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第45話 ロディ、颯爽と現れる

 ロディとダントンとの知られざる対決の翌日の朝。

 冒険者ギルドにロディは現れなかった。


「ロディが来てないわ。連絡も来てないし、どうしたのかしら。」


リーセが心配顔でつぶやく。


「ロディがいないだって?無断欠勤するような奴じゃないんだが・・・。」


アーノルドが思案顔で頭を掻く。


「・・・そういえば昨日は例の音の調査で、池に調査に行ったはず。まさかそこで何かあったんじゃ・・。」

「ん?調査ならもう終わったって聞いたが。」

「ギルド長がロディに再調査を命じたのよ。」


リーセの言葉に、アーノルドは怪訝そうな顔をした。


「再調査?何か新しい情報でもあったのか?」

「私は聞いてないわ。」


リーセが聞いてなければ、おそらく新しい情報などないのだろう。それでも再調査を、あのギルド長が直々にロディに命じたている。


「・・・どうもキナ臭いな。本当に何かあったかもしれん。」


アーノルドの勘が”おかしい”とを告げている。


「俺はちょっと森に行ってくるぞ。ついでにロディの家にも寄ってくる。」

「アーノルドさん、お願いします。」


 アーノルドはすぐさま準備して出発しようとした。が、彼は結局森へ行くことは出来なかった。

 ギルドではそれどころではない事態が待ち構えていた。


 昼前に、ギルドに向かって馬車が進んでいた。馬車には10名ほどの者が付き従っている。

 そしてギルド前に来たところで馬車は止まり、中から一人の男が下りてきた。

 馬車で来たということは、貴族か政府の高官とわかる。

 ギルドの中から職員が少し慌てて出てきて礼をする。


「失礼ですが、どなた様でしょうか。・・・あっ」


 そこまで言って、職員はその男が自分の見知った顔だと気づいて驚く。

 男はそれを見て少し微笑んでから挨拶を述べた。


「王都の本部より、ギルドの監査に派遣された者です。ギルド長にお取次ぎをお願いしたい。」

「・・・は、少々お待ちください。」


 監査と聞いて、あわててギルド内に戻って行く職員。


 職員が去り、しばらくしてギルド内が少し騒がしくなったかと思うと、ギルドマスターのデルモスが数人の職員を従えて慌てたように飛び出してきた。


「こ・・これは監査官殿。ようこそおいでくださいました。私はこの冒険者ギルドのギルドマスター、デルモス・ライシュです。」


額に油汗を浮かべながらあわただしい口調で自己紹介するデルモス。それを見て、監査官の男は優雅な礼を行いながら自己紹介をした。


「私は今回このギルドの監査官を拝命しましたアルメイダと言います。どうぞよろしく。」


監査官は、前ギルド長の秘書だったアルメイダだ。


 アルメイダはユースフと共に王都のギルド本部に異動している。今回突然メルクーに帰ってきたのは、どうやらメルクーのギルドの監査を行うためらしい。


「監査官殿にお出迎えも出来ず、誠に申し訳ない。」


デルモスが頭を下げるとアルメイダはそれを手で制した。


「いえいえ、監査は前触れなど出さぬもの。お出迎え出来ようはずはありません。お気になさらずに。」


とアルメイダはにこやかに言った。


 ここで少しギルドに関する官職について説明する。


 ギルドマスターは国から派遣された政府の高官もしくは貴族の一員だ。そして貴族がギルド長になった場合には、その人の貴族の地位は一時的に停止されることになっている。

 ギルド長となった貴族は別の貴族の領地の街に配属されることが大半で、そのため土地の領主との貴族同士のいさかいをなくすために、ギルド長の貴族職を停止して領主の領分を侵さないようにしているのだ。

 一方、監査官はギルド総長に直接任命された者であり、その地位は各地のギルド長より上と定められている。もしギルド長より同等以下であれば、ギルドの監査のたびに妨害行為を受け、まともな監査にならないからだ。


 そのため、監査を出迎えたデルモスは地位の上の者に対するように丁寧な言葉づかいをし、監査官のアルメイダは、地位は上ではあるが貴族の一員であることを実質的には無視できず、”対等の関係”として対応しているのだ。


