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第51話 ロディ、魔法を完成させる

 その”遺言”を読み終えたロディはしばらく呆然としていた。


 ここの住人は自分でも知っているあの『グライムス』だった。そしてここに書かれていることは、世間では語られていない当人自身の話だ。


 彼の話は、噂や書物で書かれていることは微妙に異なっていて、しかし真実味がある。

 ロディは、自分の中のグライムス像が大きく変わったように感じた。


「・・・ぐすっ、・・・ぐすん。・・ううっ」


 横から聞こえてきた泣き声に気付いて振り向くと、そこには手紙を持ったまま涙を流して泣いているナコリナがいた。


「ど、どうしたの?」

「だって、だって、グライムスさんがかわいそうで・・・。」


 彼女は手紙の内容に感情移入して大粒の涙を流して泣いていた。確かに悲しい話でロディも読んでいて思わず涙腺が緩みそうになったほどだ。

 それにしてもナコリナがこれほど泣き上戸だったとは・・・。ロディは初めて知った。


「そうよね、お姉ちゃん。こんな悲しいことがあったなんて・・・。」


 エマも涙ぐみながらナコリナに同意する。エマも結構泣き上戸だった。

 二人の泣き声が止むまでロディは声をかけることも出来ず、だた待つしかできなかった。


◇◇◇◇


 ようやく泣き終わったあと、3人は再びグライムスの遺骨に手を合わせた。


「グライムスさん、あなたの遺志は必ず継ぎます。」


 ロディが小さくつぶやいた言葉は、最初にかけた言葉とは違い明確な意思がこもっていた。


「今は王国歴402年だから、大体20年間ここに住んで、亡くなって130年もこのままだったんだね。」


 ナコリナは手を下ろして、少しの間ベッドに横たわる遺骨を見ていた。それほど長い間発見されずに寂しかったでしょう、と言外に語っている。


「グライムスさんを埋葬してあげましょう。」


 エマがそう言って布団に近づいく。


「ちょっと待って。その前にやってみたいことがあるんだ。」


 ロディがエマを止めた。ロディにはある考えが浮かんでいた。


「やってみたいこと?」

「グライムスさんを埋葬する前に、ギフトを使って収納魔法陣を修正するんだ。魔法陣の完成をグライムスさんに見せるんだ。」


 ロディがやろうとしたこと、それはグライムスの研究『収納』魔法陣を完成させること。

 手紙の内容から魔法陣は完成に近いらしい。ならば自分のギフトで完成させることが出来るのではないか。きっとできる。ロディにはその自信があった。


「!そうよ、それよ。ロディなら出来るわ。」

「お兄ちゃん、やってみて。グライムスさんもきっと喜ぶよ。」


 二人もロディの意見にもちろん大賛成だ。


 早速三人は『収納』魔法陣を探そうと動いた。


「あった、これだ。」


 そしてそれはすぐに机の引き出しから見つかった。

 一連の研究成果と思われる資料の中に、『収納魔法陣』と書かれた封筒があり、中に魔法陣があった。これが収納魔法陣に違いない。

 紙のサイズはおよそ30cmの正方形。中級魔法の一般的なサイズより少し大きいくらいだ。きちんと魔紙に魔法陣インクで描かれ、劣化も見られないため、どうやらそのまま使用できそうだ。


「よし、じゃあやるぞ。『修正』」


 ロディはギフトを発動し魔法陣を見る。するとロディの目に魔法陣に赤い部分が1か所だけ現れた。


「間違いはたった1か所!もうほとんど完成だったんじゃないか。」

「グライムスさんって本当に優秀な人だったんだね。」


 ロディは驚き、エマは感心したようにつぶやく。

 魔法陣は本当に後わずかで完成するところまで来ていたようで、ロディは余計にクライムスの無念を感じずにはいられなかった。

 ただ、1か所とはいえ魔法陣の重要な部分だったのだろう、中心付近の少し複雑な模様の一部にそれはあった。何を意味する模様なのか今のロディにはわからない。研究資料を見てみれば少しは分かるかもしれない。


