第7話 竜殺し
「ほっほっほっ。 馬鹿よのぉ。 本当に食われおった。」
高台から街を見下ろすレミファは、片手で口元を隠し、楽しそうに笑う。
「トーシローの骨の砕ける音が、ここまで聞こえてくるようじゃの。」
コドモドラゴンが口をもごもごと動かし、咀嚼する。
レミファは、しばらくコドモドラゴンが咀嚼する様子を眺めていた。
そうして、飲み込まれるのを見届ける。
「ここまで妾の言う通りにするとは、本当に馬鹿正直な奴じゃ。」
口元を隠していた手を下ろす。
「そういう所がほんに可愛いのぉ。 ふふ……、愛い奴め。」
レミファの瞳が妖しい光を湛える。
「ならば、妾も主として応えねばなるまいの。」
そうして、真っ直ぐにコドモドラゴンの腹を指さす。
「我が愛おしき眷属よ。 今一度立ち上がるが良い。 【復活】!」
レミファが命じた瞬間、トーシローが蘇り、繋がりが確立されたことを感じる。
「ぶはあっ!? なん、何だこりゃ!? 真っ暗で、なんかぬちょぬちょする……。」
トーシローの声が届き、レミファは口の端を上げる。
「復活したようじゃな。」
「レミファ!? 何!? どうなってんの! ていうか、ここどこ!?」
状況が分からず混乱するトーシローに、レミファが楽しそうに伝える。
「そこはコドモドラゴンの腹の中じゃ。 無事に入り込めたの。」
「腹ぁ!?」
トーシローが素っ頓狂な声を上げる。
「何で腹ぁ!? って、さっき食われ――――。」
「さあ、トーシローよ。 ここから反撃じゃぞ。」
トーシローの言葉を遮り、レミファが宣言する。
「目に物を見せてやるが良い。 【爆発】!」
レミファの命令と同時にトーシローが爆発し、コドモドラゴンの腹が一瞬膨れる。
若干の時間差で、微かにボフッという音が耳に届く。
「ふむ。 中々どうして。 さすがは頑丈さに定評のある地竜だけはあるの。」
コドモドラゴンの口から、微かに煙が上がっているのが見えた。
そんなコドモドラゴンを、レミファは冷めた目で眺める。
「もう少し、トーシローに頑張ってもらうかの。 【復活】!」
レミファは再び眷属を蘇らせる。
「がはっ!? な、なな、何!?」
「すまんの、トーシロー。 思ったよりも頑丈な魔物じゃった。」
「何、言って――――。」
「さあ、もう一発喰らわせるのじゃ。 【爆発】!」
ボフ……。
今度は、さっきよりもコドモドラゴンの腹の膨れ方が大きい。
そして、口から上がる煙も明らかに多くなった。
「しぶといのぉ。 まだ死なんのか。 【復活】!」
「げっほげほ、ごふっ!? レ、レミファ!? お前、何やって――――。」
「【爆発】!」
ボフ……。
今度は、コドモドラゴンの背中の方まで大きく膨れる。
だが、やはりまだ倒せないようだった。
「やれやれ。 何度も妾にトーシローを犠牲にさせおって。 心が痛いのぉ。 【復活】!」
「ぐふぅっ!? レ、ミファッ! お前えぇぇええっ!」
「さあ、もう少しじゃ。 頑張るのじゃぞ、トーシロー。」
「ちょっ!? 止め――――!」
「【爆発】!」
ボフンッ!
鈍い破裂音が、はっきりと耳に届いた。
見ると、コドモドラゴンの腹が破れ、背中にも穴が空いたのか煙が上がっていた。
「おお、喜べ、トーシロー。 ついにやったぞ。」
街の広場では、歓声が上がっていた。
「ほっほっほっ。 皆も喜んでおるようじゃぞ。 のう、トーシロー。」
そこでレミファは思い出す。
「おっと、そうじゃった。 妾一人で喜んでもしょうがないの。 今日の主役を蘇らせなくてはな。 【復活】!」
レミファは満足そうに微笑み、己の眷属を蘇らせるのだった。
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「げほげほっ、うげえ~……。」
俺は何だかよく分からないぬちょぬちょした所から、何とか這い出した。
さっきまでは真っ暗で何が何だか分からなかったが、今はとりあえず光が入ってきている。
なので、俺はその明るい所まで、力を振り絞って進んだ。
装備品がすべて無くなってしまったようで、今の俺は素の状態だ。
大して運動もしていないので、おそらく凡人以下の体力しかないと思う。
少し足場のしっかりした場所に辿り着き、よろよろと立ち上がる。
そうして、薄暗い場所から、明るい場所に出た。
「出てきたぞおーーーーーーーーっ!」
「無事だったかぁ!」
「すげえじゃねえか、お前っ!」
眩しさに一瞬顔をしかめるが、すぐに状況が分かった。
俺はコドモドラゴンの腹から這い出してきたのだ。
周囲には何人もの厳つい男たち。
だが、みんな満面の笑みだ。
男たちのうちの何人かが手を貸してくれて、俺はようやく地面の上に立った。
「あんちゃん、若えのになんて強さだ。」
「俺は正直、もうだめだと思ったぜ。」
「腹の中から竜を倒すなんざ聞いたことねえぞ!」
ん?
竜を倒す?
誰が?
俺は振り返り、コドモドラゴンを見る。
腹が破裂し、一目で絶命しているのが分かった。
「新しい英雄の誕生だ!」
「”竜殺し”だ!」
そう言って、男たちが俺の背中をバンバン叩く。
へ?
