第2話 お肉が食べたい
レミファは、綺麗でちょっとえっちなお姉さんだ。
この間も、どっかの世界から落っこちて来た、マイクロ水着みたい物を迷宮から拾って来た。
「トーシロー。 見て見てなのじゃー。」
「レミファ!? 何ちゅーもん着てんだよ!」
雑誌のグラビアアイドルの様だった。
そして、昼間っから強制ハッスルタイム。
まあ、強制なんかされなくても、そんなんハッスルしちゃいますけどね。
迸るパトス的に。
だけど、実はレミファは人間ではない。
見た目は頭の先から足の先まで、すべて人間と変わりがない。
隅々まで自分の目で確かめたので、それは間違いない。
でも、人間ではないらしい。
本人は歪魔なんて言っている。
「トーシロー。 狩りに行くぞ。」
「う……。 まじで?」
一緒にベッドでごろごろしていると、レミファが突然言い出した。
正直言えば、俺はもっとごろごろしていたい。
「妾はお肉が食べたいのじゃ。 付き合え。」
「しょうがないなあ。」
肉は俺も食いたいから、協力するのはいいんだが。
「この前レミファが拾ってきた胸当て。 あれ使っていいか?」
「それは構わんがの。 あんなの着けて意味あるのかえ?」
まあ、本当に胸しか守られてないからな。
意味ないと言われれば、意味ないかもしれないが。
じゃあ、何で拾ってきたん?という疑問が出てくるが、そこは「レミファだから」としか言いようがない。
気まぐれで、本当にいろいろな物を拾ってくるから。
それでも、レミファの拾ってくる物は、いろいろと役に立つ。
俺は勢いをつけて起き上がると、ベッドを下りる。
「着けてりゃ良かったって、死ぬときに後悔したくないからな。 念のために着けておくよ。」
レミファと会話しながら、俺は手早く胸当て、手甲、ブーツを装備する。
そうして、壁に立てかけていた剣を腰に佩く。
これで一端の剣士に見えるだろう。
なんだか、コスプレイヤーになった気分だが。
「おう、おう。 立派な剣士に見えるぞ、トーシロー。」
ぱちぱちぱち、と拍手しながらレミファが褒めてくれる。
「そ、そう?」
面と向かって褒められると、少々照れくさい。
「惚れ惚れするのぉ。」
うっとりした顔で、レミファが俺の身体をさわさわ触ってくる。
ちょっとくすぐったい。
「…………何でズボン脱がそうとしてるわけ?」
「何でって、野獣の様な剣士とお姫様のシチュエーションで一戦……。」
「狩りに行くんじゃないの?」
「はっ!? そうじゃった!」
レミファは、割と欲望に忠実な奴だった。
「今朝、少し大きめの揺らぎがあったからの。 たぶん大物がいるはずじゃ。」
「う……、まじかよ。」
この迷宮には、この世に数多ある世界から、いろんな物が流れ落ちてくる。
そうした物の中には便利な物もあれば、危険な物もある。
俺が身につけている胸当てや手甲、ブーツ、剣も、すべてレミファが迷宮の中から拾ってきた物だ。
そしてこの迷宮、というかこの最果ての世界には、ある特徴があった。
「今回の揺らぎは中層の中でも、ちょっと深い所じゃったからの。 中々の大物じゃと思うぞ?」
「…………俺は大物よりも、楽に狩れる獲物の方がいいなあ。」
迷宮の浅い場所に流れ着くのは、基本的には弱い物だ。
物でも、生き物でも。
そして、迷宮の深い場所ほど、強い物とかが流れ着いてくる。
実際は迷宮の外、この世界のどこにでも流れ着く可能性はあるらしいのだが、頻繁に流れてくるのはこの迷宮の中だ。
「一狩り行こうぜ!じゃ。」
「……だから、そんなセリフどこで憶えてくるんだ?」
一人でテンションを上げるレミファに、じと目を送る。
レミファはそんな俺のことは気にせず、手をすっと伸ばす。