「立ち話も何ですし、中に入ってもよろしいでしょうか。」

「も、もちろんです、お入りください。」


ギルド長は慌てて監査一行をギルド内に招き入れる


 彼らが中に入ると、ギルド内は静かになった。冒険者たちは興味津々な、職員たちは不安と期待の面持ちで彼らを眺めていた。


 アルメイダがふとリーセに目を止め、軽く微笑んだ。リーセもそれに気づいて軽く頭を下げる。


 すでにお気づきかと思うが、今回の監査はリーセおよび反ギルド長の有志職員の働きがきっかけであった。以前リーセがロディに修正を依頼していた資料、それはギルド長が改ざんをして本部に提出していたギルド内部資料だったのだ。

 ギルド長の横暴さと将来の不安に耐えかねた幾人かの職員が立ち上がり、ギルド長の告発を計画し実行したのだ。

 告発は、しかし危険をはらむ。もし事前にギルド長にばれたらリーセ以下関係者が処分されただろう。

 そのためリーセはロディの関連を少しでも軽くするために、彼に詳しい話をせず黙っていたのだ。




 客室に通されたアルメイダ一行は、ギルド長と少しの話し合いを行った。


「監査が来るとは聞いていましたが、これほど早いとは思いませんでした。おかげでおもてなしの用意も満足にできていません。」


 ダントンは作り笑顔でアルメイダに話す。

 監査を行うことは事前にギルドに連絡をしている。さすがに抜き打ちでは問題があるため、監査を行う場合にはそれが行われる可能性がある一定期間が連絡されている。しかしできるだけ公正な監査を期すために、明確な日時は告げていない。


「仕事ですからおもてなしは無用です。しかしだいぶ慌てていましたし、職員にも通知されていないようですな。なぜですか。」

「あ、いえ、・・・監査に来るのはもっと後の事と思いこんでましたので、えー、通知は後日連絡するつもりでしたので。」


 デルモスはしどろもどろに返答する。

 実は監査の”正式な日取り”は極秘裏に王都の協力者よりデルモスに伝えられていた。その日は今日から数えて5日後で、監査までまだ時間があるはずだった。

 デルモスはその間に都合の悪い資料を極秘に処分しようと考え、職員には監査があることを黙っていたのだ。


 しかし、ギルド本部側は、監査の日程がギルド長に漏れることを予想していた。そのため偽の日程情報を流し、実際にはそれより早く動いてギルド長の思惑を出し抜いたのだ。


「ギルド長は初めての監査のようですので、最初に我々の要望を説明しておきます。

 まず、我々11人が事務作業できるほどの部屋を用意してください。おそらく第1会議室が良いかと考えています。会議室には机とテーブル、椅子を用意してください。我々はそこで監査業務をを行いますので、職員の方はわれわれが指定する資料を順次持ってくるようにしてください。」

「りょ、了解しました。」

「それから夜間の話ですが、基本我々は宿を取っていますのでそちらに帰ります。しかし、2名ほどギルドに泊まり込みをいたします。」

「・・は、泊まり込み、ですか?」


 泊まり込みと聞いてデルモスが焦った声で質問する。


「そうです。これはギルド本部の監査の通例のやり方です。過去に夜間忍び込んで書類を処分しようとした者がいたらしく、以降このように取り決められています。もちろん、このギルドでそのような行為に出る者がいるとは思いませんが、念のためです。」


 アルメイダはにこやかに告げる。見る人が見れば、彼の口の端が少しだけ上がっていたのが分かったはずだ。


「は、はは、まさかそのような輩がこのギルドに居るはずありませんな。」


 デルモスがひきつった笑いを浮かべて否定した。が、実は彼は『そのような輩』と同じことをしようと考えていた。


(監査がこれほど早く来るとは想定外だ。情報が間違っておった。まったく王都の連中は役に立たん。・・・今はそれどころではない。このままでは身の破滅だ。)


