第6話 折れる剣とレミファの秘策
いつもの眩暈のような錯覚を越え、コドモドラゴンの横の建物に移動した。
建物の陰から様子を窺う。
間近で見るコドモドラゴンは、本当に大きかった。
人一人くらいは、簡単に丸飲みできるだろう。
(いつも大きい魔物の相手はしている。 ……誘い込むだけではあるけど。)
積極的に自分から攻めることは、これまであまりしたことがない。
いつもは、仕留めるのはレミファの罠だからだ。
(でも、やるしかないよな。)
俺の能力は、レミファが迷宮で拾ってきたレア物による底上げばかりだ。
それでも、レミファができると言うなら、きっとできる。
あとは……。
「頼むぜ、相棒。」
俺は剣を鞘から抜き、建物の陰から出る。
「下がれ下がれっ! そこじゃ喰いつかれちまうぞっ!」
「やっぱだめだっ! 鱗が硬すぎるっ!」
「こっちに誘導するぞ!」
十人以上の男たちがコドモドラゴンと戦っている。
だが、やはり鱗が硬くて攻撃が通じないようだ。
どうやら、男たちはコドモドラゴンを東に誘導しようとしているらしい。
西に何かあるのだろうか?
「それじゃ、お手伝いしますかね。」
俺はコドモドラゴンの頭の方に回り、そこから更にぐるっと回って、反対側に行く。
コドモドラゴンの斜め前。
他の男たちの牽制に気を取られているうちに、首元に斬りかかる。
ギンッ!ギンッ!ガシュッ!
ギャアアァァオオオオオオウウウウウゥゥ……!!!
三連撃の三撃目でようやく鱗を割り、剣が入る。
だが、この程度では浅いだろう。
(まあ、それもしょうがないよね。 剣術なんか知らないし。)
ただ、力任せに剣を振っているだけだ。
コドモドラゴンが身を捩り、反撃してきた。
俺は三回ほどバックステップをして、確実な安全圏まで下がった。
「あんちゃん、やるじゃねえかっ!」
近くにいた、人相の悪い男が声をかけてくる。
得物は大剣のようだ。
ムキムキの筋肉を持った、如何にも戦士といった感じ。
「東に誘導しようとしてるみたいですけど、西の方に何かあるんですか?」
「ああ、西に少しいった所に避難所がある。 そこに非難してた人を、いま他の避難所に移してる所なんだ。」
なるほど。
「東に誘導すればいいですか?」
「あんまり東に行き過ぎても、そっちにも避難所があるぞ。」
それは困るな。
「もっと、戦いやすい場所はないんですか?」
「一番いいのは、北に押し返すことだ。 迷宮の入り口付近は広場になってる。 そこに誘導するのが一番なんだが……。」
それを聞き、俺はにやりと笑ってしまう。
「北に、誘導すればいいんですね?」
「あ、ああ、それはそうだが。」
人相の悪い男は、そんな俺の様子にやや戸惑う。
でかい魔物を目的地に誘導する。
いつもやってることだ。
とりあえずの目標が定まり、幾分か気が楽になった。
「分かりました。 できれば、皆さんは危険なので少し離れてください。」
そう言うと、俺はコドモドラゴンに向かって駆け出す。
「あ、おい!? いくら何でも一人じゃ……っ!」
人相の悪い男が引き留めようとするが、すでに俺はコドモドラゴンに斬りかかっていた。
「さーて、いい子だね。」
突進してきたコドモドラゴンを、俺は横っ飛びで躱した。
俺の横を通り過ぎたコドモドラゴンが、広場の中にそのまま入っていく。
これで目的地の広場に何とか誘導完了。
コドモドラゴンは、身体のあちこちから血を流している。
だが、すべて浅い傷のため、まだまだ元気だ。
「ここでなら気兼ねなく戦えるっちゃ戦えるけど……。」
俺の攻撃はすべて、力任せの剣任せだ。
技術がないので、底上げされた力でただ剣を振るだけ。
コドモドラゴンの鱗を割れるのも、いい剣を使ってるからというだけだ。
「それでも、やれることをやるだけだよね。」
急所でも分かればいいが、そんなのは分からない。
なら、例え無謀でもただ切り刻んでいくのみ。
「うおりゃーーーーーっ!」
俺は素早くコドモドラゴンの首の下に移動し、力任せに剣を振るう。
ギンッ!ギンッ! ガギィィィンッ!
