5.配信を始めよう
先日、早々にレベルキャップに到達してしまい、冒険の面でやることが無くなってしまった。こうなれば、色々と新要素に触れて行くことにしよう。
まず職業が大きく増えた。ベータテストでは戦闘職6・生産職3の合計9職だったのが今では戦闘職18・生産職6の計24職にまで増えた。その理由は、主に種族固有の職業が追加されたこと。これはベータテストの段階で示唆されていたことで、冒険の幅がぐっと広がることになった。
例えばエルフであれば長弓手、鬼であれば武士など。その中でボクの種族である妖狐には、「巫女」という職業が追加されていた。しかしながらこれらは完全な固有職という訳ではないようで、特定の条件を満たせば異なる種族でもその職業に就くことができるそうだ。このことはSNSで変態プレイ(褒め言葉)をしていることで有名な人が解明した。
「巫女、なるかなぁ」
ボクは熱心な神道の教徒ではないけれど、巫女というものには一定の憧れを持っている。というか、「狐巫女」というフレーズに興味を示さない人は少ないのではないだろうか。
「神社は・・・東側か」
このウノの街には、神社がある。お世辞にも立派な、とは言えないがこじんまりとしていて日本人が好きそうな神社。
「さて、それじゃ行きますか」
ボクは3本に増えてさらに目立つようになった尻尾を揺らし、神社へ歩く。やはり道ゆくプレイヤー、さらにはNPCからもなんだあれはというように視線が浴びせられる。・・・注目されるのは慣れたけど、やっぱり恥ずかしいな、これは。
しばらくして。
「ここが・・・。というか、稲荷神社だったのか」
ベータテストでは進入不可地域となっていた神社へ足を運ぶと、それは狛犬の代わりにお狐様が鎮座している稲荷神社だった。さらに、京都の伏見稲荷のように赤い鳥居が幾つも連なっている。ティザー映像で見たのはほんの一部だけだったのでこれは驚きだ。・・・いや、妖狐が巫女になるために赴く必要があるのだから、当然といえば当然かもしれない。
「お邪魔します」
ボクは鳥居で一礼して、参道の端を進む。
鳥居の間から銀杏の枝が見え隠れしている風情を感じる参道を進むと、本殿に到着する。製作したのが日本企業ということもあってか、本殿はなんとも趣のある建物だった。
巫女への転職条件は神社へ参拝することとあったけれど、その詳細はあまり分からなかった。ので、とりあえず拝んでおこう。
2礼。2拍手。1礼。
神社へ参拝する時の一般的な作法。でも島根の出雲大社や、大分の宇佐神宮など、祀られている神様の力が強い神社や歴史上重要な神社ではこれが増える。
そしてこの時、実は願い事をするのでは無く、神様へご挨拶をするのだ、と昔どこかの動画で見た記憶がある。「私はこういう者で、このようなことをしようと思うので見守って下さい」と念じるらしい。
それに倣い、ボクも実践してみる。
(私はモミジと申し、この地で巫女への就職をしようと思っておりますので、どうか私を見守って下さい)
「貴女は巫女への就職を希望しているご様子。なれば、この私めがその素質を見極めて差し上げましょう」
不意に背後から声が聞こえ、びっくりして振り向くとそこには巫女服に身を包んだ女性が立っていた。
「あ、あなたは・・・?」
ボクがびっくりした理由は、突然後ろから声をかけられたからではない。いや、少しはその理由もあるけれど、主にそうではなくて、ボクがこの神社へ足を踏み入れた時、そこには誰も居なかった。拝殿や本殿はおろか、ほかの建物にも人の気配が無かった。ではこの人はどこにいたというのだろうか。
「申し遅れました、私はカエデ、ここにおわしますイナリ様が巫女にございます」
「カエデさん。ボクはモミジです」
「モミジ様、ですね。・・・おや、貴女は立派な尾をお持ちの様子。3本とまだ成長途中ですが、貴女の纏う気は確かなようですね」
「?あの、巫女になるにはどうすれば?」
さっき何やら素質を見極めるとか言っていたのだけれど、何をすれば良いのだろうか。
「そうでした、貴女の素質は確認しましたので、早速イナリ様にお伺いを立てることにしましょう。・・・イナリ様、お客です」