 デルモスは焦っていた。証拠を隠ぺいする間もなく監査に踏み込まれてしまった。不正の証拠をつかまれるのは時間の問題だった。


(・・・やはり夜中にギルド襲撃を装って、書類を燃やしてしまうしかない。そうだ、ギルド丸ごと燃やしてやろう。ギルドが燃えても俺の権威でどうにかなる。監査官たちは警戒しているだろうが、儂の懇意の冒険者を動員すれば何とかなるだろう。Bクラスのダントンなら金さえ払えばやれるはずだ。)


 しかしデルモスの策は穴だらけで、願望(夢想)を前提にしている段階でダメダメだった。しかも実行のための肝心かなめのピース(ダントン)が実はすでに使えないことは、この時点では知らなかった。


「それと、今回このギルド職員の一人を我々の仕事の手伝いに指名依頼させていただきます。」


 これを聞いたデルモスは、焦り顔のままで不気味ににやりと笑うという無駄に器用な所を見せた。


「職員の一人ですか。もちろん問題はありません。どの者を指名されますか?」

「ロディという者です。」

「ロディですか。」


 デルモスの浮かべた醜悪な笑みがますます不気味にゆがむ。


「彼は資料の監査をするうえで有効なギフトを持っていると聞いています。今回の監査は彼の力を借ります。これは総ギルド長からの指名依頼ですので、ギルドは拒否はできません。」


 その言葉を聞いて、デルモスは”してやったり”とばかりに自慢げに返答した。


「いやあ、ロディは残念ながら仕事にお出しすることはできません。」

「何故です?」

「彼は昨日、森に調査に行ったきり戻ってきていないんです。今日も朝から出勤していません。ひょっとしたら森で魔物に襲われてしまったのかもしれません。」


 デルモスは、『職員が襲われたかもしれない』と自分で言っておきながら、まったく悲しむ様子はなく、むしろ嬉しそうににロディの事を語る。その醜悪さに、感情を隠すことに長けたアルメイダも思わず眉をひそめた。


 実はデルモスは、王都の情報からロディが監査の手伝いに指名されることを知っていたのだ。そしてロディが『修正』ギフトの持ち主で、そのギフトは監査を受ける自分たちに都合の悪いことも当然知っている。ロディが居れば、隠し事はすぐに明らかになる。これをどう逃れるか。

 そこで彼は手っ取り早い方法としてロディを亡き者にしようと考えた。

 昨日ロディに調査を命令し、そしてダントンに始末するように依頼したのは、それが理由だった。

 ロディとダントンの対決の原因は、ダントンの言った通りギルド長にあったのだ。


(この策は当たった、監査は前倒しになったが、すんでのところでロディの排除は間に合った)