だが、三連撃を入れると、剣が折れてしまった。
「げえっ!?」
俺は慌ててコドモドラゴンから距離を取った。
そして、剣身の中ほどで折れてしまった剣を見る。
「どどどど、どうしよう!? どうすんだ、これ!?」
「もしかして、剣が折れたのかえ?」
慌てふためく俺の耳に、レミファの声が届く。
「レミファ!?」
周りを見回すが、近くにレミファはいない。
まだ、あの高台にいるのだろう。
俺とレミファは、距離に関わらず会話することができる。
「どうしよう、レミファ! 剣が折れちゃった!」
「落ち着け、馬鹿者。」
レミファの冷静な声に、俺は少しだけ落ち着きを取り戻す。
コドモドラゴンの爪の攻撃を何とか躱した。
「のう、トーシロー。 何でそこまで街を守りたいのじゃ。 妾たちには関係のないことじゃろう?」
「そ、それはそうかもしれないけど!」
噛みつこうとするコドモドラゴンの口を横転して躱す。
「関係がなくったって! 困ってるなら助けたいじゃないか!」
「…………妾には分からんの。」
溜息まじりのレミファの言葉に、少しカチンときた。
「じゃあ! 何でレミファは俺を助けたんだっ!!!」
ただ世界の歪みに落っこちて、流れ着いただけの俺をレミファは助けた。
命を落とした俺を、わざわざ自分の眷属にしてまで。
関係がないというなら、そのまま捨てて置けばいいのに!
俺が怒鳴るように言うと、少しの間気まずい沈黙が流れた。
その間も、俺は必死になってコドモドラゴンの攻撃を躱す。
しばらくすると、「はぁ……。」という溜息が聞こえてきた。
「まったく、しょうがないのぉ。」
そう呟くと、レミファの声が真剣なものに変わった。
「……死ぬ覚悟はあるかえ?」
「何か、手があるの?」
「ある。」
レミファが断言する。
コドモドラゴンの尻尾を躱しながら、俺は距離を取る。
「どうすればいい?」
「妾の言う通りにすれば良い。」
「言う通り……? そんなんでいいのか?」
そんなの、いつもしてるじゃないか。
「臆さず、躊躇わず。 妾の言う通りにする覚悟があるかえ?」
「そうすれば、コドモドラゴンを倒せる?」
「絶対に倒せる。」
レミファがそこまで言い切るのか。
俺はにやりと口の端を上げる。
「おーけー。 どうすればいい?」
「そうじゃな、まずはコドモドラゴンの正面に行くのじゃ。」
「しょ、正面か……。」
攻撃を躱すのが大変なんだよな。
「……その様子では、止めておいた方がええの。 指示の意味を、一つひとつ説明されないと動けないなら、止めておけ。」
「ぐっ……、わ、わかった。 行くよ!」
「本当に良いのか?」
「やってやるよ!」
俺は少し距離を取りながら、コドモドラゴンの正面に回る。
コドモドラゴンがじっと俺のことを見ていた。
これは、目を逸らしたら途端に襲ってくるな。
「着いたぞ!」
「うむ。 覚悟は良いの?」
「ああ!」
俺は全身に力を入れる。
「コドモドラゴンに正面から突っ込むのじゃ。 行けっ!」
「やってやらあぁぁああーーーーっ!!!」
俺はコドモドラゴンに向かって、全力で走り出した。
コドモドラゴンは下をチロチロ出して俺を迎え撃つ。
(こえー! ちょーこえー!)
自分を一口で丸飲みできそうなコドモドラゴンに、正面から向かって行っているのだ。
怖くない訳がない。
(それでも、レミファができると言ったんだ!)
きっと勝てる。
倒す方法がある。
俺のことをジッと見つめるコドモドラゴンが、すぐそこまで迫っている。
(くそっ! このまま体当たりしてやるっ!)
そう思った瞬間――――。
「止まるのじゃ!」
「っ!?」
レミファからの突然の停止の指示。
俺は足を踏ん張り必死に止まろうとするが、地面をザザザアーーーーッと滑る。
「後ろを向くのじゃっ!」
後ろ!?
こんな、コドモドラゴンが目の前にいる状態で、後ろ!?
そんなことできるかっ!と反発する意思を必死に抑え込み、俺は後ろを懸命に振り向く。
だが、そこには無人の広場が広がっているだけ。
「レミファッ! 次はっ!」
「食われよ。」
は?
そう思ったと同時に。
バクンッ!
俺はコドモドラゴンに食われたのだった。