 ロディはギフトで指し示された場所を削り、インクで新たに模様を描き込んでいく。それをかたずをのんで見守るエマとナコリナ。

 ロディの修正が終わるのにさほど時間はかからなかった。


「・・・できた。完成だ。」


魔法陣から顔を上げ、ロディが宣言する。


「じゃあロディ、早速やってみて。」

「俺でいいのか?」

「いいに決まってるわ。ロディのギフトで完成したんだもん、ロディが最初に使う権利があるわ。」

「エマもいいの?」

「私もいいと思う。」


 その言葉に頷いたロディは、椅子から立ち上がってベッドの傍らに歩み寄り、グライムスに魔法陣がよく見えるように向けた。


「グライムスさん。これが完成された収納魔法陣です。今から発動させてみます。」


 ロディは魔法陣に魔力を流し始める。

 これまでに魔法を取得した時より多くの魔力を流したが、なかなか発動しない。少し心配になったところでようやく魔法陣が光り始めた。


「あ、光ってきた。」

「凄い光・・・初級とは大違いだわ。」


 エマとナコリナは片時も目を離すまいとロディと魔法陣を見つめる。

 光り輝いて浮かび上がった魔法陣は、やがてロディの中に吸い込まれるように消え、同時に魔紙も光の粒となって消えていった。


 ふうっ、とロディは一息ついた。結構な魔力を使った感じだ。皆が欲しがるほどの収納魔法だし、必要な魔力量もそれなりに大きいのだろう。


「これで取得できたはず。さっそく試しに中に何か収納してみよう。」


ロディは周囲を見渡し、傍らにあった本棚から本を1冊取り出した。


「これがいい。」


 本を手に持ち、ロディは頭にイメージを思い浮かべる。どこか別の世界へつながる空間を切り裂いたように開いて、そこに本を入れるイメージだ。

 しかし最初は何も起きずに本は手元にあるまま何も変わらなかった。だれも発動させたことが無いので発動の手順もわからないのだ。


「うーん、どうやったら発動するんだろう。」


 ロディは、収納のイメージを変えて箱型にしてみたり丸型にしてみたり、あるいは本の位置が悪いのかと上に持ち上げたり放り投げたり、いろいろ試してみたがどれも発動しない。


