第50話 ロディ、手紙を読む
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ここに最初に訪れた者へ。
わが家へようこそ、訪問者よ。
私は貴方、もしくは貴方たちがどこの誰だかは分からない。貴族なのか、平民なのか。一人なのか大勢なのかも分からない。
だからこの手紙を普通の言葉で書き記すことを許してほしい。
この手紙を読んでいるということは、貴方は入口の魔法陣を解明した者ということだろう。もしくは、古代遺跡からこの魔法陣が発見されたからなのかもしれない。
おめでとう。新たなる魔法陣を見つけ出したことに祝福を。
今日は体調がいいので、今のうちにこの手紙を書きしるすことにした。
おそらく私の『遺言』ということになるだろう。私はもう余命いくばくもない。ベッドから起き上がることも出来ない日があり、日に日に衰えているのを実感する。おそらく手紙を書けるのは今日しかないだろう。
この手紙の初めに何を書こうかと考えたのだが、まずは貴方が知りたいことを書くのが一番いい。
貴方は『私が何者で、なぜここに家を作ったのか』を知りたいだろう。
それを説明するには私の過去のことにも触れておく必要がある。そしてそれは私が一番伝えたいことでもある。
私の名前はエルロンドという。だが、姓であるグライムスの方がわかりやすいだろう。かつては宮廷魔法師の一員として王城に仕え、主に魔法陣の研究をしていた。そして残念ながら私の名は魔術史に汚名として永久に刻まれてしまった。
『グライムス魔法陣事件』といえば魔法陣に関わるものとして聞いたことがあるだろう。
私こそ、そのグライムスなのだ。
私は事件により宮廷魔術師を免職され、追放されてこの地にたどり着いた。
しかしはっきりと言っておきたい。この事件は完全なる冤罪だ。
ここに書くことは少なくとも私から見た”真実”だ。誰かに真実を伝え、できれば広めてほしいと願っている。
訪問者よ、少し長くなるが、この老人の愚痴をどうか聞いてほしい。
自分で言うのもなんだが、私は当時名の知れた宮廷魔術師だった。自分が解明して使えるようにした魔法陣は2つあり、世間では魔法陣の第一人者としてもてはやされたものだ。
そのころ私はある魔法陣の研究に没頭していた。それは『収納』と名付けられた魔法陣で、その魔法陣が古代書物から発見された時、8割程度原型が残っており、研究次第では復活の可能性があった。
『収納』は、異空間に物を収納できる夢の魔法だ。実現できれば貴族に限らず商人なども必ず欲しがるだろう。そしてその魔法陣の復元を任されたのが、かくいう私だった。
ここまで聞けば、私がどれほどの魔法師であったか推し量れるだろう。当時私は得意の絶頂にあった。私ならば不可能なことはない、と今思えば恥ずかしいことを本気で思っていたのだ。それが砂上の楼閣であることも知らずに。
私はその魔法陣の復元をめざし、研究に5年を費やした。そしてその研究は後わずかで実を結ぶところまで来ていた。おそらく半年以内には『収納』魔法陣を公表できるであろう、そんな状態だった。
そのような時にあの事件は起こった。
ある日、研究室にあった『収納』の魔法陣が盗まれたのだ。
しかし幸いなことにその盗まれた魔法陣は私が準備していた”ダミーの魔法陣”で、「収納魔法陣」に似ているだけの只の模様にすぎぬ物だ。復元中の真の『収納』魔法陣は無事だった。
しかし事はそれだけにとどまらなかった。
後日、その偽魔法陣が事もあろうに「本物の収納魔法陣」として貴族たちに密かに、しかし大々的に売られていたのだ。
『グライムス魔法師が新たに復元した収納魔法の魔法陣。本来ならば公表まで待たねばならないが、金を払えば事前に入手することが可能。』
このようなうたい文句で、偽の魔法陣がお金があり新しいもの好きな貴族などに広く出回ってしまい、それと知ったときにはすでに取り返しのつかないところまで来ていた。
魔法陣は当然のごとく発動するはずもなく、購入貴族が私を『詐欺師』として糾弾の声をあげていた。
私は、ダミーの魔法陣が盗まれたことや、偽魔法陣の売買には全くかかわっていない事を貴族たちに説明した。また宮廷魔術師が一緒になって貴族に対抗し、真実を訴えた。
しかし貴族は特権階級であるがゆえに我々に対して引き下がることは無く、しかも、その偽の魔法陣には私の偽のサインも入っていたことから、事態は鎮火のめども立たない状態になった。
最終的には国の裁定により決着することになったのだが、国は犯人不定のまま私だけ「当事者として免職及び王宮追放」という処分となった。
つまり、この事件では処罰されたのは私だけだ。真犯人が見つかっていないにもかかわらず、国は事態の終息を優先させるため私を切り捨てたのだ。こんな不当なことがあっていいのか!