 デルモスはそう信じていた。


「もし無事だったとしても、今日来ていないということは無断欠勤でしょう。職員の風上にも置けません。そんな奴を監査の一員に加えるなんてやめたほうがよろしい。」


 デルモスはうれしそうに語り続けるが、この時の彼の感情は、自分が監査を出し抜いたことによるいわば”自己陶酔”というのが最も近いだろう。

 彼の言葉は自分が酔うだけで、他の人には全く響かなかった。彼が言葉を発するほど、この場の空気がどんどん微妙なものに変わっていった。


 このような茶番は正常な者にとっては苦痛でしかない。不毛な会話を終わらせるため、アルメイダは口を開いた。


「ご心配には及びません。ロディは既に我々が見つけて保護しています。」


 この言葉を聞き、デルモスは急停止した。

 アルメイダの言葉の意味を理解するために10秒ほどかかったようで、それからゆっきりと動き出して、アルメイダに聞き返した。


「・・・・・は、今なんと。」

「ロディは既に保護している、と言いました。」


 感情を押さえた声でアルメイダが言った。

 この言葉はまたもデルモスに劇的な変化をもたらした。彼の顔に浮かんでいた笑いは消え、次第に驚愕の表情が広がっていった。

 デルモスは何か言いたそうに、口をパクパクしているが、言葉は出てこない。

 そんな彼を見てアルメイダはこれ以上彼と話すことがばかばかしくなり、早急に話を打ち切るべく後ろを振り返った。


「見たほうが早いでしょう。ロディ、出てきなさい。」

「はい。」


 アルメイダの後ろから返事があり、帽子を目深にかぶった監査の随行員の一人が歩み出て、そして帽子をとる。

 その姿を見て、デルモスがこれ以上ないくらい大きく目を見開いた。


「お・・・お前は、」

「はい、ギルド長。森の調査からただいま帰りました。」


 進み出た随行員は、まぎれもなくロディだった。


 ロディを見たデルモスは信じられないといった表情で固まっていたが、ハッとしたように立ち上がって喚くように口を開いた。


「ばかな・・ロディ、お前何故ここにいる!」

「少しトラブルに巻き込まれましたので、こちらのアルメイダさんに保護していただきました。その際、今回の監査の助力の依頼を頂きましたので、本日は一緒にこちらに出向きました。」


 ロディは静かに、しかし怒りのまなざしでデルモスを見つめながら語った。昨日のトラブルの原因がギルド長だということが確定的になり、怒りが再浮上していた。


「トラブルだと・・・。ダントンはどうしたんだ!?」

「おや?私はダントンのことは一言も話していませんが、ギルド長はトラブルにダントンが絡んでいると知っていたのですか。」

「う・・・あ、いや、知らん、知らんぞ。トラブルになりそうなヤツの名前を言っただけだ。」


 デルモスはうろたえながらしらを切る。しかし、アルメイダはそのような言い逃れを許さなかった。

 アルメイダは丁寧な言葉遣いをやめ、デルモスに通告を行った。


「ギルド長、いや、デルモス・ライシュ。まず最初に断っておく。あなたにはすでに贈賄や収賄、規則違反などあまたの嫌疑がかけられている。また、昨日のロディの件も私が聞いた限りではあなたの関与が濃厚だ。なので我々はあなたを監視下に置いたうえで監査を行う。そしてあなたの処分は監査結果に基づいて厳正に処理されることになる。」

「な、処分・・処分だと!この儂を誰だと思っている。ライシュ男爵家にたてつく気か!」


 デルモスが怒りに任せて怒鳴るが、アルメイダは意に介さずに告げた。


「ギルド長はに就任する際に一時的とはいえ貴族を離れている。したがってあなたは現在貴族ではない。」

「ふざけたことを!たとえそうであってもライシュ家が・・」

「ライシュ男爵家ご当主様より、もしもあなたの嫌疑が確定した場合には当家は一切関知しない、との言質を頂いている。」

「な・・・なんだと・・・・」


 デルモスはしばらく理解が追い付かないようだったが、やがて恨みのこもった口調で言った。


「おのれ・・・あの若僧め。男爵家の名に傷がつくというのに・・・やはりあの無能の代わりに儂が男爵家を継いだ方が良かったのだ。儂が継いでいたならば男爵家の名を地に落とすことなどなかった!」


 自分が男爵家の名誉を傷つけたというのに、どうにもそれを理解していない言動だった。


 話はこれで終わりだと判断したアルメイダは、後ろの者に


「ギルド長をギルド室にお連れし、監視をするように。」


と指示した。


「はっ。」


 すでに言い含められていたであろう数名がギルド長を、まるで拘束するかのように取り囲む。

 デルモスは、


「儂に触るとは何事だ。儂は男爵家の者と知っての無礼か!・・・」


などと喚きながら連れ出されて行った。


 ギルド長の醜態をあきれ顔で見送ったあと、ロディは振り返り、アルメイダと目が合う。アルメイダは苦笑しながら言った。


「あのような者が貴族とは思いたくないが、残念ながら少なからずいるのだよ。己のみの事を考え、自分の見たいものしか見ない者たちがね。」


 そしてアルメイダはおもむろに立ち上がり、後ろを振り返り、連れてきていた監査員に向かって言った。


「さあ、これから仕事に取り掛かる。遊んでいる暇はない。最速で監査を済ませるくらいの意気込みでやるぞ。」

「「「はっ」」」

「それと、連れてきたダントンほか2名をギルドの牢に入れておくのも忘れずにな。」

「もちろんです。」


 監査員たちは意気込んで部屋を移動する。

 ロディはその最後尾で、安堵と喜びに満ちた表情でついていくのだった。

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