何で俺が倒したことになってるの?
「ほっほっほっ。 やったのぉ。」
「レミファッ!?」
俺は大声を出しそうになり、慌てて声を抑える。
「レミファッ! お前、俺に何しやがった!?」
「んー? 何とは何じゃ?」
レミファの、何とも気の抜けた声。
「迷宮内じゃないと、力が使えないんじゃないのか!?」
「そうじゃの。」
「それじゃあ、さっきのは何なんだ!?」
「トーシローはさっきから、何の話をしておるのじゃ?」
何で分からねえんだよ!
俺とレミファの間の温度差が激し過ぎる。
「俺だって分からねえよ! どうやってコドモドラゴン倒したんだよ!」
「ああ、そのことか。 トーシローに命令しただけじゃの。」
「………………は? 命令?」
事も無げなレミファの声が耳に響く。
「眷属に命じておるだけじゃ。 迷宮も力も関係あるまい。」
命令してる、だけ……?
「…………それじゃ、何か? 俺はお前が命令したら、死んだり爆発したりすんのか?」
「当たり前じゃ。 主の命令じゃからな。」
俺はその場に崩れ落ちた。
「ああ!? 英雄さん!?」
「誰か、担架だ! 担架持って来てくれ!」
「しっかりしろよ! すぐ治療してやるからな!」
戦いで力尽きたと勘違いした街の人たちが、大慌てで担架を用意する。
「だから聞いたじゃろうが。 『死ぬ覚悟はあるか?』と。」
「…………それ、言葉の綾じゃないのかよ。」
知りたくなかった衝撃の事実に、俺はそのまま眩暈を起こし倒れた。
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「どうぞ、ご覧ください。 こちらなんて如何でしょうか。」
目の前にあるのは、大きなお屋敷。
「いやあ、”竜殺し”に相応しいお屋敷となりますと、今はご用意できるのがこちらだけでして。」
そう言って不動産屋に案内された屋敷は、どう見ても部屋数が二十か三十はありそうな大豪邸だった。
絶対、もっと普通の家あるよな!?
レミファの命令によりコドモドラゴンを倒したが、あの場には俺しかいなかった。
傍目には、どう見ても俺が腹の中からコドモドラゴンを攻撃し、倒したようにしか見えなかったのだ。
そのため、俺が”竜殺し”なんてご大層な称号を貰うことになってしまった。
「ふむ。 悪くはないが、庭が妾の好みではないのぉ。」
「申し訳ありません。 すぐに庭師を手配します。」
なぜか、当然のように屋敷にケチをつけるレミファ。
それ、もう買うこと前提になってるよね!?
そして、俺が貰ったのは称号だけじゃない。
どうやら倒した魔物は倒した者の物になるという決まりがあるようで、コドモドラゴンは俺の物ということになった。
だが、あんな物貰ってもどうしようもない。
なので、放棄しようと思ったのだが。
「でしたら、私どもに引き取らせていただきたいと――――。」
「いやいやいや、私どもの方が高く――――。」
「ここは是非、安心と信頼の――――。」
と、道具屋だの買取屋だのが殺到してきた。
どうやら、ドラゴンは鱗一枚でも高く売れるらしい。
他にも肉、骨、牙、爪などなど、捨てる所がないというくらいに何でも引き取ろうとしてきた。
変に騙されるのも腹立たしいが、信頼できる店など分かる訳ない俺は、コドモドラゴンとの戦闘で話しかけてきた大剣持ちの人相の悪い男に任せた。
他にも数人、俺がコドモドラゴンの腹から出てきた時に手を貸してくれた人たちなどに声をかけて、一人鱗一枚でお願いした。
そうしたら、何だか莫大な金額になったらしい。
(どうせ迷宮に戻るんだから、金なんかあんまり持ってても仕方ないよな。)
と思っていたのだが、
「しばらくは外で暮らすのも悪くないの。」
などとレミファが言い出した。
不動産屋が屋敷の右にある林を指さす。
「あちらの林の中に専用のテニスコートがございます。 あちらの建物は温水プールとなっておりまして――――。」
「おお、トーシロー。 温水プールがあるそうじゃぞ。」
何でそんなに乗り気なんだよ。
俺はレミファの首にがしっと腕を回し、引き寄せて小声で言う。
「まじでこんなの買うの!? 帰ろうよ、居住空間に!」
「帰るくらいいつでも帰れるであろう? ならば、稼いだ金をぱぁーっと使うのも一興よのぉ。」
そう、レミファは楽しそうに笑う。
「こちらの建物は――――。」
「ほうほう、それは良いのぉ――――。」
不動産屋の説明とレミファの楽し気な声を聞き流し、俺は大きく溜息をつく。
「……まあ、いっか。」
いろいろ思うところはあるが、何をどうしたって俺がレミファの眷属であることに変わりはない。
そして、眷属にならなければ、とっくに俺は死んでいるのだ。
ならば、レミファのお遊びに付き合ってやるのも悪くない。
どうせこの”生”自体が余禄のようなものなのだから。
俺はレミファを見る。
何やら熱心に不動産屋と交渉しているようだ。
「プールがあったって、水着が無いだろ。」
俺はレミファに話しかけた。
レミファが振り返り、俺ににんまりと笑いかける。
「この間のがあるじゃろ。」
この間?
「あっ! お前、あんなの着て泳ぐ気か!?」
普通に泳ぐだけでポロリンするだろ、あんなの。
「嫌いじゃなかろう?」
「嫌いじゃありません。 てか、大好きです。」
そんな俺の答えに、レミファは満足そうに微笑むのだった。