私は猛然と反論したが、裁定は覆ることはなかった。私は失意のうちに宮廷を去らねばならなくなった。
私は、私を利用し、そして見捨てた国や貴族に失望した。
魔法師としての頂点から、一気に谷底まで転落したのだ。私は荒れに荒れた。怒りと絶望が私の心を占めて離れず、そのため近しい人たちに当たり散らした。酒におぼれ、家族や友人の言葉も聞こえなかった。
やがて彼らは私の所に近寄らないようになっていった。
私の評判はさらに地に落ち、王都には住めなくなったため、私は妻子を実家に帰し、王都を出て流浪の旅に出た。いや、旅に出ざるを得なくなったのだ。
事件のことはともかくとして、後の事はすべて自業自得。今さらながら後悔しかない。
私は、妻子や友人に会いに行き謝りたい、そしてやり直したい、そんな思いに日夜苛まれた。すでにかなわぬことと知りながら。
王都を出て他の街を転々としても、悪評と自身の行動の為に長くは住めず、さながら不良冒険者のように追い出されて、街から街へ渡り歩き、そして最終的にこの地にたどり着いた。
最初にこの場所に来た時にはその美しい光景に目を奪われた。追放後にすさんでいた自分の心も少しだけ洗われたような気持ちになったものだ。
ここは人目に付かない岩場の洞窟があり、そばに川が流れていて、インク草の群生地が近く、また街からさほど離れていないため食料や材料調達にも都合がいい。人目を避けて住むにはちょうど良かった。私はここに居を構えることを決めた。
そして今、貴方はここにいる。
「扉」魔法は、既に解明できているならば改めて説明は不要かと思うが、この魔法は『収納』魔法の親戚のようなもので、起動させると一部分を別空間に移動させることで入口のように壁が開き、一定時間後に空間に移動していた部分が元の壁に戻る。
この『扉』魔法陣は『収納』魔法陣の図柄との類似点が多い。そのため私は『収納』魔法陣の研究の手助けになると考え並行して研究していたのだが、こちらの方が先に復元が完成していた。しかし発表は『収納』魔法陣と同時に行おうと考えていたため公表せずにいた。
事件の成り行きで結局公表できなかったが、貴方の時代に使われているのであれば私の心も少しは軽くなるというものだ。
老人の話に長々と付き合ってもらってありがとう。
訪問者よ。厚かましい話だが、最後に私からお願いがある。
これを読んでいる貴方がいる時が今から何年後であるかはわからないが、この時代には『収納』魔法は実用化されているだろうか。
もしされていないのであれば、最後の願いを聞いてほしい。
その願いとは『収納』魔法陣を完成させることだ。
私が残りの生涯をかけて研究し続けた『収納』魔法陣だが、結局完成させることは出来なかった。残念ながらこの場所は研究に適した環境ではなく、魔法陣の研究は王都を去ったときからほとんど止まったままなのだ。
お願いだ。
誰でもいい。貴方が知る高名な魔術師や有能な魔法陣製作士など、可能性がある者に私の『収納』魔法陣の研究成果をすべて渡して、研究を継続させてほしい。
そしてそのことがいつの日か『収納』魔法陣の完成につながってくれれば、これに勝る喜びはない。
私の生涯をかけた研究の、その可能性の光だけは灯し続けてほしい。
今となってはそれだけが私の希望なのだ。
依頼の報酬として貴方にこの家にあるものすべてを譲る。価値があるのは書物ぐらいしかないのだが、ある程度の金にはなるだろう。
とても疲れた。だが心地よい疲れだ。
この手紙は私の万感の思いをすべて込めて書きしるした。今は、久しく感じることはなかった満ち足りた気持ちが私を包んでいる。
この手紙を最初に読む貴方が、心優しき人であることを祈りながら眠ろう。
私の最後の希望を込めて。
王国歴272年2月17日
エルロンド・グライムス
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