すると、そこに【撓み】が現れる。
レミファは、自在に【歪み】を操る。
実際はいろいろ制約というか、条件があるらしいのだが、俺からしたら思い通りに操っているようにしか見えない。
そして、俺が【撓み】を使って迷宮内を移動できるのも、レミファのおかげだ。
眷属になったことで、レミファの権能の一部を、俺も使えるようになったのだとか。
普通の人は、【撓み】も【断層】も見えない。
だが、そうした【歪み】が見えないと、この迷宮では生きていくことができない。
特に中層では。
浅い層なら、そこまでひどい【歪み】はほとんどないので、余程不運な人でもなければ怪我をするようなことはない。
だが、中層では【歪み】が見えないのは致命的だ。
森にあった【断層】は、そのまま歩いたら首でも胴体でも切り落とされるレベル。
そんなのが所どころにあるのだから、普通の人が足を踏み入れたら、まず生きて帰れない。
そんな危険な場所で、俺たちは暮らしている。
「揺らぎがあったのはこの辺りじゃの。」
レミファがきょろきょろと周囲を見回す。
ここは森林地帯。
だが、果実を採った森とは違い、こちらは枯れ木というか、葉っぱ一つついていない丸裸の木ばかり。
陽光の入り方も弱く、薄暗い雰囲気が少々不気味だ。
「何だか、お化けでも出そうなんだけど……。」
「何じゃ、トーシローのお仲間じゃの。」
「違うよね!?」
え?
一度死んだらしいけど、俺そっち側じゃないよね?
「ほっほっほっ。 ウィットに富んだジョークじゃ。」
レミファが口元を片手で隠し、楽しそうに笑う。
「…………ウィット成分がどこにあったか、説明してもらっていいですか?」
「ジョークに説明を求めるとは、無粋な奴じゃのぉ。」
言ってることは合ってるけど、納得いかねえ。
「さて、妾はこの辺りに罠を張るかの。 トーシローは獲物を見つけて誘い込むのじゃ。」
「あ、やっぱり誘い込む役は俺なのね。」
「当たり前じゃ。 そんな危険な役を妾にさせる気かえ?」
危険なのは分かってくれてたのか。
それでも、初めて狩りに連れて来られた時、何の説明もなく誘い込む役をやらせたよね?
俺がじとっとした目で見ていると、レミファが頬を赤らめる。
「こんな所で、そんな熱い眼差しを向けるでない。 妾の身体が火照ってしまったら、どう責任を――――。」
「さーて、それじゃあ行ってくるかー。」
一人でくねくねし始めたレミファを放っておいて、俺は獲物を探しに行くことにした。
「獲物さんやーい。 どこだー。」
大物の獲物がいるとは聞いたが、それがどんな生き物なのかは分からない。
レミファも『空間の揺らぎ』で大物の存在を感知しただけで、姿を見た訳ではないからだ。
なので、適当に居そうな場所を歩き周り、それっぽいのを探す。
不思議なもんで、いつもこんないい加減なやり方で、それなりに釣れたりする。
そうして歩いていると、少し先にピンク色のうねうねした物が地面に生えているのを見つけた。
「何だあれ?」
薄暗く、枯れ木ばっかりで、グレイというかセピアというか、そんな風景に浮かんだへんてこな物。
俺は、そのピンク色のチンアナゴみたいな物に近づいた。
すると、そいつはにょきにょきと伸び、ぶっ太くなる。
「うげ。」
どんどん大きくなるピンクチンアナゴは、全身から無数の触手を伸ばしてくる。
「うひゃぁーっ!? 気持ち悪っ!」
何本も伸びてくる触手を、俺は何とか躱した。
剣を抜き、迫る触手を切り落とす。
だが、触手は切り落としてもすぐにまた生えてくる。
キリがない。
「撤退ぃ~~~っ!」
ぴゅーーっと、レミファが罠を張っているであろう場所を目指して走る。
