ、それは」

「もしかして、王宮で何かあったのか? 命を狙われた、とか」

「いえ! そんなことは」

「そうか。よかった。あなたには優秀な護衛が付いてるから大丈夫と思うが」


 俺は地面に座るパテルルを撫でた。


「何か困ったことがあれば言ってくれ。俺は、あなたの一生懸命なところを買ってるんだ。力になるよ――って、俺ごときが何を偉そうにって感じかな」

「そんなことありません!」

「そんなことない、主様」


 イリス姫とリーニャ、左右から同時に否定され、俺は目を白黒させた。


「ラクターさんはすごい方です!」

「そう。主様はすごい人。リーニャが保証する」

「わ、わかった。わかったから落ち着いてくれ」


 身を乗り出す二人をなだめる。

 ふいに、脳裏に軽やかな笑声が響いた。


『ラクター様はすごい方ですよ。女神の折り紙付きです』

「アルマディア……ずっと黙っていたと思ったらお前もか」


 げんなりする俺に、イリス姫がたずねる。


「ラクターさんは、どうしてここに? お連れ様は獣人族――いえ、もっと高位存在の方ではないですか? それに先ほど、アルマディア、と」

「ああ。それはな」


 俺はここまでの経緯を簡単に説明した。


 奴隷として放置されていた女神を助け、【楽園創造者】の力を得たこと。

 リーニャは神獣オルランシアの若きリーダーであること。

 現在は彼らとともに、カリファ聖森林の復活に励んでいること。


 一通り聞き終えたイリス姫は、じっと俺を見つめてきた。

 そしておもむろに、俺の手を両手で握った。柔らかで、細い指が包み込み、ほんのりと温かい感触が手のひら、手の甲に広がる。


「私は、何度でも言います。ラクターさんは、すごい方だと。無能なんかじゃない。世の中に必要な方だと。私は」


 顔を伏せる姫。


「あのスカル・フェイスよりも、あなたの方が勇者にふさわしいと――」

「姫様。それ以上はダメだ」


 やんわりと、握った手をほどく。


「王族が、まがりなりにも勇者の称号を持った男を否定しちゃダメだ」

「ですが。ですがっ」

「だから、たまに俺に愚痴を言うくらいでとどめておくこと。いいね」


 片目を閉じる。


「あの自惚れ勇者への愚痴なら、大歓迎さ」

「……ふふっ!」


 イリス姫の表情がほころんだ。ふたりで笑い合う。

 そうだ。そうだったな。

 イリス・シス・ルマトゥーラ姫は、こういう笑顔が似合う女の子だった。


「ラクターさん」

「ん?」

「私、ここでずっと暮らしたいです」

  


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