「なんでだろうな?発動する気配もない。初級魔法の時はもっと手ごたえがあったんだけど。もしかして失敗?」


 ロディがあれこれ悩んでいると、それを見ていたナコリナが、ふと気づいたように声をかけた。


「ねえロディ、今魔力を外に出してる?」

「いや。今は止めてるけど。」

「じゃあさ、本に魔力を少しだけ流してみたら?」

「あ、そうか。やってみるよ。」


 魔力を放出しないのが普通の事だったロディは、今回も魔法を習得した後、無意識のうちに魔力の放出をSTOPしていたのだ。

 ロディはナコリナの言う通り、本に少しだけ魔力を流すようにした。すると、本はロディの手から一瞬にして消えた。


「消えたぞ。」


 ロディは喜びの声をあげた。初めての魔法が成功するのは何度やってもうれしい。


「収納空間に入ったのね。ちょっとびっくりだわ」

「一瞬で消えちゃった。信じられない。」

「どうやらこのやり方でいいみたいだ。ありがとうナコリナ。」


 ロディはナコリナにお礼を言い、ナコリナは答える代わりに、ニッと笑って親指を上に向けた”OK”のジェスチャーをした。


「よし、じゃあ次は取り出してみる。」


 ロディの頭の中に、不思議なことに収納された本のイメージが浮かぶ。ロディは、さっき入れた本を手に取るイメージをした。

 すると、ロディの手に先ほどの本が元通りに現れた。


「また出てきた!すごい、本当に収納魔法ができちゃったんだ。」


 エマがはしゃいだ声を出す。ナコリナも驚きと喜びが混ざったような表情でロディの手元を見つめる。


「うん、間違いない。収納魔法、成功だ。」

「やったね、お兄ちゃん。」


 エマがロディの首に飛びついてきた。昔はよくやっていたが、もう結構いい歳になったしナコリナもいるのでかなり気恥ずかしい。


「グライムスさんのおかげだよ。」


 エマを解きながらナコリナを見ると、こちらを見ながらニマニマと笑みを浮かべている。


「兄妹仲のいいことでなにより。」


 エマもナコリナを見てちょっとバツの悪そうに顔を赤らめ、ペロっと舌を出した。


「さて、収納魔法も成功したし、グライムスさんを埋葬しようか。」

「「賛成」」


ロディがベッドのそばに寄って行き、グライムスに声をかける。


「グライムスさん、見ていただけましたか。収納魔法陣は間違いなく完成しました。安心してください。」


 そしてロディは布団に手を伸ばし、手のひらを下に向けて布団に触るようにした。


「これからあなたを埋葬いたします。しばらく特等席で待っていてください。」


 ロディが心の中で”収納”と念じると、グライムスの遺骨はベッドの上のシーツごとかき消えた。

 ロディは、普通に運ぶより『収納』して運んであげたほうがいいと感じ、グライムスを”収納”したのだった。


「素敵な特等席ね。グライムスさんも埋葬されたくなくなったんじゃない?」


 近づいてきたナコリナが冗談を言う。


「いや、このままはさすがにちょっと。」


 ロディは、すまなそうに苦笑するのだった。


◇◇◇◇


 3人で部屋の外に出て埋葬場所を探した。

 少し上流のほうに向かうと少しだけ小高い場所があった。ここは他と比べて日当たりがいい。


「この辺りがいいんじゃない?」


 ナコリナが言い、二人は賛成する。今まで暗い場所に居たから、少しでも明るい場所に埋めてあげたいと考えていた。


 お墓の穴を、ナコリナが土魔法である『掘削』の魔法で掘る。残念ながらロディがまだ覚えていない魔法だったためナコリナに任すしかない。

 ある程度の深さの穴が出来、そこにロディが収納していたグライムスの遺骨を取り出した。

 ちょうど穴の底に横たわるようにグライムスは現れた。


 3人は上から土をかけて穴を埋め、最後に墓石として手ごろな大きさの石をさがして、その上に置いた。


 名前は刻まない。

 もしかしたらこの墓が誰かに見つかってしまい、名前を見て興味本位で掘り出したりするかもしれないと思ったからだ。考えすぎかもしれないが、故人の安寧を乱すようなことはしたくなかった。


 三人は今日何度目かの手を合わせ、祈りをささげる。


『グライムスさん。収納空間の心地はどうでしたか。気に入ってもらえたならうれしいです。安らかに眠ってください。』


 ロディは心の中でそう祈った。


 ふと、一筋の風がロディの頬を撫でた。冬の終わり、夕暮れ時の寒さが迫ってくる中、その風はなぜか暖かかった。


 ロディは振り向いて周囲を見回し、そして空を見上げた。風が空に向かって登って行ったように感じたからだ。

 だがロディの目には、ただ茜色に染まりつつある空と雲が映るだけだった。


「どうしたの、ロディ?」


 空を見上げたままのロディにナコリナが声をかける。


「あ、いや。グライムスさんは喜んでくれたかなと思って。」


 地上に目を戻し、ナコリナ達を見る。2人とも夕焼けに染まって全身ほの紅い。


「大丈夫、収納も完成したんだし。きっと満足してくれたわよ。」

「私も、喜んでくれたって思う。間違いないわ。」


  ロディも思う。


『完成された魔法陣と、美少女2人の涙。これ以上ない見送られ方だな。今は天国で自慢しているんじゃないかな。』


 ロディは見たことも無いグライムス氏だが、自慢げに話す彼の姿をなぜか容易に想像できて、クスッと笑みを漏らす。



 3人の目に赤みが増した陽光が色濃く映ってきた。


「もう日も暮れてきたわ。早く帰らないと城門が閉まっちゃう。」

「そうだね。そろそろ帰ろう。」


 3人は最後に一礼をしてから、偉大な魔法師の墓を背に歩き出す。


 彼らが去った丘の上では、名前のない墓石の影が、まるで彼らの後を追うように少しずつ長く伸びていくだけだった。

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