ピンクチンアナゴは、どうやら無数の短い足のような物があるようで、俺を追いかけてきた。
逃げてる間もピンクチンアナゴは、しつこく俺に触手を伸ばしてくる。
だが、その触手を俺は難なく躱していく。
「やっぱ装備があって正解だったね。」
レミファが迷宮から拾ってくる装備は、実はかなり強力な物ばかりだ。
迷宮の中層に流れ着くような物は、武器でも防具でも、装備者のステータスを底上げするようなレアな物ばかり。
ちなみに、現在の俺のステータスの例。
俺の本来の体力
| ブーツの特殊効果
| 手甲の特殊効果 |
| 胸当て特殊効果 | |
↓ ↓ ↓ ↓
体力 □□□■■■■■■■■■〇〇〇〇〇〇●●●●●●●●
あらゆるステータスがこんな感じ。
底上げというか、むしろそっちがメインじゃん。
そんな訳で、躱すだけならそんなに苦労しない。
「レミファー。 釣れたぞー。」
俺は走りながらレミファに呼びかける。
「おう、ご苦労じゃったの。 こっちも準備できたぞ。」
レミファとは、会話をするのにあまり距離が関係ない。
思ったことが通じる訳ではないが、話す分にはなぜか離れていても会話ができる。
これも、俺がレミファの眷属だから、らしい。
俺はレミファが張った罠を避けつつ走り抜け、ピンクチンアナゴが罠に乗るように位置を調整する。
「これはまた、随分大きいの。」
「ご希望の大物です。」
今や、ピンクチンアナゴは周りにある木すら越える大きさになっていた。
俺はレミファと並んで、獲物が罠にかかるのを見学する。
そうして見ていると、ピンクチンアナゴがレミファの張った罠にかかった。
ピンクチンアナゴの足が何本も切り飛ばされ、何やらぬちょぬちょした飛沫を上げる。
だが、ピンクチンアナゴはそのままこちらに向かって来た。
「あの…………レミファさん?」
「何じゃ。」
「罠は?」
「かかったじゃろう。 見てなかったのか。」
ピンクチンアナゴが地響きをさせながら迫ってくる。
「こっち来てんじゃん。」
「来ておるのう。」
「だめじゃん!」
どうすんだ、これ!?
「トーシローがあんまり大きいのを連れてくるからじゃ。 大き過ぎて罠で倒しきれんかったわ。」
「大物連れて来いって言ったのレミファじゃん!?」
もう、すぐそこまでピンクチンアナゴが迫って来た。
振動がまるで地震のようだ。
「やれやれじゃ。 また罠を張り直すしかないの。 それまで、ちとアレの相手をしておれ。」
「…………うそだろ……。」
俺は全力で後ろに駆け出す。
レミファは【撓み】を作り、一瞬でどこかに行ってしまった。
「レミファばっかりずるいぃいっ!」
俺の叫びは、ピンクチンアナゴが立てる地響きにかき消されるのだった。
俺は三十分ほど逃げ回り、新たにレミファが罠を張った場所までピンクチンアナゴを誘い込んだ。
そして、辺りには元ピンクチンアナゴの残骸。
罠にかかったピンクチンアナゴはバラバラになり、ぶちゅぶちゅと不快な音を立てながら溶けていく。
「…………溶けておるのぉ。」
「そ、そうだな……。」
ゼェハァ、ゼェハァ……と荒い息をつき、俺は呼吸を整える。
「妾のお肉は?」
「……食べたければどうぞ。」
俺は絶対食べないけどな。
変な臭いするし。
「………………。」
レミファがじと目で俺を見る。
「妾はお肉が食べたいのじゃ!」
「目の前にいっぱいあるだろうが!」
俺は死んでも食べないけどな!
つーか、まじ臭え!
その後、迷宮の別に場所に転移させられ、普通に狩りをやらされた。
レミファが、今焼けたばかりの肉にかぶりつく。
「うむっ! やっぱり、お肉にはバターとマキ〇マムじゃのぉ。」
「そんな物、どっから持ってきた!?」
俺も使わせてもらった。
美味かった。