「ん・・・ふぁ、どうしたのです、カエデ。来客とは珍しいですね」
本殿から1人の女性が眠そうに出てくる。その姿を見てボクはいよいよ口を開けて驚いたのだけれど、彼女は9つの尻尾、つまり九尾の妖狐だった。
「は、実はこちらのモミジ様が、巫女になられたいと」
「あら、わたくしの巫女に?・・・ふむ、確かに条件を満たしていますね。ではモミジ殿、そこで動かないで下さい」
「は、はい。分かりました」
イナリと呼ばれたその九尾の妖狐は両手をかざし、何かを唱えた。
「はい、これで貴女は巫女となりました。スキルが増えている筈です。ふわぁ、久々に力を使うと眠くなってしまいました。カエデ、私は一眠りします。モミジ殿、御武運を」
そう言ってイナリさんは奥へ引っ込んだ。
「モミジ様、こちらを」
カエデさんからアイテムの譲渡を表す黄色の光球が。受け取るとそれは巫女装束一式だった。
「単体では弱い装備ですが、一式揃えることでセットボーナスが発生します。御武運を」
「ありがとうございます。それでは、お世話になりました」
ボクが頭を下げると一陣の風が吹き、頭を上げるとそこには誰もいなかった。
しばらくして。
ボクは既に川沿いのホームを購入しており、少々値段は高いけれど序盤なのもあって買えないほどではない。ここではホームでできる一般的なことに加え、『釣り』ができる。そのため釣ったばかりの新鮮な魚がすぐに調理していただける。
「そういえば、配信ができるんだったね」
色々なことがあり過ぎて忘れていたけど、ボクがやろうとしていたことに配信があった。昔から配信はよく見ていたし、いつかはやりたいとも思っていた。それが機材を揃えることなく簡単にできるとあれば。やるしかないよね。
「ヘルプ・・・配信のやり方・・・あ、あった。え〜と、何々・・・。メニューの画面録画から配信マグ呼び出し・・・、設定して配信開始、と。意外と簡単にできるね」
早速メニューを開き、画面録画>配信マグ呼び出しを押して配信マグを呼び出す。それはプロペラのないドローンのような形で、カメラとスピーカーが付いていた。
「設定・・・、チャンネル名は・・・。うーん・・・、『お狐もみじ』でいいや。ちょっと緊張するけど、どうせ人も来ないだろうし、冒険しない配信なんて誰も見ないでしょ。配信開始!」
するとマグの正面右側に赤いランプが点灯し、配信中であることを示した。
「さて、人が来るまで釣りでもするとしようか。・・・いや待てよ、まだスキルの確認をしてないや」
プロフィールを開くと
------------
プレイヤープロフィール
name:モミジ
gender:♀
race:妖狐
ステータス
ATK:63
DEF:75
AGI:84
DEX:69
LUK:43
Lv.30/30(max)
スキル
『狐火』『狐召喚』『癒しの護札』『氷結札』『暴風札』
『巨大狐火』『妖狐召喚』『夢想封印』
職業:巫女
装備:鉄の扇(紅葉)・巫女袖・袴・小袖
セットボーナス:巫女服・全ステータスに+3
------------
「中々に強くなっているけれど・・・最後のスキルは大丈夫なのかな?すごい見たことあるんだけど」
内容も前方に爆発×4ときたもんだから尚更。
と、ここで視聴者数を見ると1人ついていた。祝うべき初の視聴者だ。
「いらっしゃい、つまらないかもしれないけれどよかったら見ていってくれ」
『先輩配信始めたんですね!毎回見ます!』
マグが自動読み上げ機能でコメントを読む。
「その呼び方、トウカかい?」
『はいっ!通知が来たので飛んできました!』
「成程、フレンドには通知が行くようになっているのか」
その後2人で色々と話している配信が続いたことは、言うまでもない。
「と、そろそろいい時間だね。終わろうか。それじゃ、また次回」
『はい、先輩!』
配信終了を押してランプが消灯したのを確認。最終的な同接数は4だった。
・・・4!?
「うわ、トウカ以外にも見てくれてたのかぁ。全然気づかなかった」
次からは注意しよう。